【10】奇妙な巡り逢わせ【28】
◆ ◆ ◆
また観たい。死ぬほど観たい。
とにかく、居ても立ってもいられないくらい、面白い。
この後の展開はどうなるんだろう。五歳児はずっと考えた。
『続きは自分で考えるしかないね』。その言葉を死ぬほど馬鹿正直に胸に刻んでたから。
内容は、よく覚えている。
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クオンガ海浜公園野外演劇祭──陽が沈み始め、クライマックスが近づいていた。
俺は……へとへとだ。
二度の公演。内容は、良い感じに……ボロボロであった。
セリフを忘れて周りに救われを繰り返し。
舞台に上がる役者は皆凄いわ。よくあんな人の目があって堂々と出来る。
こんな新人がミスしてもフォローも出来る。凄い人たちだ。
ともあれ、時刻はもう十六時。
何とか、ギリギリ、どうにか……ライヴェルグ役をやり切った。
楽しかったが、やはり慣れないことは疲れる。
ハルルは元気そうだ。あいつは本当に馬力があるな。
「ありがと、ジンさん。おかげで舞台、しっかりできた」
アピアが隣に腰掛けた。
「俺は足引っ張ってしかなかったけどな」
「そんなことないよ。死ぬほどいい演技だったよ。特に最後の方の姫とのアドリブ掛け合いは」
最早、素の会話をした瞬間があった。それのことである。
「あれは、なんかもう忘れてくれ」
「そうなの? 面白かったのに」
「ははは……」
笑ってごまかすと、アピアが夕暮れの空を見上げた。
群青色と茜色が混ざり合った夜になり始める前の色は、不揃いともいえるし、綺麗ともいえる気がした。
「ゴールドローズ姉様に、怪我をさせてしまってから、
ずっとゴーストライターをやるのが当たり前だったんだ」
最初にゴールドローズと言い合ってる時に、そんなことを俺も聞いたな。
「ゴーストやっていたことを、後悔しているのか?」
尋ねると、アピアは首を横に振った。
「いい勉強になったから、後悔とは違うかも。
経験が積めて、自分の力になったのは、凄く分かるんだ」
「いいことも、あったんだな」
「うん。……多分、いいことの方が多いよ。
お金も、払ってもらえたし、流行の読み方も教えて貰った。
それに、自分の書いた作品が広まっていくのは、気持ちよかった。
流行を抑えて、貴族が見たいものを、存分に用意する。
基本が自分の中に出来たような気持ちだった」
「……じゃぁ、ゴーストライター、辞める必要はないんじゃないか?」
「……そこが。自分が死ぬほど愚かな所なんだと思う」
「愚か?」
「うん。……やっぱりさ。自分は、自分の劇をやりたい。
自分の名前で、自分が信頼できる仲間と。自分が納得できることを。
それが……。それが、上手く行かなくても」
「それは……よく分からないが、たくさん傷つくことになるんじゃないか?」
「そうだね。きっと、そうなんだと思う。だけど、さ。
荒野へ一歩踏み出したら、傷つかないままなんて無理だよ」
アピアが少しカッコつけた言葉で笑って見せたから、俺は少し笑って頷いて見せた。
「自分は、上手く行かせる努力をし続けたいんだって、改めて思った」
「上手く行かせる努力か」
「うん。……もちろん、全然見向きもされないかもしれないけど。
でもさ。頑張ってみたいんだ」
「そうか。自分で後悔が無いなら、それが一番だと思うぞ」
「……ありがとう、ジンさん。ごめんね。変な話に付き合わせて」
アピアは、きっと俺に向けて言葉を発した訳じゃない。
きっと、自分の中の何かを整理したかったんだろう。
「有意義な会話だったよ。アピアが、今に真剣に向き合ってるって、伝わった」
「……ありがと。流石、ライヴェルグ様!」
「なっ! 知ってたのか!?」
「え? 何その反応? もー、死ぬほど役にのめり込み過ぎ」
しまった、ただの冗談か!
「さて、と。最後の舞台、死ぬほどやろうかと思います」
「お。そうか。最後の四度目の公演か……」
よし、仕方ない……最後の力を振り絞るか。
「あ。さっきの舞台でジンさん、終わりだよ?」
「え??」
「というか、実はね。四度目の公演時間が、まぁ死ねるんだけど、十五分しかなくてさ」
「おいおい、半分かよ」
「そう。前から決まってたんだ。だから、ハルルと二人で寸劇をやるんだ」
「そうなのか?」
「うん。だから、見てってよ。あっちの空いた舞台でやるからさ」
◆ ◆ ◆
「最近は、奇妙な巡り逢わせが多いねん」
でっぷりとした大男。
上半身は女物のゆったりとした前が開いたコートのようなローブを羽織り、その肉厚な腹が見える。
独特な喋り方をする蛙顔の男はその腹を撫でながら前を歩く。
その隣を、銀色の車椅子も並んで進む。
「そうだね。ボクも驚いたよ。まさか、ガマルさんがこの国に居るなんてね。
ここ出身だったんだね」
「そうなのねん。ルキさん。十年以上ぶりねん」
「……ガマル師匠って、凄い人と知り合いだったんですね」
流石のゴールドローズも賢者ルキの名前は知っていて、苦笑いで呟いた。
「凄くはないさ。今はしがないただの学者だよ」
「ただの学者が悪党を氷漬けに出来るのかねん」
「出来るとも。ただの演劇家を自称する人間が魔族と拳でやり合ったみたいにね」
車椅子の女性、賢者ルキは、再開した旧知の友に微笑みかけていた。
「あの、これ……どこへ向かってるんですかね」
しおらしくゴールドローズが訊ねると、ガマル師匠はにひっと笑う。
「面白いもん観るねん。ルキさんも観たいという訳だしねん」
そして、中央から少し外れた小さな舞台。
明かりが灯り、ほんの少しの人数だけが見守る舞台が始まろうとしていた。




