【11】デカ太郎子【19】
◆ ◆ ◆
きっとね、この世界に生きる私たちは一人一人が異世界転生してきたんだよ。
別世界から来てるんだから、分かり合うなんて土台無理な話さ。
考え方も、言葉も、知ってることも違う。
そんな人同士が一緒に居たら喧嘩するのは当然だし、弾かれるのも当然だよ。
だけどね。だからこそ、分かり合えたら嬉しい。
だからこそ、分かり合うだけじゃなくて、楽しい時や辛い時も、分かち合うんだよ。
そして、許し合うんだ。
──それが、我の師匠がくれた言葉。
彼女は、美しい考え方とそれが具現化したような美しい腹筋を持っていた。
地肌が良い褐色で、良く鍛え上げられた筋肉が映えていて。
憧れだった。
その人は、魔女。
美魔女ね。所謂。歳は永遠の三十九歳。実年齢は不詳。
我が、男以外で、初めて抱かれてもいいと思えた麗人だった。
「【■■■】って言うんだ? へぇ、その名前は似合わないね」
「そう、でしょうか」
「似合わないよ。名前を付けてあげよう。そうだなぁ。
背丈もあるし、デカ太郎子とかどうだろう」
──師匠のネーミングセンスは死んでいた。
「な。シャル丸。デカ太郎子っていい名前だろ」
だから、師匠と一緒にいた有翼の獅子の子供がシャル丸と名付けられてるのも、その結果である。
シャル丸はなぉん、と鳴いて我の足にすりすりした。
可愛い仕草であった。
出会ったのは、七年くらい前。まだ我が十七の時。
師匠は最初から、体を病んでいた。
我は、──説明が難しいけど、ともかく人体については最初から詳しかった。
幼少期から、人体のことを勉強する家系に居たから。
「デカ太郎子。自分の体は自分で分かるよ。もう、私はさ」
「師匠。大丈夫です。必ず……必ず治すんで。シャル丸とも……約束したんですから」
シャル丸は、気付いたら我の肩に乗っている。
最近ではよく乗ってくるようになった。
「そうか……まったく。私の家族たちは……。わかった。任せるさ」
師匠の病を治せればと、色々手を尽くした。
……でも。もう、この病は。いや、それでも諦めなかった。
薬草は、詳しくないが、色々種類があった。
師匠は元々、薬草が好きな人だった。あと筋トレも。
「薬草園は、好きに開放していいよ。近くの村の子たちが病気になったら使えばいい」
だから、晩年には笑いながらそう言っていた。
我が来てすぐに完成した薬草園だが、構想と作成期間は何十年も要したらしい。
「これからは、きっと平和な時代になる。
この辺りにも土と岩を固めたような道が出来てね。
家は何階建てにもなって、多くの人が住むことになるよ。
そうしたら、たくさんの薬草が必要になるから、こほっ」
先見の明というものが、優れていた人だったからこそ、天は寿命を奪うのだろうか。
でも、まだ生きててほしかった。魔法なんてまだ教わっていないんだから。
師匠から教えて貰ったのは筋トレの仕方くらいなのだから。
そして、十九歳の冬。
厳冬の中、その日は陽も差していて暖かい日だった。
「なぁ……デカ太」
その頃には呼び名も略されていた。師匠はベッドから起き上がれない生活になっていた。
シャル丸が師匠の上で丸くなっていた。
その日は早朝なのにシャル丸は、珍しく起きていて、師匠の頬を何度か舐めていた。
「なんですか?」
「……ヴァネシオス、って……名乗、っていいよ」
「え」
「少しの、間だったけどね。貴方は、私の大切な、弟子……だから。
これくらいしか、渡せて、なくて。ごめんね。……貴方は、貴方のままで生きればいい」
我はその後すぐに何かを言ったと思う、けど。
師匠は聞こえていなかった。もう微笑んで、眠っていた。
覚めない眠りに、ついていた。
それが、我が十九の時。出会って二年目の冬だった。
師匠の名前は、『ヴァネシオス』。
我は、その日から、その名前を受け継いだ。
そして、その日からシャル丸は我に噛み付くようになった。
シャル丸の気持ちを考えれば……当然とも思えた。
◆ ◆ ◆
「あんな子供騙しでよぉ……撒ける、って本気で思ってたのかぁ? 嘘だよなぁぁ?」
パチパチと、焼け炭のような音を立てている足。
チリチリ頭の男、バーンズが片目を閉じながら吐き捨てるように言った。
森の入口で──ハッチが横たわっていた。
顔や肌には炎症の痕跡がある。薬師が調合した痒み爆弾。
もろに吸い込めば喉も痒くなり呼吸困難に陥る代物だ。
無論、殺傷目的ではないのと、薬草自体が少なかった為、勇者側に死者は出ていない。
「女を蹴るなんて……このクズ野郎がっ!」
ガーが声を荒げて殴りかかる。
バーンズはギリっと奥歯を噛む。
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!!」
バーンズの足がゴウッと音を立てて赤く燃える。
一閃、ガーの顎が蹴り上げられ──ガーが襤褸切れのように空に打ち上がった。
バーンズの術技は、足から炎を噴出する。
それを推進力に飛行することも、爆風で痒み煙幕を吹き飛ばすことも出来た。
「魔物はよぉ。まぁちょっとは金の為に捕まえようとしてるけどさぁぁ。
そもそも、駆除するのが法律なのぉぉ! 守ってるのが違法なんだって、言っても分からんのぉ??」
バーンズの言うことは、正しかった。
「人間のさぁ……生活圏内に入った魔物は駆除するのが、法律だろぉ?
そして、それを……勇者の活動を妨害しないのも、法律だよなぁ!」
「それはっ」
「ルールを守って、正しく生きましょうってぇ、学校で教わってないのかよぉぉ!」




