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【11】魂の片鱗【01】

 ◆ ◆ ◆





 死者を生き返らせようとすることは、悪なのだろうか。





 『だから、友人を生き返らせよう。』



 大切な友人が命を落とし、絶望にくれる彼女に、少女は言った。

 真雪のように白い肌、暗い森のような黒い髪。

 童話に出てくるような可憐な少女は、彼女に言った。


 突拍子もない少女のセリフに彼女は言葉を失った。

 黒い少女は、死者の蘇生の方法を語る。


 その少女が見つけ出したその理論を。その方法を。

 理路整然と、少女は蘇生する方法を紡ぎ続けた。

 少女の傍らにいる狼と黒い肌の男が少女に何かを言っていた。


 彼女の気持ちを、とか、そういうことを言って少女を諫めていたのだろう。

 だが、それでも少女は死者蘇生の方法を語った。

 

 その話を聞いて、彼女は耐えられなくなった。


 彼女は耐えられなくなり──少女を抱きしめた。


「……ハッチ?」


 ハッチと呼ばれた蜂蜜色の髪の彼女は、言葉に出来ない涙を流した。



 ──アタシは……なんで泣いているんだろう。

 親友が死んだ直後に生き返らせようという突飛なことを言われたから? 違う。

 無謀に挑戦する姿に心が打たれたから? 違う。


 この小さな体に、どれほどの苦しみと悲しみが混ざり込んで、

『命を蘇らせよう』と言わせてしまっているんだろう。


 腕も足も細い一見すれば病弱そうな少女は何故、立っている。

 左腕が焼け爛れて、右腕が骨折しても、ここに立っているのは何故なのか。


 どうして、これほどまでに誠実で真剣な顔で、倫理を飛び越え

『死者蘇生を成功させる』なんて言っているのか。


 理由なんて、想像はつかない。

 どうしたらいいかなんて、分からない。


 だから、抱き締めたいと思った。

 この危うい少女を、支えたい。守りたい。

 そう感じた。


「どうしたの、ハッチ?」

 だから、涙が流れて止まらなかった。

 レッタちゃんの頭を抱きしめた。

 そして、ようやく、涙と一緒に言葉が溢れた。


「ありがとう、レッタちゃん」



 ◆ ◆ ◆



 ──あの騒動から、一日が過ぎた。


 あの騒動っていうのは、教会での事件のことだ。

 まぁ、オレも教会内でハッチの身に起こったことは細部までは知らないんだがね。


 端的に言えば、教会内でハッチに危険が及んだ。

 ラキまで巻き込まれた。

 抵抗し、ハッチが父を殺した。ラキが、ハッチの母を殺した。

 そして……レッタちゃんがその罪を身代わりとして引き受けた。


 ああ、ハッチの母の死は、状況から見ての推測だ。

 ……多分、ラキが止めに入って、ハッチ母に致命傷を与えたんだろう。

 オレがハッチ母にキレて胸倉を掴んだ時、胸の辺りに何か陶器の破片みたいなものが深々と刺さっていた。

 実際、手を離した時にはハッチの母は絶命していた。


 ハッチとラキを逃がす為に、レッタちゃんは囮になった。

 ハッチの死体を偽装して、踏み込んできた勇者たちに確認させてから全てを燃やして、逃げ遂せたのだ。

 その結果、教主一家惨殺の犯人になってしまったが、……本人は気にした様子はない。

 

 ただ……ラキは結局、助けられなかった。


 レッタちゃんは絶望に飲み込まれそうなハッチに言った。

 『生き返らせよう』。と。


 それは、レッタちゃんの出来る最大の優しさだったんだろう。

 傍目から見たら倫理的にアウトなヤバい行動かもしれないけど。


 だから最初の方は隣で聞いてたけど、死者蘇生方法とかを語ってエスカレートしていった。

 ハッチも辛そうに見えたから、狼先生と一緒に途中で止めに入った。


 けど、それは杞憂だったらしい。

 ハッチはハッチで、何かオレたちとは違う思う所があったようだ。



 それが、昨日起こった、あの騒動の顛末である。



 今は、狼先生が見つけた洞窟にいる。

 オレは入口側で、煙草を吸っている。青空に煙を吐くのも楽しいものだ。

 背中にレッタちゃんが寄りかかっていて、その温度で、ドキドキする。


 ……そういえば、ラキの遺体は埋葬された。

 体は無くしてもいいんだろうか? 

 でも、レッタちゃんの目的である『勇者の蘇生』も、勇者の遺体はないみたいだし、大丈夫なんだろうか。


「ねぇ、レッタちゃん。ラキの体、無くても蘇生できるの?」

 同じ疑問をハッチも抱えていたみたいだ。


「あれ、昨日、話したよね?」

「あー、ごめん。ちゃんと聞いてなかった」

 オレも。


「もー」

 レッタちゃんはぷくっと膨れたのだろう。

 仕方ないなぁ、とレッタちゃんは、はぁと息を吐いてから説明をした。

 ……? 息を吐いた? オレは妙なところに引っかかりを覚えた。


「一度機能を失った肉体を、蘇らせることは困難だった。

ううん。無理、かな。

肉体の限界、つまり物理的存在(ハードウェア)の寿命は、

筋肉に電気的刺激を与えても、頭の中身が、どんどん壊れていくのを防げなかったの」


「……それって蘇生は出来ないってことじゃないの?」


「ううん。違うよ。だから……非物理的存在(ソフトウェア)の寿命を、用いるんだよ」

 言ってることが分からなくなってきた。きっとハッチもだろう。

 たしか、そうだ。昨日……言ってたな。


「魂、だっけか」

「そ。ガーちゃん正解、百ポイントー。魂を、蘇らせるの」


「……魂、ねぇ」

 ハッチが苦い声を上げた。

「魂って、あるのかね」

 オレが訊ねると、レッタちゃんが頷いたようだ。背中に動きが伝わった。


「……記憶とか思い出とか経験とか。

精神、感情、意識。それをひっくるめて、魂って思う。自我、っていうのかな」


「そういう定義にすれば、魂はある、ってことになるのか」

「そうー。あるのー」


「……でもさ、その魂。どうやって手に入れんの? 冥府にでも降りるっていう感じ?」

 確かに、そうだな。冥府があるのかもわからんけども。


「レッタちゃんには悪いけど、どうにも魂なんてものは現実離れしてるんだよな」


 自我。記憶と思い出と経験、感情意識。

 それが魂なのはまぁ納得しても、それを手に入れる方法なんてあるのだろうか。


 だが、レッタちゃんはくすくす笑う。



「何言ってるの、二人とも。魂、見たことあるじゃん」



「え?」

「見たことある?」


「そう。……血の繋がりによる先天性も持ちながら、

後天的に学習や経験、感情の高ぶりや多くの思い出によって獲得してきたことが集約されたもの。

その全てがきっかけとして発露し、個人個人の能力として……世に顕現する技術」


 そうだ。

 いつだか、狼先生も言っていた。


 生物の性質や精神、特殊な経験や強い意志。

 心の熱量から発生する。




術技(スキル)は、生き物の魂の片鱗」




 オレもハッチも、息を呑んだ。



魂の片鱗(スキル)を読み解いて、元の(データ)に復元すれば」



 死んだ人を、生き返らせることが出来る。




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