【11】ガーちゃん VS 狼先生【11】
土で汚れた封の空いた希望の箱。
あの日、狼先生と魔族の会話を、盗み聞きしてしまったオレが落とした煙草の箱だ。
その会話内容はオレ的にショッキングだった。
──『狼先生が魔王であること』。
──『レッタちゃんの命を今年の冬に奪うこと』。
その時は、オレ、理由あって女体化してたから、気付かれなかったと思っていた。
けど。そうだ。あの時に落として、オレ逃げた。
これを渡すということは、つまり。
『ガー。私は、魔王だ』
オレを殺す、つもり、だろうか。
口封じ、的な。いや、それは短絡的過ぎるか。
「……え、っと。そ、そうなんですね」
緊張の中で、無理に言葉を作った。
『知ってたんだろ?』
「……は、はい」
『変わらずに接してくれて、感謝するよ』
「いや、まぁ……結局、物凄い緊張してますよ、今」
『ふ。そうか。だったら緊張せず接してくれ』
「そ、それは無茶な、い、いえいえ、善処しますが」
『……私が魔王というのは、あの子とお前しか知らない。
今はまだ、内緒にしておいてくれ』
「う、うす」
『私からは、それだけだ。
だが、あの日、お前は全て話しを聞いたんだろ?』
「……はい」
『まぁ、忘れろとは言わない。ただ、詮索はしないことだ。
深入りもな。ガーは、ラクして生きたいとよく言ってるな。詮索はラクじゃない。
そして、ガー。お前は賢い。だろう?』
狼先生の黒い眸と目が合う。
ああ……そういうことか。
口封じじゃなくて……口止め、か。
そして、レッタちゃんを殺すとかの話を、聞いてくるな。
そういう意味か。
狼先生は言うだけ言って立ち上がった。
ああ、オレ──止せばいいのに。
「狼先生」
引き留めた。
『なんだ』
「オレ、賢くないですよ。特に、レッタちゃん絡みになると」
『……そう、だったな』
オレは、賢くない。
だから。
「狼先生は、レッタちゃんを、殺す気、なんですか?」
問いかけた。核心の質問を。
『もし、そうだと言ったら、どうするつもりだ?』
狼先生の言葉が冷たかった。
だから、オレは……気づいたら拳を握っていた。
これも……ラクな道じゃない。自分で分かる。
この人が、本物の魔王なら……今から『それを言ったら』、もう戦闘にもならない。
殺戮だ。オレみたいな戦闘力無し男は、魔法を極めた魔族の王に、瞬き一つの間に殺される。
だけど。
『言って』しまうしか、無い。
「オレ。レッタちゃんを、好きです。いや、好きと違うけど、好きです」
『何』
「オレの気持ちを、掬い上げてくれたの、あの、子が初めてで。
一緒にいて、ずっと、ずっと楽しくて、可愛くて。心臓、気持ちよくて。
オレの欠けてた部分とようやく会えたような……そんな、気持ちで。
あの、オレ……気持ち悪い変態的変質的に、惚れてるんです」
『……知っている』
「だから……お、おお、狼先生、相手でも。レッタちゃんに、殺意を、向けるなら」
震えた。
次のセリフの直後に首が跳んでも、皆、驚くなよ。
多分、首が跳ぶ、から。
覚悟を持って、『言う』。
「お、狼先生が、相手でも。魔王でも、誰が相手でも……オレ、絶対に、許さない、です」
冷気が、膨れ上がる。狼先生を中心とした冷気。
はい死んだ。絶対死んだ。こんな不敬言ったら死ぬ。
背筋も凍る冷気が、足をくすぐる。
『どう、許さないんだ? お前、止められるのか?』
狼先生の顔が怖い。やばい。ちびりそう。
「と……と、とっ。とにかく、ど、どう、どうにか」
駄目だ。息出来ない。
『どうにか出来る相手じゃないぞ、私は』
「それでもっ……! い……いっ」
「命に、代えても、レッタちゃんを、守るん、です」
狼先生が一歩近づいた。
あ、死──
『ふっ……冗談だ』
油断するな。ここからの死ぬ奴もある。
……あ、まだ、生きてる。
『ガー。ありがとう、それほどまでに、あの子を想ってくれて。
これからも、ずっとそう想い続けてくれ』
「……え?」
『……あの子を支えて共に生きろ。お前の力が、必ず、あの子を羽ばたかせることになる。
これは、予言でもあるよ』
「お、狼先生?」
そんなセリフ。それって、予言って言うよりかは。
『ただし、あの子に恋愛はまだ早いと私は思っている』
「おっとどっこぉおおい。急にっ!」
『好きだ惚れてるなどと言っていたが、あの子は今、恋愛している時間はない』
「急になんでしょ、狼先生!?」
顔がぐいっと近づいている。わぁ、視界一杯に狼のイケメンが。
『だから、恋愛は、早いと、先生は言っている』
「……いや、恋愛はいつだって自由で」
『まだ早い』
圧が凄い。
「も、最早、娘はやらんと言っている父の如き顔じゃないです??」
『そう見えて貰っても構わんが、ともかく恋愛はまだ早いと思うのだ』
顔が離れた。ふう、怖え。
……結局、レッタちゃんを殺すのか、殺さないのかは、分からないけど。
けど、やっぱり……狼先生がレッタちゃんを殺すようにはどうしても思えない。
ピクッと狼先生の耳が動いた。
狼先生は音がするより早く、森の茂みの方を見やる。
そして、ガサッ、と森の方から音がした。
何か来る。
……? 女の子だ。
まだ幼い。六歳前後だろうか。
赤いチェックのワンピース姿で……よく見れば全身土汚れている。
いや、怪我している、のか!
「キミ、大丈夫!?」
女の子はオレたちを見て怯えたようだったが、それより、何か……安堵したような顔をしていた。
「やった……見つけ、た」
消え入りそうな声で女の子は呟いて──その場に倒れた。




