【11】シャル丸【08】
◆ ◆ ◆
有翼の獅子という魔物は、獅子が対空まで獲得した姿である。
体長は200cmを超える個体が多い。
空飛ぶ飛竜種すら叩き落として食らう姿が目撃される程の身体能力。
もちろん、獅子と名にある通り、顔立ちはネコ科の獅子だ。
ただ、いわゆる獅子の生態とは少し異なる。
多くの獅子はプライドという群れを持つ。
群れは四~十二頭程のメスたちで構成される。
だが、この有翼の獅子は、群れを成さない。
厳密に言えば、この獅子の群れは、その妻と子供たちだけということになる。
家族という集団を大切にする種と見える。
魔物や動物には少し珍しい話だが、妻が先立った場合、新しい妻を娶る可能性はかなり少ない。
その姿故、愛妻家の魔物であったり、父の象徴や家族愛の象徴として、ある時代では有翼の獅子は国旗にも掲げられる程に神聖視された魔物であったのだ。
今の世でも神聖視する場所は確かにあるかもしれないが、少なくともA級危険指定魔物であり、身近な魔物ではないのは確かだ。
だから、危険を感じたらすぐに呼べ。狼先生はそう言ってた。
「おいで、シャル丸~! ほら、来たわ。
彼がここの守衛、有翼の獅子の『シャル丸』ヨ」
……ああ、対面し──これは危険を感じている。
少し青みが掛かった円らな愛くるしい目。
丸みのある顔にふさふさの柔らかそうな黄色い毛。
子犬程の体躯。鬣はまだ生えていない。
シャル丸は──有翼の獅子。
ただ、まだ幼体。
つまり、ライオンの子供である。
羽の生えた、子ライオン。
「「んんんん゛ん゛ぅううう可愛ぃ」」
オレとハッチがメロメロになっていた。
猫派犬派関係なく、これは落ちる。そんな顔をしていた。
ちなみに、狼先生と王鴉、それからレッタちゃんはお留守番である。
ヴィーヘも隠れ里に戻ったので、真面目不在。
オレとハッチは物凄い興奮していた。
いや、興奮するって! マジ可愛いって!!
「おっと、でも気を付けてネ。可愛いけどシャル丸は我にしか懐いてないの!
そして、これが我の腹筋と脚筋肉ッ!」
ムキムキ魔女のヴァネシオスが両手を頭の後ろにやって足を少し曲げたようなポージングで腹筋を見せつけてきている。
ああ、分かってるとは思いますが、ヴァネシオスさんは肉体性別はオスで、精神性別はメス……というか男が好きというか。
まぁ平たく言えばオカマということか?
細かい区分もあるだろうし、本人がどう思ってるかによって変わるが。
とりあえず、こっちにウィンクを飛ばしてきている精神汚染マッスルは視界に入れないようにしよう。
それより癒し成分マックスの子ライオンを視界に入れよう。
と、子ライオンのシャル丸が筋肉魔女に近づく。
足にすり寄って、頬をすりつけていた。
「ガーっ、可愛いょ! あの子、可愛いっっっ」
「ああっ、ヤバいなっ! 羨ましいぜっ!」
「ほーらシャル丸」
シャル丸の頭を撫でる。シャル丸は口を開けた。
しっかりとした敵意ある勢いで、ヴァネシオスの手を齧る。
……いや、あまがみ? か?
凄ぇ……噛まれても笑顔のままだ、ヴァネシオス。
「ほら、照れないでー、ほーらー」
二回、三回。まだまだ噛みつき、血飛沫が飛ぶ。
すげぇ! あまがみじゃなさそうだ! 本気だ! 本気で嫌がってる!!
筋骨隆々な腕に噛みついたシャル丸は、返り血でちょっと赤い。
「ね、我にだけ懐いているでしょ?」
「そうは見えんよ??」
◆ ◆ ◆
そして、オレとハッチの二人掛かりでシャル丸を引き剝がした。
結構時間が掛かった。それはもう、相当にしっかりと牙を立て、爪を抉り込ませていた。
「ね。ちょっと愛情表現が苛烈なのよ」
純粋に敵対されているように見えましたけど??
「あなたのことを怖がってたんじゃないの?」
ハッチが正論をスマッシュしながらシャル丸を撫でていた。
そう。シャル丸、普通にハッチには噛みつかなかったのである。
ちなみにオレも撫でるのは問題ない。
「よしよし。ほら、可愛いわよ」
なんかハッチにはすり寄っている。ハッチが抱き上げた。
いいな。あんな可愛いモフモフアニマルを……。
……ん。
オレは、なんか違和感に気付いた。
あのシャル丸とかいう羽ありの子獅子……。
ハッチの胸に顔を埋めている。
なんか。
なんか、超、胸を触ってるように見えるんですが??
「そいつ、エロガキなんじゃないの?」
「言い方! 違うわよ。ガー、アンタは動物のこと分かって無さ過ぎ」
「え?」
「小さい動物は親の乳を貰う為に、こうやって踏み踏みするのよね? ね~」
そ、そういうものなのか。
そうだな。言われてみれば、動物が人間の女の子に欲情するなんて無いよな。
オレがよこしまな人間過ぎた。
悪かった、と獅子を撫でる。
……。
なんか、その獅子、にやにや顔でハァハァ言ってません?
「……やっぱりただの女好きじゃねぇか!?」
「違うわよ~、ただお母さんと勘違いしてるだけよね~?」
ごろごろ可愛い声をしている。
「なるほどね。だから我も好かれていたワケね。納得」
「噛まれ傷だらけで『好かれていた』なんて言えるメンタルは尊敬するわ」
さて……物凄い可愛いアニマルを愛でたのは良いとして。
「ここも、あれだろ。道隠し? だっけ?」
隠れ里の入口と同じ仕組み。
「正解よ! 流石、未来のダーリンっ!」
……筋肉魔女の妄言はきかなかったことにしよう。
「ただ、これはもう道隠しなんてレベルの魔法じゃないのヨ。
我は魔法のコト詳しくは分からないケドね」
「道隠しなんてレベルじゃない?」
「そう。いうなれば……空間書き換え、かしらね」
なんか強そう。
「この岩山に見える場所。これが薬草園よ。まぁ、入ったら分かるわ」




