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【11】そいつ返してくれないか?【17】

 

 

 ◆ ◆ ◆


 踏み折られた、花。無理に掘り起こされた土が、独特な土の臭いを放っていた。

 丸坊主だ。花は引きちぎられ、土汚れた花びらが至る所に転がっている。

 燃えた小屋、泥汚れた水が流れる川を見て、愕然とする。


 理想郷の風景は、一変し、地の獄の如き風景になっていた。


「なんで、こんなことに」


 オレの問い掛けは誰に向けての言葉でもない。

 ただ、隣にいたオスちゃんが、膝から崩れ落ちた。

「あ……あぁっ」

 言葉にならない。

 なんで、こんなに。ぐちゃぐちゃに。

 そういえば、前、オスちゃんが面倒な奴らもいる、という話をしていた。そいつら、なのか。

 虚無感が、凄かった。

 あんなに綺麗だった花畑を、こんな無茶苦茶に。


「ねぇ……シャル丸、は?」

 

 ハッチの問い掛けにハッとした。

 そうだ。シャル丸、どこに行った。あいつが番人をしていたはずだ。

 嫌な想像が過る。


「シャル丸!! どこにいるのっ!!」

 オスちゃんが立ち上がり、声を荒げる。

「オスちゃん。この血……!」

 点々と、どこかへ向かっている。

 何かに気付いたのか、オスちゃんは走り出した。

「オスちゃん!?」

「小屋よっ! お師匠様の、研究部屋っ!!」


 追いかけて走る。オスちゃんが早すぎた。

 捲れた石畳の上を走る。


 鉄の矢が、地面に突き刺さっている。

 赤い血。これは、足を引きずりながら進んだのか。

 鎖に、千切れた鉄紐(ワイヤー)。噛み千切られている。シャル丸は必至で自分を繋いだ鎖や鉄紐(ワイヤー)を噛み千切ったのか。


 オスちゃんの背中が見えた。

 燃える落ちた小屋の前で、オスちゃんは、震えているようだった。




 夥しい量の血溜まり。 




 土の盛り上がり方と、血の飛び散り方を見る。

 ハッチは唇を千切れるほどに噛み、オスちゃんは歯を食いしばった。

 そして、オレは拳を握り締めていた。


「シャル丸は、この小屋を守ろうと、何度も立ち上がったんだな」

 そして、その度に、何度も何度も攻撃をされ、そして、この場所で意識を失った。


「あの……クソ勇者どもだわ」

「勇者?」

 ハッチが問いかけるが、オスちゃんはガクンと膝をついた。

 散らばった羽根を手に取っていた。シャル丸の背に生えた羽だ。


 だが、肝心のシャル丸の姿は無い。


 ──燃える小屋を、オスちゃんはまっすぐ見据えた。


「シャル丸ッ!!」


 オスちゃんが燃える小屋の中に入ろうとするのを、羽交い絞めにして止める。

「離しなさいよっ!」

「違うっ! 多分、小屋の中に居ないっ!」

「なんで分かるのよっ!!」


「さっきクソ勇者って言ったろ! この襲撃、勇者ってことならっ! 

魔物は素材にする為、捕獲されることが多い筈だッ!」

 そう、王鴉(オオガラス)の時と同じ。魔物は、素材にされる。

 王鴉(オオガラス)のノアのお母さんであるグリズは生きたまま爪や嘴を剥ぎ取られた。

 だから。きっとまだ。


 歯軋りしながら、オスちゃんはオレを振り払う。

 そして、フラフラと、幽鬼のように歩き出す。

「オスちゃん」

「……何。まさか、(あたい)を止める気じゃないでしょうね」


「誰がやったか、心当たりあるんだよな」


「ええ。あの村に居た、駐屯勇者たちよ」

「そうか」

 オレと、ハッチはもう、オスちゃんの隣に立っていた。


「シャル丸だけ返してくれれば。まだ穏便によォ」

「そうね。穏便に腕の骨、折るのと」

「二度と腰振れない体にしてやるわ」


 ◆ ◆ ◆


「俺たちってよぉ、めっちゃラッキーだよなぁ!」

 チリチリ頭の勇者、バーンズがケタケタと笑いながらそう言った。

 勇者たちは村にある唯一の小さな酒場を借り切って、豪遊していた。

 麦酒(ビール)をあおりながら、机の上に足を乗せていた。

 いつもは五月蠅いくらいのバーンズの軽口だが、今日ばかりは周りの勇者たちも増長していた。


 その勇者の隊列の顔はみな明るい。それはそうだ。

 『戦利品』が『戦利品』なのだから。

 分かってはいるが、無精ひげの男スタブルの顔色は明るくはなかった。


「どうしたんだよ? スタブル」

 帽子の勇者が訊ねた。スタブルは目を合わせなかった。

「……いや。考え事をしていただけで」


「あれだろ。どうせ、さっきの薬草畑のことだろ?」

 帽子の勇者はパンパンに膨れた背負鞄(リュックサック)を叩きながら笑う。

「……まぁ。そんな所だ」


「何も気にするなって」


「誰かが、管理していたような形跡があった。

それに、魔法も掛かっていたし、あれでは略奪──」


「言いすぎだ。スタブル。頭、固すぎるだろ」

 帽子の勇者の目が鋭くスタブルを見た。


「……お前も、あの管理の行き届いた薬草畑を見ただろう。あれはどう見ても人工のモノだ」

「だからどうした。あれは誰かが作ったものかもしれないけど、関係ないだろ。

だって『地図に載ってない』んだぜ?」

「……そう、だけども」


「お前も勇者なら分かってるだろ? 

王国の法が作った『地図に載ってない』なら、そこは誰にも属さない未探索領域(ダンジョン)って解釈になる。当然の話だろ?」

「それは……そうだが」


 王国が定める勇者法の中に、それは明記されている。

 届け出の無い建造物は、誰にも属さない未探索領域(ダンジョン)として見なす。

 ──主に、戦後における国内に残った魔族の根城を掃討する為の法律である。


「……ただ、だからと言って、薬草をこんなに」

「仕方ないだろ。どれが良い薬草か分からないんだし、全部抜いて問題ないだろ」

「それに……あの魔物まで」


「ああ、そうだな。有翼の獅子(シャルヴェイス)の子供、まさかお目に掛かれるとは思わなかったよな! 一体、いくらで売れるんだろうな」

 帽子の勇者は鼻息荒く言う。

 その檻の中で、有翼の獅子(シャルヴェイス)は静かだった。


 その両脚には太い鉄の針が突き刺さっている。また追加で刺された。これで計八本……。

 子獅子の顔は晴れ上がっており、その背や腹からも血がドクドク流れていた。


 見ているだけで痛々しい。


「ずっと暴れていた有翼の獅子(シャルヴェイス)も、流石に静かになったな!」

 帽子の勇者がそう言うが、スタブルは別の感想を持っていた。


(隙あれば、いつでも食いつく。そんな顔だな)


 ──瞬間、酒場の扉が蹴破られた。


 扉が床に転がって、急な静寂が訪れる。

 ポケットに手を突っ込んだ目の据わった男が一人入って来た。

 カツンカツンと、足音を鳴らして、中央まで来る。


 頭から足まで、黒い肌を持つ、黄色い目の男。


「そいつ返してくれないか?」

 

 怪刻(ガーゴイル)と人間の混血。ガーと呼ばれる男は、静かな調子で勇者たちにそう言った。


 


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