【11】自分の体を大切にすること【14】
◆ ◆ ◆
牧場の村。この村は面積こそ大きいが、小さい村である。
牧場が村の大部分を占めていて、民家は両手で数えられる程だけだ。
オレと魔女男のオスちゃんは、村の入口でこっそり待っていた。
オレらは、村に入らない。
何故って?
まず、こういう村で、よそ者……というかオレは悪目立ちすぎる。
オレの見た目がヤバい。まず、肌は真っ黒、目は黄色。ああ、魔族。
されど、指は五本で、人間と大差ない身長。もちろん背中には羽なんかない。ああ、人間。
こんなヤツが村に来たら警戒されるだろう。
村の手前で待つと告げた。
そしたらオスちゃんも入れない理由がある、とのことで、二人で待っている形になった。
オスちゃんの『入れない理由』とやらは気になる。けどもまぁ、深くは聞かなかった。
まぁ、何より致命的だったのは……。
「なんでこんな辺鄙な村に勇者が配置されてるんだ?」
勇者駐在所という小さな建物が出来ていて、五・六人がそこに詰めている。
お忘れかもしれないが、オレ、調子に乗ってカッコよく指名手配の写真を取られた指名手配犯である。罪状は良く分からんけどね。
ということで面が割れてないハッチだけで行くことになった。
とはいえハッチも特定の場所では有名人だ。
ハッチは気にしてない調子で、今後は顔が分からないように兜でも被るかなと笑い飛ばしてはいたが、対策は考えないとな。
しかし……西方に勇者か。
西方地域は勇者が少ない。いたとしても冒険中で、目的地有りなことが多い。
元魔族領が多いし、凶悪な魔物も闊歩している。
だから勇者の駐屯地とかはかなり少ないし、ギルド何て西方に片手で数えられる分しかないだろう。
「まったく。急に王国が真面目に働いて困るぜ」
「そうね。ほんとにそう。まぁ最近、物騒だから、ってことらしいけどね」
「物騒?」
「ええ。なんでも南方にある国境の町で大虐殺した犯人を追ってるとか。だから勇者が多く配置されてるらしいわ」
ひゅぅ! オレらじゃんか!?
まぁ、そうだよな。あんだけ暴れたら、当然だよな。
「何? 貴方たち心当たりあるのかしら?」
「い、いえ全然!」
「肉体を見なくても、心当たりがあるって顔に書いてるわね」
はははーと苦笑い。
バツが悪くなって、胸ポケットから煙草を取り出す。
それからポケットからライターを取り出して、カシャンコ、と音を立てて火を点ける。
「……煙草。あんまり吸い過ぎると良くないわよ」
「前も言ってたな。そんなに嫌い?」
「ええ。嫌いよ」
「真正面から言われるとキツイな。臭いが嫌とか?」
「……違うわよ」
「じゃあ何が嫌い?」
「師匠がね、吸ってたわ」
オスちゃんは、遠くを見るように笑った。
身近な人が吸ってたら気にならなくなりそうなモンだけどな。
ああ、逆に嫌になるヤツもいるか。うん。
「わぁった。なるべくオスちゃんが居る時には──」
「肺が黒くなったらね、私の技術でも治せないのよ」
オスちゃんの言葉が、静かに染みた。
肺が黒く。前も一回、そんなこと言ってたな。
「……もしかして、師匠って人は煙草で?」
「さぁ。それがだけが原因じゃないと思うけどね。
でも、我の力じゃもう。最後は色んな病気を体に巣食わせてたから」
オスちゃんはスクワットしながら笑う。
「そっか……それなら」
「でもっ、吸うも吸わないも個人の自由だけどねっ!」
どっちだよぉ! と突っ込むのは野暮か?
ふと、オスちゃんは立ち尽くす。
「どした?」
「だけど、大切な人には長く生きて貰いたい。
誰だってそう思うの。だから……もしも。もしも貴方に、大切な誰かがいるなら。
自分の体を大切にすること、考えてね」
優しい笑い方をする。この人は。
それほど、オスちゃんは、師匠のことを。
「……さて。暗い話はここまでよ。どうやら本日の主役が帰って来たみたいだからね」
本当だ。ハッチと、カシュちゃんが来た。
よかった。二人とも、顔が明るい。
「治せる病気だったみたいで、本当によかったワ」
オスちゃんの安堵の言葉に、オレはそうだな、と返事した。
◆ ◆ ◆
「……その猫、見てみたかったなぁ」
レッタちゃんがそう言う。
「治ったら連れてくわよ。それまで辛抱。ね」
「うん」
ハッチが窘めて微笑む。
薬を飲ませた後ではあるが、どうやら熱が上がってきてしまったらしく、だいぶレッタちゃんの顔が赤い。
ハッチが薬草と溶き卵入りのスープをふーふーしてから飲ませていた。オレがやりたかった。
……しかし、二人を見ていると、何だろ。
家族感。姉。うーん。
「レッタちゃんの母感、出てるな。ハッチから」
「……あのさ、アタシ、まだ十八なんですけど?? 母感って」
「しっくりくるがなぁ」
「アンタねぇ……もし褒めたいなら、姉とか言わない?」
「うーん。なんか庇護する感じが母感だなぁ、と……」
「くすくす。確かに、私のお母さん、って感じかも。ね、ママ」
レッタちゃんがふざけてハッチに微笑みかけた。
可愛いぃぃ!
「師はパパかな?」「だな」「だね」
『……保護者という意味では、そうだな』
「ノアは妹でー、ガーちゃんは」
目が合う。
ごくりと、喉が鳴った。オレ、レッタちゃんにとって──
「隣の家のお兄ちゃん?」
「家族にすら入ってなかったよぅぅぅう」
「くすくす。冗談だよ~」
「そ、そっか!」
「うん。ガーちゃんは。ペットかな。犬」
「わぉ!? 犬、すでにいるのに!」
『誰のことかな? それに、私は既に、父親ポジションだ』
「っ~! 勝ち誇った顔してるけど、その尻尾振ってるの完全に犬だからなっ!」




