【11】狼先生の魔法習得講座【16】
◆ ◆ ◆
カシュちゃんを見送った翌日の昼下がり。
オレと狼先生は、部屋の外でぼけーっと日向ぼっこをしていた。
というのも、オレらにとっては室内にいるのが不可能だからだ。
「先生。髪の毛の色くらい、魔法で変えられないんですか?」
『そういう魔法があるのかもしれないが、私は知らないものでな』
「全ての魔法を極めた魔王なのに?」
『……いや、別に全ての魔法を極めたとかじゃないが……』
「髪を染める魔法、作ってくださいよ。無臭の」
『まぁ……確かに、挑戦してもいいかもな。無臭の』
無臭の。と強調するくらいだからお察しの通り──髪染めが臭くて仕方なかった。
赤毛草という薬草の葉は薬に、根は何種類かの草と薬と合わせて煮詰めれば染物に使えるらしい。
色移りし辛く、色落ちも少ない強力な染料。髪の毛を染めたり、衣服の色を出したりと重宝するそうだ。
が──臭い。ともかく臭い。
家の外まで臭ってきてる気がする。
オレらは魔女の家から少し離れた大木の影に逃げた。
ジリジリと暑い。
「暑ぃ……先生、魔法で涼しくしてくださいよ」
『嫌だよ』
「どうしてですかー……」
『冷風や冷気の魔法は魔力使用量に対して排熱量が自分に来る。
他者を冷やすということはイコール自分を熱するということで……』
「狼先生……いつものことですが……分かりやすく言わないと分かんないッスよ」
『……団扇で扇いでくれ先生、とガーが私に言っているようなもの、だ』
「おお、分かりやすい。そうか、それなら、嫌ですね」
煙草に火を点け、狼先生が嫌そうな顔を向けてくる。
『よく吸えるな、そんな草木の欠片』
「はは。逆に先生が吸わないのが不思議ですよ」
『何?』
「なんか、魔王って吸ってそうじゃないですか? 葉巻をじりじりと」
『そうか? まぁ世間のイメージはそうかもしれないが、私は一切吸わない。
会議中も部下に吸わせたことは無いな』
指に挟んだ煙草を見やり、狼先生を見る。
「えーっと、オレ、煙草吸ってて殺されたりします?」
『そうだな。噛み付いてしまうかもしれないな』
「おっかねぇ」
そう言いながら煙草を吸って煙を吐く。ああ、そうだ、輪っかを作ろう。
口の形を「お」にして、舌をぴったり下に固定して。おっおっ、と言うようにして。
ドーナツのような煙に、狼先生がぴくっと耳を動かしてから目で追っていた。
『そんなことも出来るのだな』
「わりかし、有名な技術ですけどね」
『そうなのか。面白いじゃないか』
尻尾をぺたぺた振っている。その尻尾がオレは面白いけどな。
口調は変わってないが凄くテンションが高そうだ。
風が流れる。雲がデカい。空も青くて、暇な色だ。
『ガーよ』
不意に狼先生が声を出した。
「はい?」
『魔法……教えてやろうか』
「え? 急にどうしたんですか?」
『ふと思っただけだ。今後、あの子と一緒に居るなら戦いは避けられないだろ』
「まぁ……そりゃ」
『もちろん、無理にとは言わないが』
「断る理由はないですし、ありがたいですけど、オレ、魔法学とか人生で一度も触ってないですよ。学校も中退だし」
『なら教え甲斐がありそうじゃないか』
「ええ……まぁ、物覚え悪いんで、根気強く教えてくださると助かります」
『そうか。お前も根気強く学んでくれ』
「あと、分かりやすくお願いします」
『まぁ、善処しよう──所で、ガーにとって魔法とはなんだと思う?』
魔法とはなんだと思う???
「どういうことですか?」
『そのままの意味だ。自分の言葉で教えてくれ』
魔法かぁ。
魔法って、面倒臭そうだなぁと思う。じゃ、回答にならないもんな。
今までオレが見てきた魔法から考えるか。……生活魔法かな。オレは興味無くて使っていなかったけども、物を小さくして運んだり、料理をしたりする魔法だ。とても便利、っていうイメージだ。
戦いで使われる魔法は、あんまり覚えがないな。
なんか遠くからデカい水の塊とか、炎の塊を飛ばすようなイメージはあるけども。
う~ん……。
「魔法って、原理とかよく分からないし、難しそうなモノですかね」
『……ふっ。はっはっ、凄い回答だな』
何故笑われるのか。
『すまんすまん。そうか……難しそうか』
「変ですか?」
『いや。そうじゃない。そうだな。簡単な心理テスト、とでも言うべきか』
「はぃ?」
『魔法とは何か、の答えが『自分の魔法の発動方法』であり、自分の得意な属性となる』
……オレ、難しい発動方法で、難しい属性ってこと??
『そんな不安な顔しなくてもいいさ。
自分の根底にある魔法の姿なだけで、厳密に言えば魔法が使えない生命体などいない。
……そうだな。ガー。お前には単純で発動しやすく、原理も分かるモノがいいんだろうな』
「そんな魔法があるんですか??」
『あるとも。それに……そうだな。ふむ』
「?」
『ああ、すまん。気にしないでくれ。ガーに教える魔法は『鉄』の魔法だ』
鉄の魔法?
「二人とも、お待たせ! 髪染め終わったから昼ごはんにしましょうか!」
ハッチの声がした。返事をしようと顔を上げる。
「ん、昼飯か……おお」
その髪の色、そして、長さが変わっていた。
染め上げられた赤。地毛の蜂蜜色と混ざったからか、光沢のある赤黄色とでも呼ぶような色になっていた。
「髪も切って、随分とさっぱりしたな」
長かった髪が、耳が出る程短くなっていた。
大分、印象が変わる。勝気さに磨きがかかったとも言えるが、素直に綺麗だ。
「短くしたな。色も綺麗で似合ってるし、いいじゃん」
『ああ、鮮やかだ。染髪、今の時代はこんなに色鮮やかなのか』
「もー。照れるって! でも、褒めてくれてありがとね」
ちょっともじもじしてからハッチは微笑み返してくれた。
『ふむ。では昼食の後から魔法練習をしようではないか』
「りょ、了解です」
「何、ガーちゃん。魔法勉強するの?」
「そ、その予定!」
「がんばりなよ〜」
悪戯っぽく笑われる。
『大丈夫。一つずつゆっくり教えてやろう』
なんか今日の狼先生、ちょっと優しいな。
◆ ◆ ◆
そして、その翌日の夕方ァ!!
魔法って!! 難しいなァ!!!
ハァ……ハァ……、変なテンションになっちゃうよ。
『う~ん……昨日もそうだが、今日も上手くいかないか。
ここまで進捗が悪いとはな』
狼先生は優しく教えてくれているが……どうにもオレ、魔法を上手く使えていないのである。
「くそぉぅ。やっぱりオレに魔法は無理なのか……」
『無理なんてものはないさ。そうだな、なんだろうな。魔力捌きが雑、とでも言おうか……』
「魔力捌き??」
『造語だ。体捌きとか言うだろ。
体の動かし方が早いが雑な奴がいるのと同じように、お前は体内の魔力が一気に集まりやすいんだよな』
「うーん。せっかちってこと?」
『そうだな。瞬間で高い魔力は集められるんだが、上手く行かないモノだな』
「あ、まだ造形練習?」
夕焼けに照らされながら、ハッチが歩いてきた。
「そーだよ」
『ん? 夕飯にしてはまだ早いな。なんだ、あの子がもう起きたか?』
「ううん。逆。今日は熟睡してる。夜まで起きないかもね。昼に強い薬飲んでもらったから」
『そうか。ならまだ練習できるな』
「おっしゃ、がんばるぜ……」
カラ元気である……。
魔力を使えば疲労する。ちゃんと発動出来なければ尚更だそうだ。
手に溜めた魔力を砂に与え、形を作る魔法。
魔法の基礎の基礎らしい。
「ああ、魔法造形練習ね。アタシも昔やったなぁ」
ハッチが人差し指で砂に触れ、ゆっくりと指を上にあげる。
砂が、まるで磁石に引きずられるように指に向かってついて来た。
「すげぇ……」
「凄くないよ。これはただ釣り上げてるだけ。
魔法が上手い人ならもっと色々出来るけどね」
「マジかよ。オレ、さっきから何やっても砂がうにょうにょ動くだけだぜ……」
砂に手を当てる。ふんっ! と力を込めても……なんか蚯蚓がのたうつみたいな動きを砂がするだけ。
「うわっ……なんか、ちょっと気持ち悪いわね」
「気持ち悪い言うなや」
「ごめんごめん」
『ここまで魔力の放出が苦手とはな……ふむ。
ハッチ、何かアドバイスはないか?』
「アドバイス? アタシから??」
『ああ。同じ人間なら何かあるかと思ってな』
うーん、とハッチは頭を捻る。
「魔法、そういえばラキが教えてくれたわね
目を瞑って魔法を出したい場所を黒く塗るイメージだったかしら。
例えば、手の上に炎を出したいなら、手の上に黒く炎を塗るイメージ」
「ほう! コツっぽいコツだ!」
魔法を出したい場所を黒く塗──ん?
今、何か高い音がした?
「なんか、変な音しなかった?」
「確かに聞こえた気がする」
『うん? どうした?』
「あ、先生は聞こえなかったのか? え、じゃあ気のせいか……?」
いやでも。
ふと、背後を振り返る。あっちは南東で深い森が続いている。
その森から、何か煙が出てるように見えた。
あの場所って。
「ハッチ! あの煙の場所って!」
「……! まさか、あの辺って……薬草園のところあたりじゃない!?」




