【11】体のプロ【07】
「分かるかしら?
爬虫人はやっぱり体がしなやか過ぎて、細いなぁっていう印象なの。
もちろん、鍛えて肉が付いている兵士はイヤラシイ目で見ることが出来るけどネ。
でも、違うの。我の趣味は、もっとこう……肉!
男! って感じがいいのよ!」
こちら、筋肉魔女のヴァネシオスさん。
体は男だが、女よりの精神であり、男が好きだそうだ。
その辺についてオレは、別に男性が女性を好きになろうが、男性を好きになろうがどっちでもいい。
自由な恋愛の時代だからな、今の時代は。
ただ、なんというか。
「そう、丁度、貴方みたいな男、って感じ……嫌いじゃないワ」
「あ、あはは」
「見て、この大胸筋。ほら、いいでしょう~!
ねぇ、貴方の胸筋、ちょっと見せてくれるかしら?」
なんかピンチ感、ある。
「そ、それより薬草とか」
「ああ、ヴィーヘから聞いてるわヨぉ。もうセッカチねぇ」
ヴァネシオスさんは立ち上がり、一度背面魅せのポーズをしてからベッドの方へ向かった。
『無駄な動作をしてからじゃないと動けんのか、あれは』
「は、ははは」
「ただ、薬草より先に、まずは、体。レッタちゃん、見せてもらうわよ」
「うん。いいよ。オクオクちゃん」
「? オクオクちゃん」
「うん。オクオクちゃんの方が貴方に似合ってる気がする」
あら、とヴァネシオスさんは笑った。
「ありがとうネ、レッタちゃん。オクオクちゃんね、可愛いニックネームをありがとね」
彼女は、ベッドに横たわっているレッタちゃんをジロジロと見ている。
布団を取る。
そして──がばっとワンピースを捲り上げた。
「Hoooooooo!?」
大慌てで目を逸らす。
「いい体、してるわねぇ。そして、いい反応するわねぇ、あっちの子」
「くすくす。でしょ。ガーちゃん、そんなに見たいなら見てもいいのに」
見たいで──ぐふぁ。
ハッチに首根っこ引っ張られて椅子に戻された。
「さて、ちょっと触るわね」
「んぅ。くすぐったい」
どこ触ってるの?
「うーん。こことかどうかしら?」
「ぁっん」
どこ触ってるの!?
「じゃぁこことか、イイかしら。触るわよ」
「ひぁっ……ぅ!」
どこ触ってるの!!!!
「ガー、顔が五月蠅い」
「さ、さーせん」
「貴女、バレエやってたのね。それに、戦闘訓練を相当積んで。
足と腕の筋肉バランスはしなやかで、そうね。
例えるなら極上の羊乳チーズとエルスパニア産のワインのマリアージュ。
濃厚に広がる味わいと洗練されたキレを併せ持つ……つまり、エロイ筋肉ね」
『どういう表現だそれ』
「褒めてくれてるんでしょ、くすくす。ありがとう」
「触った感じ……41.4kg。痩せ型ね。もっと食事をして欲しいわ」
レッタちゃんの体重、暗記しました! 軽いな!!
……って。え、なんで体重分かったんだ?
体触っただけ、じゃなかったっけ?
「治癒術、相当しっかり組まれてるわね。でも、そうね。
いい治癒術だけど、肩の筋肉の僅かな裂傷。これは良くないわ。
その辺りから治しましょうか」
レッタちゃんの肩を撫でている。
「おい、そっち見るなっての」
「ううっ。分かってるよぉ」
ハッチに窘められて、声だけ聴く世界である。
「……っていうか、ヴァネなんとかさん。体に触っただけで裂傷とか言ってたな」
「ええ。彼女は相当に優秀な方なんですよ。治癒術を使わずに人を治すことが出来る」
『何? どういうことだ?』
食いついたのは狼先生だった。
「もちろん、治癒術も魔法も使うことが出来るらしいですけどね。
彼女は人体を知り尽くした『体のプロ』。治体の魔女なんです」
ああ……痴態の魔女じゃなくて、治す体で治体なのか。
「ヴィーヘったら! なに言ってるのよぉん! そんなに褒められても、何も出ないわよっ!」
「いえいえ。本当のことです。彼女の人体への生々しい造形の深さには驚かされます」
そうか。凄い人なのか。
でもそうか。筋肉をつけるって簡単なことじゃないとも聞いたことがある。
栄養バランスとか、運動量とか。我武者羅にやるだけじゃ意味がないらしい。
まぁ不健康を絵に描いたような生活しかしてないんで、アレですけどね。
「うん。皮膚の炎症とかは薬必須ね。筋肉のやられとかはなんとかなる。
我の施術はまたあとね。やっぱり、まずは薬かしらね。土熱病だっけ?」
「そうよ。土熱病。その薬を作る為の薬草をアンタが持ってるって聞いたけど。
赤毛花と梔子が欲しい所。それから」
「それは歩きながらにしましょうか。薬草は薬草園にあるから」
「保管とかはしてないの?」
「ええ。我は厳密に言うと薬草園の管理。保管は実は専門外なのよ」
「え、そうなの?」
「そーなのよぅ。で、その薬草園には我が居ないと入れない」
「鍵があるとか?」
「ううん。薬草園に鍵なんて無いわ」
「なら誰でも入れるんじゃないか?
「それは無理ヨ。守衛が居るの。とびっきり有能なね」
ヴァネシオスがニッと笑って見せた。
「有翼の獅子。っていう魔獣はご存じかしら?」
「しゃる? 知らんな」
ハッチに目をやると首を振る。
『……有翼の獅子か。……あんな魔獣が近くにいるのか?』
「流石、狼先生は知ってそう!!」
『まぁな。有翼の獅子は、羽の生えた獅子だ。その牙は人を食いちぎり、その爪は城すら薙ぎ倒すと言われている』
こわっ。
『そして、人に懐かない狂暴な獣だ。また山に縄張りを持つことが多く、人里に降りたら災害という認定となる。
無論、可能なら忌避すべき災害扱いだ。生体は地竜すら殺すと言われている』
「マジかよ」
「でも、その子は──今は我にだけ懐いているの」
『ありえないと思うが……』
「あり得ちゃうんだなコレが! 我の愛の力よ!
まぁ、だから薬草園に出入りする時には、我の傍から離れないようにネ!
じゃないと、骨までしゃぶられちゃうゾ!」
力強いウィンクが飛んできた。




