【10】結果発表【29】
◆ ◆ ◆
ある宿で、二人の人間が偶然に出会う。
勇者と、今日からその助手になりに国から派遣された賢者の話。
なのだが、この勇者、実は部屋に泥棒に入ったただの盗賊。
そして、賢者を名乗った方も、なんと同じく泥棒に入っただけの盗賊だった。
泥棒二人が、互いに正体をどうにか隠しながら、本当に町を助けてしまうという笑劇。
二人の掛け合いだけで進行する笑劇。
中々、ハルルとアピアの息もあってて、面白いじゃないか。
「ようやく合流で来たね、ジン」
そんな笑劇を見ている最中、俺の隣にはよく知った顔のルキが来ていた。
そして、ルキから少し離れた場所に、巨漢の男と派手な女がいた。
巨漢の男……どこかで見たことのある蛙顔。
その隣にいる派手な女は、ゴールドローズだ。
ただ、その表情は、少し……。
◆ ◆ ◆
「なんで。アピアが……この作品、知ってるんだ」
「だから奇妙な巡り逢わせだねん、と言ったねん」
蛙顔のでっぷりとしたガマル師匠は、アピアの劇の申し出があった時のことを思い出す。
「これは、ローズの作品。ローズが作った、初めての作品だったねん」
随分と、懐かしい劇。
たった一度しか外向けには上演されてない。
「……よく、覚えてますね。この劇」
「ローズが最初に金賞を取った劇ねん。忘れるわけがないねん」
「へぇ。そう」
「脚本も演出も、全てローズ主体で金賞。しっかりと覚えてるねん」
「と言っても、工房内の新人賞。
栄誉のない賞だし、実績にならない詰まらない作品でしたけどね」
「ローズらしい、突拍子も無く派手な劇で、好きだったねん」
「はっ。師匠面しないで欲しいね。
ずっと、ゴーストライターがいることに気付かなかったくせに」
「ケロケロ。それもそうねん」
ガマル師匠がそう頷くと、ゴールドローズは唇を噛んだ。
「……嘘。師匠は、ずっと気付いてたんでしょ」
「どうだろうねん」
「師匠はさ。……ゴーストが書いた作品を読んだ時だけは『この作品』って言ってた。
この私が書いた作品なら、ローズの作品、って言うのにさ」
しおらしく、ローズが言うと、ガマル師匠はお腹を掻いた。
「言わなかったら、気付いてないのと同じねん。
それに、ゴーストを使うっていうのも、商業では一つの戦略ねん。
自分ひとりで作り切れないから、誰かに依頼する。下請け業者と同じ概念ねん」
舞台の上では、アピアとハルルが楽しそうに劇をしていた。
それを見ている観客もまた楽しそうだ。
「ローズは、間違ってないねん。金が絡むなら、プロとして成功率を高くする必要があるねん。
ただ、唯一間違えたのは、不正な手を使ったことねん。
グレーゾーンに手を出すなら、関わった人間を不幸にしてはいけないねん」
ゴーストも、必要な時もあるねん。と小さくガマル師匠は呟いた。
「……何が言いたいんですか?」
「裏町の便利屋を使ったことだけは、裁くということねん」
ゴールドローズは俯いた。
その姿を見てガマル師匠はケロケロと笑う。
「さて。ローズ。……今後の話や、商業的な話も大切ねんけど。まぁ、今は」
蛙顔の細い目が、にこりと笑った。
「ローズの作品に憧れた一人の女の子。その子が作った演劇を観ようねん」
ゴールドローズは、劇を観てため息を吐く。
演劇の内容は、本当に稚拙だ。
集客を考えられていない造形。
収益にならなさそうな配役。
これじゃあ、全然、実績にはならない。
それなのに。
「未熟な作品に、未熟な。未熟な役者ですよ」
「そうねん。でも、不思議ねん。
そんな笑劇は、馬鹿な姉弟子を泣かせる程の力があったみたいねん」
ガマル師匠は声を出さずに笑う。
ゴールドローズは、大笑いが渦巻く会場の一番端で、声を出さずに泣いていた。
◆ ◆ ◆
クオンガ海浜公園野外演劇祭では、観客による投票が行われている。
優秀賞は金一封と楯が貰えるらしい。
即開票される。
そして、読み上げられるのは上から十位以内だけ。分かりやすい仕組みだ。
「第五位、『クィーニーとホロスの恋』。白帽子工房、ゴールドローズ」
相当な集客だった『クィホロ』が五位か。
俺たちは少しだけ静かになった。
「……今回の参加は小さいチームも含めたら約二十団体いたそうッス」
「そう、か」「面白い物できたと思ったんだけどな」「……」
お通夜みたいになってしまった。
「投票したお客さんも、全ての劇を観て投票している訳じゃない。
だから、票は自然と注目題目に集まりやすい」
「そう、だね。面白い物を作っても……観て貰えるとは、限らないから」
アピアが少し寂しそうに頭を下げた。
「アピアさん」「座長」
クィホロは、今の流行の欲しい所を全部持っていた。
貴族はとにかくタイトルに『恋』か『悲恋』が欲しい。
こっちもそういうタイトルを入れておくべきだったと、今更後悔しても遅いか。
……しかし。アピア自身も、勝敗より大切なものを見つけたような話をしていた。
「……円陣組んだ仲間と良い劇が出来た。それでいいんじゃないか?」
だから、着順なんて関係ない。
「結果より、ここまで来た過程が──」
「第三位、『勇者ライヴェルグとクオンガの歌姫』、白帽子工房、アピア・フェム」
俺たち全員が、え、っと口をそろえて目を開けた。
壇上にあるボードに、俺たちの劇の名前が載った。
三位。
「ハルル。三位って、五位より上か?」
「その質問の聞き方、蛇竜と似てて嫌ッスけど。けど……上ッス。師匠。上ッスよ!!」
「上、か。上……アピア。お前、三位って上だ。上だぞ!」
「三位……え、三位」「座長!」「アピアさん!」「アピア!!」
気付けば自然と。
割れんばかりの歓声を、俺たちは上げていた。




