【11】これを渡しておこう【10】
◆ ◆ ◆
魔法薬の調合は、何度見ていても不思議だ。
透明なフラスコの中に入った液体が、熱されて色を変えていく。
水に浮かべた花弁が燃えて消え去り泡になる。
炙られた花弁が生き生きと咲いたりもする。
見てて飽きない。そして、どうしてそうなってるか分からない。
詰まる所、魔法って面白いなぁ、という感想しか出せないオレです。
「ガー。そんなに見てて面白い?」
「ああ。面白いぜ」
「ならいいけどさ。アンタならレッタちゃんの隣から動かないのかと思った」
「おいおい。人を何だと思ってんだよ」
「粘着質変態ストーカー」
「褒めすぎだぜ?」
「褒めてないんだけどなぁ」
「まぁ、今はレッタちゃんも落ち着いて寝てるからな」
レッタちゃんの感覚は鋭敏だ。
前に一度、レッタちゃんが寝てる時にトイレに行こうと起き上がったことがある。
その時に、レッタちゃんはすぐに目を覚ました。
魔法的とかじゃなく、動物的に感覚が鋭いらしい。
「レッタちゃんは感覚鋭いから。起こしたらアレなんだよ」
「へぇ。アンタ、そういう気は回るのね」
「まぁね」
胸ポケットから煙草を取り出す。
そして一本、手に取ったその瞬間。
「禁煙よ」
「え」
「アンタ、こういう気は回らないのね。
アタシ、薬作ってんの。臭いが染みたらレッタちゃんに飲ませられないでしょ」
正論であった。
トボトボと外へ出た……。
◆ ◆ ◆
ああ、もう陽が沈む。そろそろ夜か。
夜でもまだ暑い……ああ、早く気温が落ち着けばいいけど。
煙草を吸いながら、空を仰ぐ。
今日は目まぐるしかったな……。
ロドラゴの隠れ里から始まった。
爬虫人の住む地下の集落。
あそこは綺麗だったなぁ。
そして、この森。魔女の家。
魔女は魔女(男)だし、上裸ムキムキだし、なんかオレのことを狙ってる感じで怖えし。
『黄昏てるじゃないか、ガー』
「あ、狼先生」
ふと、オレの上、窓から狼先生がひょっこりと顔を出した。
煙、直撃するけど、と思った矢先、けほけほと咳き込みだす。
『モクモクさせおってからに』
などと呟きながら、窓からぴょんとオレの隣に跳び出した。
「どしたんですか、狼先生」
『ん? 私が外に出るのは不思議か』
「いや……レッタちゃんの傍から離れるのが珍しいなって」
『ふん。気まぐれにお前と話そう、という時もあるさ』
「さいですか」
と、返事をしたが、狼先生の次の言葉は無かった。
オレは煙を吐いて、狼先生は空を見ていた。
気まずくはない沈黙が流れる。
『ガーよ。お前、十年前の人魔戦争の時、何していた?』
「え? オレすか? んー……まだ十六、七のガキだったんでアレですけど。
畑耕してたかなぁ」
『そうか。……お前は、魔族領生まれ、なのか?』
「まぁ。そうです。でも、混血なんで点々としてましたね」
『点々と?』
「ええ。親、居なかったんで」
『そうなのか』
「ええ、そうですよ。最初の記憶は魔族の婆ちゃんにモノ盗んで殴られた記憶からっすね」
オレは、親を知らない。
孤児、ってことになんのかな。
で、魔族領の商店のモノを盗んで殴られた。
だけど、その商店の婆ちゃんが拾って少しの間育ててくれたから、まぁ生きていけた感じだ。
『……じゃぁ十六くらいの時の戦争に参加しよう、とかは思わなかったのか?』
「参加しようって息巻く程の奴に見えます?」
『ふっ。見えないな』
「でしょ。……それに、先生」
『ん?』
「オレ、参加するとしたら、どっちで参加すりゃいいんですかね。戦争に」
「オレは、人なのか、魔族なのか」
混血は、意外と多いが……その種族の個性を両方とも体に発現するのは、珍しいそうだ。
オレの指は五本で、身体的特徴は人間と変わらない。
でも、こんな黒い肌の人間は居ないし、目のこの黄色さは魔族の象徴。
かといって、怪刻らしい羽は生えておらず、人間よりかは丈夫な皮膚だ。
狼先生は深刻そうな顔をして、俯いていた。
『……混血は、様々な迫害を受けて来たんだな』
「いや、それほどじゃないですよ。魔族の友達とかもいたし、人間の友達もいたし」
『そうなのか』
「多少は?」
『多少か』
狼先生は少し笑った。
次の煙草に火を点けた。狼先生は、そうだな、と呟く。
『ガー。お前は、人魔戦争について、詳しいか?』
「んぇ?」
意外な質問に変な声が出た。
『お前は、変なところでよく考えが早く、気が回るからな。
そういう歴史も詳しいのかと思ってな』
……? 狼先生にしては、変な言い回しだな。いや、いつもか?
「人並み、じゃないですかね。
なんか、ライヴェルグが魔王と仲間を串刺しブッコロして、
人類全員に総スカン喰らってる、とかは知ってますけど」
『詳しくは知っているか?』
「詳しくって……」
狼先生の方が詳しいんじゃないんですか、魔王なんですから。
と、危うく言いそうになった。ぐっと押し込む。
別に、オレが知ってることを隠す必要はないかもしれないが、言われてないことは隠しておく方が安全だ。
「詳しく……。うーん、銃神ドゥールが結婚してるとか……
鬼姫サクヤは雪禍領の元締めやってるとか?」
『ふむ、そうなのか。……ほうほう』
意外と知らないのだろうか?
「後は、ゴシップ系のことしか知らないですね。
勇者の弟子が失明して脱落したのは勇者のシゴキが原因とか。
アレクスの弟子が連続殺人鬼とか、そういう下んねー系なら」
『分かった。すまないな、教えてくれてありがとう』
「いえいえ」
……。
これで、会話が終わる。
だけど。
止めておけばいいのに、オレはどうしても……聞きたくなってしまった。
こういうの、良くないんだけどな。
余計な詮索はすればするほど、自分の身を削る。
「あの、狼先生」
『なんだ?』
「何を知りたかったんですか?」
オレは、踏み込んで聞いてしまった。
職場で、先輩がポケットから硬貨を落とした時に、それってお店のお金じゃないですよね、と冗談で言ったことがある。
それがきっかけでオレは先輩にボコボコにされた。ガチで盗んだ直後だったのだ。
どこで不運が重なるか分からない。
ラクして生きるなら、詮索はしないに越したことはない。
けど……なんだろう。
狼先生は、オレにとって、悪くない存在だから。
削れてもいいから、聞きたくなった。
『……』
けど、すぐに後悔した。
言いたくないこと、喋りたくないことはそれぞれあるよな。
「あ、やっぱ無し──」
『ライヴェルグ』
「え」
『ライヴェルグとサシャラ、そして魔王の最終決戦を、お前が見ていたかを、知りたかった』
「それって……あの串刺しなんちゃらのことですか?」
『ああ。目撃者は多かったのだろう?』
「らしいですよね。最終戦は城下町であったって」
皮肉な話だ。
勇者広場というダサい名前の広場。その中央で最後の戦いは行われたそうだ。
本来は勇者の銅像が置かれるはずだった場所には、今は石碑があるだけだと聞いた。
仲間殺しの勇者の銅像なんか、作れない。
「見てないですね。聞いてはいるけども。
なんか仲間の女ごと殺したって。まぁ、どういう状況かは知らないです」
『なら、いい。悪かったな、ありがとう』
「いえいえ」
『……それと、これを渡しておこう』
「?」
そっと、オレの隣に置かれた物を見て──オレは全身の血が凍った。
こんなに、手が震えて、動悸がしたのは人生で初めてだった。
土で汚れた煙草の箱。封が空いてるそれは、希望の銘柄。
それは──あの日、ある会話を、盗み聞きしてしまったオレが落とした煙草の箱だ。




