【11】狼先生の術技説明講座【02】
◆ ◆ ◆
術技。
それは、心の熱量から発生した魂の片鱗を、この世に具現する技術である。
この世界の生物のおよそ六割以上が持っている特殊技能だ。
六割の選ばれたモノしか使えないのか? というと、そういう訳ではない。
王国では八割以上の人間が使える。
旧魔王国時代ではほぼ十割に迫る勢いで術技を覚えることが出来た。
逆に南の皇国では術技保有者は四割を超える程度しかいないと聞く。
術技発現は、多かれ少なかれ訓練を要する。
あれば便利くらいだが、魔法の方が習得は容易なことも多い。
一般人からすれば、そんな労力を用いてまで獲得する必要のない技能となるのであろう。
そもそも、術技という技術自体の確立は遡ること──
「狼先生。オレが説明をお願いしたのがきっかけなんで、凄い申し訳ないんだけど、
オレとハッチの理解を越えてるのと、レッタちゃんとノアはもう寝てます」
レッタちゃんは王鴉の頭を膝に乗せて、オレの肩に持たれて寝ている。
寝てないよ、目を瞑ってるだけ、と小さく声が聞こえた。
『……』
「狼先生さ? 意外と説明下手? なんか回りくどいというか、文章量が多いんだよね。
あれだよ。もっとシンプルに説明して欲しいかも」
あ、オレも前にした指摘だ。
それのもっと心に来るバージョンだな。
あ、いや、ハッチは強く言おうとは思ってないんだろうし、普通なんだろうけどさ。
『……術技。個人の記憶や思い出から生み出される』
「ほうほう」
『術技は解析すると、個人の記憶や思い出を取り出すことが出来る』
「なるほど」
『すなわち、人格を再構築することも可能』
「おお、ちょっと分かりやすい。可能じゃなくて、出来る、でいいと思うけど」
「流石、狼先生。やれば出来る!
でも、再構築って難しい単語じゃなくて、もっとわかりやすく、作れるとか復元でいいんじゃないの?」
『ったくっ、貴様ら……!』
「でもさ。術技を取り出すってどうするの?」
「それはオレ分かるわ。靄舞を使うんだろ?」
『そうだとも。私とあの子が持つ【靄舞】なら、他人の術技をコピー出来る』
レッタちゃんを見やる。オレにもたれ掛って眠っていた。
レッタちゃんは、ラキの遺体に靄舞を被せて、煙のようなモノを取り出していた。
瓶詰になったそれが、術技なのだろう。
ん……。
レッタちゃんのおでこに手を当てる。
熱い。
「レッタちゃん?」
息も荒い。顔も赤い。
「何、どうしたの、寝てたのに」
「レッタちゃん、具合良くないんじゃないの?」
オレが言うと、ハッチと狼先生も近づいてきた。
「ううん……全然平気」
「いやいや。平気そうに見えない」
『おい。ちょっと見せてみろ』
「……師、心配してくれるの?」
くすくす笑った。
レッタちゃんの力が抜けたのが分かった。慌てて肩を支える。
「ガーちゃん、ありがと。ごめん、私……具合ダメっぽい」
◆ ◆ ◆
レッタちゃんを寝かせた。
不謹慎ながら、あのベッドに寝てみたい。
ベッドは狼先生が水の魔法で作ったベッドだ。
水の塊が平べったく伸びていて、レッタちゃんが横になってもあまりある大きさだ。
少し触ってみたが、水特有の柔らかい感触を残しつつ、さらに人肌と同じくらいか少し暖かい。
掛け布団代わりに王鴉がレッタちゃんと添い寝している。
『ハッチが居てくれて良かったな』
オレの隣で、狼先生が言った。
「そですね」
ハッチはレッタちゃんの体を拭いてくれていた。
オレたちはその間、洞窟の中を見るなということで、洞窟の外側で待ちぼうけ中である。
まぁ、レッタちゃん、露出癖でもあるのかってくらい、色々あけすけな子ではある。
ちょっと前は一緒に水浴びしようと入って来たこともあった。慌ててオレは出たけど。
よく服も開けてるし、よろしくないよな。最近はちゃんと服をしっかり着てくれるから、まぁ、うん。
『鼻の下、伸びてるぞ。何想像しているんだか』
「レッタちゃんのことしか想像してないですっ!」
『お前な』
狼先生は呆れた笑い顔を見せた。
『あの子は、いつも痛みや具合の悪さを我慢する癖がある。
すぐに気付いてあげてくれて、助かったよ』
「え?」
『痛みや具合の悪さを曝け出すのは、ガーやハッチを信頼しているからだろう』
「……狼先生も信頼されてると思いますけど」
『……そうだといいがね』
優しく微笑む狼の横顔を見つめた。
その横顔を見て、オレは──先日のことを思い出した。
『あの子との契約終了が、次の冬の終わりだ。』
『それが過ぎた時に』
『あの子の残りの命と、その体を私が貰う。それが契約だ』
狼先生と、暗くてよく分からなかったが、魔族のなんとかっていうヤツの会話。
そう……狼先生は、『魔王』だそうだ。
そして……レッタちゃんの命を、今年の冬が過ぎたら奪う。
でも、本当に……そうなんだろうか。
狼先生が魔王っていうのは、まだ納得が出来る。
全然、雰囲気は魔王っぽくないし、抜けてる所は抜けてるけど、使える魔法や知識は桁違いに思える。
ただ、レッタちゃんの命を奪う、体を貰う、っていうのが、納得出来なかった。
狼先生は、さっきもレッタちゃんのことを本気で心配していたように思える。
それに、あの水のベッドだって、維持するのが相当大変と本人は言っていたし……。
いや、でも。
まるで一流の料理人が、手間暇かけて下拵えをするかのように。
体を貰う……つまり、自分の肉体になるから、大切に扱っているのか?
『ガー、どうした?』
「あ、いや、何でも」
『そうか。しかし、ずっとこっちを見ていたが』
バレていた! 当たり前か。
『……もしかして、何か──』
「きゃぁ!?」
ハッチの悲鳴。
慌ててオレたちは振り返り、洞窟の中を見た。
蛇。
いや、ただの蛇じゃない。
蛇の頭を持ち、胴体は人間のように四肢がある。
皮膚は蛇の鱗で覆われたその種族。
爬虫人だ。
どこから出て来たんだ? 突然、現れた。




