【03】鼓動と心音【01】
山賊は、儲かるぞ。
五つ年上の村で少しヤンチャだった友人が、そう言ってきたのが始まりだった。
俺たちの村は、西方にあった。西方の、元魔王領。
勇者が魔王討伐後、国土復興と国交正常化を旗印に、多くの人間が西方に移民した。
俺の両親もそういうクチで、まぁ、楽が出来るって思ったんだろうな。
実際は、開墾開墾、ずっと開墾。楽が出来る町もあったらしいが、うちは山奥だったから、きつかった。
毎日、毎日、俺は寒かった。
山奥だから、気温が低いせいだと思ったが、そうじゃなかった。
俺の心が寒がっていた。楽しいことのない毎日に。
寒い心を抱えたまま、手のマメが潰れて血が出て、それでも新しいマメをこさえる。
そんな生活を五年もしたら。まだ十八歳の俺の手ですら、ゴツゴツしたゴーレムみたいな手になっていた。
そんな寒い冬の日、山賊は儲かるぞ、という話が出た。
西方は、勇者の管轄地区は少ない。
元魔王領ということもあり、ギルドも二、三しかないそうだ。
だから、西方なら、山賊の方が大稼ぎ出来る。
その友人の言葉は、正直、怪しかった。
だが、怪しくとも、暇つぶしにはなる。
こんな山奥では、暇つぶしが何もないんだから。
暇だから、俺は、山賊になり、そして──熱い、刺激を得られた。
最初は馬車を襲った。
行商人はすぐに逃げていった。
金が、道具が、衣服が、食料が。ああ、こんなに簡単だったのか。
熱かった。心の底から、熱い何かが染み出るようだった。
俺たちは、何度も馬車を襲い、技術を得た。
馬を射る技、御者を組み伏す体術と、恫喝のセリフはスラスラ出る。
逃げ遅れた行商人を後ろから刺し殺した時、その感触に恐怖を感じた。
だけど、その後に『あ、人って殺せるんだった』と納得が湧き、別に罪悪感とかに苛まれなかった。
人を刺しても殺しても、自分の体は痛くない、という誰でも分かる当たり前に気づいた。
知らない人間がどれほど死んだ所で、悲しくもない。
この辺りから、俺たちはおかしくなっていたのかもしれない。
次に、魔族が半数を占める村を襲った。
小さい村だったが、勇者も居て、数人殺された。
うちのリーダーが村にいた数少ない人族の女を犯して殺した時、もっと人族のいる村を襲いたいと思った。
仕方なく魔族を犯して、命乞いする女を殺して。
それでも体は、寒くなるだけだった。
暇だ。暇だから、寒くなる。
一年以上も山賊をやり、また俺の心には寒さが戻っていた。
早く。熱くなりたい。
今日は春先だ。だが、先日から続く雨で、気温も低い。
心がずっと寒い。
そして、今日。
レンヴァータ地区で最も小さい村を襲っている。
友人曰く、風車の村で綺麗な湖があるそうだ。そんなことはどうでもいい。
早く。早く殺して、早く奪って。そして、早い所、女を抱きたかった。
村にある一番大きな風車が燃えている。湖に逃げた何人かが死に、死体が浮いている。
魔族でも女は女だから構わないだろ、と言ってくるヤツも多い。
いや、俺以外がみんなそうだ。確かに魔族の女性は美しいと思う。
でも違うのだ。
俺は、魔族の女を捕まえている奴らをよそ目に、ひたすら、この村にいる人間を探した。
俺、意外と、人間族を愛しているらしい。
魔族の黒い肌に魅力を感じると多くの仲間が言っていたが、俺は少し違う。
やはり、人間の白い肌がいい。
見つけた女は、少女だった。
朽ち木のような暗い黒緑色の髪の少女を、俺は押し倒した。
抵抗はない。家族でも死んだのだろうか。
腕を押さえ、服を剥ぎ、ナイフを出した時、少女と目が合った。
「あなたに、家族はいるの?」
少女は尋ねた。なんだこいつは。
イカれてるのか。いや、俺の良心の呵責を期待しているのか?
「いねぇよ。いたらこんなことはしねぇよ!」
「そうなんだ」
── それは、よかった ──
柔らかく、そして、暗い声が耳に残った。
何が起こったか、理解できない。なんで。どうして。
どうして、俺の両腕がなくなっているんだ?
脈々と血が流れ、少女のむき出しの乳房と腹に落ちていく。
少女は小指でその血を掬い、舐めて、唇に塗った。
「家族がいないなら、教えてあげる。この世界に、家族の愛に勝るものは無いの」
少女は立ち上がり、微笑んだ。
この時、俺は今更に理解した。こいつは、頭がおかしい。
「父の愛、母の愛、兄弟愛、姉妹愛……それが、真実の愛なの」
俺は、しりもちをついた。
目が、禍々しい目が、俺を見ているから。
こいつに関わってはいけない。やばい。こいつは。この少女は。
少女の背中に黒い靄があった。靄が、狼の頭になる。それが無数に、少女の背後にいる。
「真実の愛の為に、貴方が生贄になるのは、名誉なことだよ」
黒い靄の狼の群れが、噛みついて来た。
血が、見たことない量出る。でも、痛みが無い。
痛すぎて、感覚が無い。
震える。この少女は何なんだ。
「師はね、心臓が好きなんだ。だから、是非、出して欲しい」
その目が近づいてくる。寒気が襲う。
少女は、俺の頬に触れて、目を覗き込む。
「ねえ、おねがい。心臓、ちょうだい」
少女は、何かに執着して壊れた人間の目をしている。
吐き気が襲う。めまいがする。
前のめりに倒れ、吐いた。
内臓を全て吐き出すような勢いで、血を、ゲロを吐いた。
ごぽっ、と聞いたことない音がした。
喉を通り、口から何か出ている。
どくん、どくんと、動き続けている。
── 心臓が、口から出ていた。
ありがとう。少女が呟き、心臓を持ち上げる。
ぷちぷちっと音がした。口から血管を引きちぎられた。
少女が俺の心臓を、ああ。俺の心臓。だめだ、寒
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