【11】純真無垢な善意【15】
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【ズバリ! 結婚する相手に求める年収は!】
女A「私は男性の年収に拘りはないですよ。でも、相場で言ったら手取り(金貨)300枚くらいですかね?」
女B「Aさん基準優しい! 年収(金貨)500(枚)は越えて貰わないと無理と思うけどなぁ!」
女A「実際、世の中の女性が求める年収! どれくらいなんでしょうか!」
女B「調査してまいりました~!」
結婚相手に求める年収アンケート!
一位:41% 400~500
二位:26% 500~600
三位:24% 300~400
四位:6% 600以上
五位:3% 300以下
(王都 柊通りにて216名にアンケート。10代~30代の女性の統計)
女A「こう見ると、67%、つまり全体の三分の二以上の人が400以上なんですね!」
女B「そうなのよ! やっぱり結婚においては先立つものが大切よね!」
◆ ◆ ◆
「スタブル。何読んでたんだよ?」
スタブルと呼ばれた無精ひげの男は、呼ばれてからため息を吐き、雑誌を机の上に投げた。
「雑誌」
「雑誌ぃ? ああ、あれか。女が読む奴」
「暇潰しに読んだが、結婚には手取り400枚の金貨が必要だそうだ」
無精ひげの男スタブルは足を組んだ。
「手取り400?? すげぇこと吹っ掛けられてるな。少なくとも勇者じゃ出せない金額だなぁ!」
「ああ。どんな仕事なら金貨400貰えるか、全然わからんね」
勇者は、職業である。
国家資格試験『勇者検定』で資格を取り、いずれかのギルドに登録することによって『職業の勇者』になることが可能だ。
検定は読み書き程度の知識と多少の戦闘技術があれば、ほぼ確実に初級資格(10級資格)は貰える。
言ってしまえば、誰だって勇者にはなれるのだ。
代わりに──そこから上に上り詰めるのが難しい。
下位勇者はノルマがあり、QPという加減点数方式で厳格に管理される。
とはいえ、簡単な勉強と喧嘩の腕と、ある程度の保証金さえ積めば、国営ギルドの正社員になれる。
──だからこそ、実の所、勇者は薄給である。
例えば、ギルドの職員は固定給で額面32枚が相場である。
手取りにすれば、保険・税金・組合費など諸々抜かれて、手取り20枚が相場だ。そこに年一度の特別手当が加算されて260枚くらいというところだ。
例えば、ギルド組合務めの漁師なら額面62枚で、手取り45枚。高額なのは一年のおよそ八割以上が船の上の生活になるからだ。特別手当と歩合も足して600弱というところだ。
対して、勇者は、役職手当こそ採用されているが……。
五級の相場で額面は20枚とかなり低く設定されている。
手取りは8枚弱。とはいえ、この低い基準設定には理由がある。
それは、勇者の収益の多くが依頼主から貰うことが多い為である。
ギルドを介して追加報酬を得るのが当たり前。
まぁ、つまり……自分で仕事見つけてこないと明日食う飯も無い状態である。
その上で、他の職業よりも武器防具に道具を維持する経費も高い。
階級が上がる程に功績を立てていければ問題はないのだろう。
ただ──どの業種でもそうだが、誰もがA級になれる訳じゃない。
無精ひげの彼、スタブルはため息を吐く。
「スタブルって何級勇者だっけ?」
ふと帽子を被った勇者が彼に尋ねた。
「俺は、三級」「そうなんだ! すげぇ!」
スタブルは自嘲気味に笑った。
「俺は六級から上がれる気配ねぇわ!」
ゲラゲラと笑う男たちを眺めながら、スタブルも愛想笑いをした。
「あー、しかし、本当に暇だな」
「暇なら迷子の捜索をしてきたらどうだ? カシュちゃんだったか」
「おい、スタブル。それは話したろ。もう帰って来たってさ。しかも昨日だぜ??」
「へぇ。そうか。忘れてたよ」
「ったく……そうだ。お前も一杯飲むか?」
帽子の勇者が手にした瓶酒を見せてそう言ったが、スタブルは首を振った。
「一応、待機命令だからな」
「おーおー、真面目だなぁ。スタブルは」
──ここは酪農の村という村だ。
治安悪化に伴い、一時的に勇者は各村に複数人で常駐していた。
ただ、この平和そうな村に五日もいて……勇者たちは暇を持て余していた。
「仕事だからな」
「仕事ねェ。……勇者の仕事に何のモチベが持てるのかねェ」
帽子の勇者はゲラゲラ笑いながら木箱に座り瓶酒の栓を抜いた。
「こんな勇者業、さっさと辞めて居酒屋でも経営したいぜ」
帽子の勇者は酒を勢いよく飲みゲップを吐く。
勇者は、目が眩むほどに明るい世界だが、明るさの分だけ濃い影を伸ばす。
まず、依頼の仕組みは……複数回失敗した人間を許さない。
国営になってから、ギルドは失敗の数までも登録しており、累計の失敗回数が多い勇者にいい依頼は回さない。
ギルド側の意図も分かる。失敗すると分かっている勇者を派遣できない。
ギルドが依頼を回さないから、他の勇者の仲間に加わり、分け前を貰う。
やはり収益はどんどん目減りする。
「お前もバーンズと一緒にサブクエをしてくればいいだろ」
「ははー。嫌だねぇ! バーンズと一緒ってのが大変そうだ!」
『常設依頼』。
本来、依頼はギルドからの斡旋等によって、受注を行わなければならない。
それとは異なり、常設依頼は、受注しなくてもギルドの窓口に『成果』を持っていけば、クリアとなる。
例えば、レアな魔物の素材を渡すとか、希少な薬草を渡せば、ちょっと多めのお小遣い程度に換金してくれる。
「マジで見つからん!! 誰か索敵の術技ねーのか!」
上空から、声が聞こえた。
スタブルは顔を上げる。
「噂をすればバーンズだ」
「なんだよ。朝から見ないと思ったらまた探してたのかよ」
空に男が浮いていた。足の裏から勢いのいい炎が出ている。
チリチリ頭の彼は、まっすぐ着地し、そのまま崩れ込む。
「ああぁぁ。ダァァメだぁ。本当に、全っ然っ! 見つかんねぇぇぇわ、あのオカマぁぁぁ!!」
少し背の高いチリチリ頭で、いつも少し間が伸びたような大声で喋る青年。彼の名前はバーンズ。
彼はこの中で最も若い十九歳だ。
「バーンズはなんでそんなにオカマ探しにご執心なんだ?」
スタブルが訊ねると帽子の男がゲラゲラ笑う。
「スタブル。もっと仲間に興味を持てよー。あれだよ常設依頼」
「何かあったか?」
「あったとも。あれだよ、幻の」
「幻の竜食花の花畑!」
バーンズが鼻息荒く言った。
「ああ。言ってたなそんなの」
「スタブルは本当にサブクエ納品系に興味ないもんな。ま、あったらすげぇんだよ、そんな花畑」
「相場くらいは知っているさ。花一本で金貨百枚だったろ。城でも買う気か?」
「ばっか。城なんか買わずに勇者辞めて、その後の人生を細々と暮らしてよ」
「だぁぁかぁぁらぁぁ! お前らも一緒にオカマ探そうぜぇえ!」
「嫌だよ! あるかないかわかんねぇ花畑と、ムキムキなオカマなんかに構ってられねぇよ! な、スタブル!」
会話を振られても困る、と不愛想にスタブルは苦笑した。
「俺はぁぁ! 金が必要なのぉ!」
「だったら、オカマ探すより依頼じゃね??」
机に無造作に置かれている手配書を、帽子の勇者が手に取る。
最高に可愛らしい笑顔を浮かべた少女の手配書。
「金貨500枚だってよ。女の子一人で。オカマより、こっちだろ。絶対」
帽子の勇者が言うと、バーンズは、ニヒッと笑う。
「もちろん、その子も探してるぜ! この手配書の子、超可愛い!」
「手配書に可愛いってのは不謹慎な気もするが」
スタブルが呟くとゲラゲラと帽子の勇者が笑う。
「スタブル、お前、真面目だよなぁ!」
「でもさぁ! 捕まえたらさぁ! 国に突き出す前にさぁぁ!」
「おいおい! バーンズ! 犯罪は駄目だぞ! 一応勇者だろ?」
帽子の勇者が大慌てで言うと、バーンズは深くため息を吐いた。
「そうだよなぁぁぁ……犯罪者相手に、交際お願いします、なんて駄目だよなぁぁぁ」
「あ。そんな清い方か。悪い。俺が汚れすぎてた」
「何々、何の話してンだァ?」「バーンズがまた馬鹿話か?」
ぞろぞろと、集まって来た。
ここに滞在している勇者は八名。全員が待機命令で、することも無い。
バーンズがいつもの調子で幻の竜食花の花畑の話をする。
「他にもぉお! 仙日草に手鞠薊なんかも咲いてるらしいんだよぉ!
全部、サブクエじゃ高価買取の薬草なんだよぉ!」
なんでもそのオカマが色々な薬を持っていて、噂によれば専用の薬草畑があるとのことだ。
バカバカしい話でもある。
「まぁ、もし竜食花の手掛かりでもあったら、暇だから手伝うさ」
誰かがそう言った時だった。
「あの。誰か、けが、したの??」
──それは、純真無垢な善意だった。
「キミは、ああ、迷子だった子か」
スタブルが少女──カシュを見た。
「りゅうしょくか、せんにちそうとか、やくそうのお話してたから!
たくさん咲いてたから!」
──人に助けて貰ったから、自分も誰かを助けよう。
──少女の持つ混ざりものの無い純真無垢な善意は……──




