【10】分かったよ【32】
◆ ◆ ◆
『師匠に。どうしても。……どうしても話したいことが……あるッス』
何。
どうしても、話したいことって。
シャワーを頭から浴びる。
シャワーは、熱いのか、冷たいのか、もうよく分からなかった。
何……何だ。
どうしても、話したいことがあるとは、何だ。
この場面で話したいこと。
『……師匠、演技下手でしたんで練習しましょ!』
だとしたら、あの場で言うよな。
……いや、ごめん。白状する。
真っ先に思い浮かんだ想像はこれじゃない。
先にそっちを浮かべたら、逃げ場無いから、違う想像を作った。
本当にした、想像は。
『師匠、好きッス』
……じゃ、ないかと、思ってしまった。
言われたい。心のどこかでそんなことを思っていた自分を恥じる。
……とはいえ。
本当にいい雰囲気な気もした。
でも。
シャワーを止める。
鏡に俺が映った。
変わらない俺の顔だ。どこにでもいる顔。
一山幾らで売ってそうな平凡な顔だ。
俺は、確かにハルルに惹かれている。
だけど、ハルルはどうなんだろうか。
アイツは……可愛い。
正直に言って、仕草も愛くるしいし、妙なところは真剣で、嘘を吐かない正直な性格は好感を持てる。
そんな、可愛い子が、俺を好きになるのか。
仮に。
仮にだけど、ハルルが俺を好きになったとして、それは。
鏡に映った俺と目が合った。ハルルが好きになった、俺は──。
過去の俺なのか、現在の俺なのか。
いや。
そもそも、好きになるはずがないんじゃないか。
師匠、って言ってる時点で、家族みたいなものだよな。
兄を好きな、みたいな感情で……ああ、いや、ごめん。
悪い。分かってる。分かってるって。
鏡に手を押し当てる。鏡の向こうの俺へ、謝っている。
うだうだ……ウジウジ悩むなって。
ナズクルにも言われた。好きなら、好きと言わないとな。
ただ、傷つくのを、恐れてるだけだ。
そして、失うことが本当に怖い。
キザな。また、黒歴史扱いされるかもしれないけどさ。
本当に。ハルルは、俺にとって光なんだ。
十年間、ずっと、誰とも関わらない生き方をしてきた。
ただ、関わらないだけだった。だけど。
その生活の中で、自分の体が半透明に見えた。
自分の輪郭は、自分で決められない。
自分という存在は、他人が認識してくれて初めて存在している。
そういうと哲学的が過ぎるか。
簡単に言おう。
誰にも挨拶もせず、されない生活は、俺自身を生きてるのか死んでるのかさえ分からなくしていた。
名前も偽名。経歴も偽造。
仲間とも連絡を取れず、何を信じていいのかも不明。
便利屋を始めたのも、そういう苦痛から逃れる為。
便利屋は、誰かに依頼される。
そこで人と接点が持てる。
そうして人に頼られた時だけ、自分の存在があるような気がして。
そんな、汚い打算で始めた。
だけど。
そんな生活の中で。
アイツは、力任せに、抉じ開けてきた。
俺に差した光だった。
だから。
怖い。
光が無くなったら、もう何も見えない気がするんだ。
体を拭いて、服を着て。
でも、それでも。
覚悟を決めよう。
ハルルが何を喋っても、それを受け止めるし。
俺自身も。
脱衣場から戻って部屋に入る。
いつもの部屋着の黒いタンクトップ姿で、ショートパンツのハルルが、ベランダに居る。
──おい、お前なんで勝手に入ってる、そして勝手に窓全開放のベランダに勝手に出てるのは何故だ、というツッコミはもう無しだ。
テンポよく、行こう。
「で、話したいことってなんだよ」
隣に行く。
あれ。俺……髪、乾かしてねぇ。
「……その」
星が綺麗だ。
ハルルの髪も乾かしてないみたいだ。
もふもふっとした白銀の髪も落ち着いている。
「恥ずかしいんですが」
頬が赤らんでいる。
目が、熱を持って潤んでいる。
「なん、だ」
「……その。えっと」
時間が流れる。
ゆっくりとした、それでいて、嫌ではない時間が。
俺から、言ってもいいだろうか。
夜風がそよいだ。
「笑わないで、聞いてくれますか」
「……ああ」
「──夢が、出来たんス……!」
「ゆ、夢?」
ハルルの真剣な顔がぐいっと近づく。
近い近い……!
「そうッス、夢ッス!」
ああ、そうか。夢か。おお、夢か。
予想していたことと違った。ある意味、よかったか。
俺は呼吸を整える。ひとまず、心臓を落ち着かせてよさそうだ。
「その。恥ずかしいんスけど……」
「役者をやりたくなったか?」
「えへへ。そう思います? でも、違うッス」
「何。じゃああれか。アピアみたいな演劇屋か?」
「それも外れッス~!」
「じゃあ、なんだ?」
他に影響を与える物なんかあったか?
「物書き……その。文筆家と言いますか、作家といいますか。
そういうものになりたいと、思う所存でございましてッス」
「作家? なんで?」
意外な夢が飛び出したな。
「えへへ。色々と思い返すと、きっかけはあったなぁって思ったんスけど。
自分が冒険したこととか、書き留めてまとめられたらいいなぁって」
ちょっと漠然としてるんスけどね、と恥ずかしそうに笑うハルル。
俺は、微笑んで見せた。
「確かに、お前なら話題に事欠かない冒険をしそうだ」
「それ、褒めてます?」
「もちろん」 面白半分、冗談半分だ。
「それに、途中で終わってしまった物語の続きも……書きたいなって思ったんス」
「途中で終わってしまった物語?」
「あれッス! 勇者レイヴェルドシリーズ!」
……非公式ライヴェルグのあれか。
「あれは。その、途中から刊行されなくなったので」
俺が仲間殺しとなった辺りだろうか。
「物語、俺は作ったことは無いから、なんか詳しいことは言えないんだが」
頬を掻いた。
「応援するよ。お前しかいないだろ。勇者のことを書ける人間はさ」
勇者大好き人間のハルルなら、続きくらい書けそうだしな。
「お前は、ずっとライヴェルグを追ってきてさ。……凄いと思う。俺なんかのことを」
「俺なんかとはなんスかーっ! 私の大切な師匠を『なんか』呼ばわりするなッスー!」
いたずらっぽい声でハルルが言ってきた。
「お前なぁ」
「えへへ。でも、ダメなのはダメッスよ!」
「何がだよ」
「例え師匠であろうと、私の一番大切な師匠のことを悪くいうのは許さないッス」
笑顔のまま、ハルルは俺の頬に触れた。
「分かったッスか?」
その笑顔は、ズルかった。柔らかい微笑みに、悪戯っぽさが混ざった、中毒性のある笑顔で。
ああ、俺は。
「分かったよ」
「それならケッコーッス!」
「なぁ、ハルル」
「はい? どうしました?」
「……あのさ」
「師匠?」
「今度……。お祭り……行かないか」
「お祭り? いいッスね! 行きましょう!」
「もう夏も終わりだろ。その、秋にさ。綺麗な祭りがあってだな」
「おお! 楽しみッスね!」
「それで、さ」
「はい?」
「逆に」
「逆に?」
「逆に……その時、は。俺の、どうしても話したいことを、聞いてくれ」
ハルルの顔を見れない。
それって、というハルルの声がした。
目が合わせられない。
「……その。師匠」
俺は、顔を上げた。
ハルルは、赤い顔で微笑んでいた。
「お祭り、楽しみにしますッス」
風が、彼女の髪を撫でた。
優しい笑顔があった。俺の好きな笑顔だ。
意気地の無い俺を、まだ待ってくれるらしいハルルの薄緑の目が、とにかく綺麗で。
ああ、俺は。
分かったよ。
俺は、この笑顔とずっと一緒に居たい。
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またも章の切れ間でお礼を申し上げたく、作品とは関係ないことを記入させて頂きます。
本当に、先日も、評価や、いいねを頂き、本当にありがとうございます!
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いつも読んで頂けている。本当に、言い表せない程の幸せを感じております。
未熟な部分が多く読み辛い点もあるかもしれませんが、
少しでも面白いと思えるものを作る為に頑張らせていただきますので、
何卒よろしくお願い致します!




