【10】残り続けるセリフ【27】
◆ ◆ ◆
利潤だけ考えれば、もうこれで手を切るのは、悪くないか。
裏町の非合法な便利屋の店長は少し息を切らせながら走る。
上手くすれば、ずっと金を吐き出させ続けられた案件だったが、もう仕方ない。
ただ、ゴールドローズの姉妹弟子イジメはゴシップ記事に売ればいい金になる。
強請るのではなく、方向転換と行こう。
部下との合流場所に来る。煉瓦でつくられた警兵の詰所にもなっている管理棟の裏側だ。
警兵がすぐ近くだから危険? いいや、だからこそ盲点だ。
だが、部下がいない。あいつの方がここに戻って来るのが早いはずだが……。
店長がイライラとしながら待っていると、ようやく向こう側に人影が見えた。
「店長っ! すいやせんっ、遅くなりました」
「お前! 役者を芝居出来ないようにしたから合図を送ったんじゃねぇのか!?」
役者を殴り倒すなり何なりしたら、完了の合図を送る。
彼らはそういう謀略で動いていた。しかしながら。
「舞台が止まってねぇじゃねぇか」
店長が苛立ちを込めていった。
舞台は成功。つまり、彼らの作戦は失敗した。
「も、申し訳ないですっ……代役がいたみたいでっ」
「ったく。お前よぉ……はぁ。まぁいい……で、なんでこんなに遅かったんだ?」
「いや、その、殴った現場を見られてしまって。それで撒いてたんです」
「な。何? ……お前、見られたのか?」
「だ、大丈夫です。絶対に撒けましたんで!」
「絶対に撒けただと? なんでそんなことを言えるんだ?」
「いや、細い道や人通りが多い所を通ったんで……目撃者の女は、追ってこれなかったはずです」
「お前、それだけでなんで大丈夫って言いきれるんだ?」
「そりゃ、その女が車椅子の女だったからですよ。絶対に大丈夫、追ってこれるはずが」
「ボクはね。今日の劇を純粋に楽しみにしていたんだよ」
凛と冷たい声が聞こえ、部下の男は慌てて振り返った。
夜空のような紫色の髪。右腕と両脚が義肢。紺色のドレスを纏った車椅子の猫のような目の女性。
彼女の名前は、ルキ。
「……だとしたら、野外劇の会場は逆側ですよ。お姉さん」
「まぁ、不運が今日は重なった。開演には遅れてしまってね。
それで仕方なく舞台が終わったら挨拶しようと控えていたら、目の前で傷害事件だろ?」
車椅子のルキは指を組んだ。
……仕方ない。店長が合図すると、部下は腰に付けていた短剣を抜いた。
「その事件に首を突っ込まずにおけば、もっと不運な目には合わないんじゃないか?」
店長がそういうと、確かに、と女は笑う。
「確かにそうだね。不運な目に遭わなくてすんだよ──キミたちがね」
部下が飛び掛かったが、たった一瞬で空中高く吹き飛ばされる。
目にも止まらぬ速さで生み出された空気の魔法。
そんな空気の塊で顎をアッパーカットよろしく殴られたという事実は、いくら魔法に長けた人間でも一握りしか理解も出来なかっただろう。
一般人だったら、何が起こったか分からないが、空中に吹き飛ばされた、という認識だ。
「なっ……何者だ、お前」
「しがない学者だよ。少しだけ魔法が得意なね」
指を軽く振るう。たったそれだけの動きで、急激に吐く息が白く変わる。
動こうとしたその時には既に、店長の足は凍り付いていた。
「まぁ、どういう理由があったかは知らないから、詳しくはこの国の警兵とやらに任せるけどね」
ルキは駆け寄ってきた警兵に会釈を一つし、ため息を吐く。
事情説明とかすることになったら長いんだろうか。
ああ、次の演劇に間に合うといいんだが……。
◆ ◆ ◆
えー、こちらジン。
現在、舞台の裏でパンを齧りながら、二時間で脚本暗記とかいう不可能ゲーの最中です。
隣にはハルルと、アピア。昼休憩で露店も出てるのにこの二人だけはここに居てくれていた。
結局、殴られた勇者役のライトは復帰させられなさそうということで、本気で俺が代役になるらしい。
正気か、と思ったが……もうやるしかないからやってやる状態だ。
「『姫の美しい歌声が』……違う、間違えた。『あの美しき歌声が姫の』」
「師匠! もう細かい所は良いんで全体の流れをやりましょ!
アドリブで良いって言われてるんスから!」
「だーもー! アドリブしちゃうとみんな大変だろうが! 極力台本にした方がいいだろ!」
「でも一言一句やってたら二時間しかないんスから、間に合わないッスよ!」
「分かってるってっ! でも、最後の長台詞が『アレ』に変更になったから、
とりあえずは希望が持てるっていうか」
そう。最後の……つまり、『姫への告白』のセリフは、大幅に変更になったのだ。
──最後、姫を抱きしめ、客に顔を見せないように仮面を外し……そして、キスシーン。
無論、本当にキスすることはない。顔を近づけるだけ。
頬と頬を合わせるのもいいと提案されたが、流石にアレがアレでアレなので、顔を近づけるだけという話に落ち着いている。
この『仮面外し、客に背中向けて、キスする』は、俺がやったアドリブだ。
それが妙に客にも受けたし、アピアにも刺さったらしい。
そのシーンを残しておかねばと、アピアのやる気に火が付いたらしい。
ずっと隣で何か呟きながら、あの場面を起こしているようだ。
「仮面を外して、キス。今までの勇者に無い新しい様式美になる。いい、死ぬほどいいっ」
呪詛のように言ってる。ちょっと怖い。
というか……うん。新しい様式美って。
「……俺のアドリブ告白、もしかして今後も使われるの?」
「使うよ!」
一も二も無くアピアが即答した。
「そ、そうか」
「凄く良い告白だった! 本気の告白に感じたよ! 感情も凄い籠ってたし!」
……死ねるなぁあ。
「そうッスね。本当に、素敵なセリフでしたね」
「……そう、か?」
「そうッスよ」
えへへ、と笑うハルルの顔を、俺は長い時間見れなくて目を逸らす。
「『一緒に、生きてくれ。これから、ずっと』」
「っ。お前っ」
「えへへ~。一発で覚えちゃったッス」
「ああもう……忘れてくれよ」
「それは無理ッスよ。……ずっと。多分、もう二度と。
あのセリフが私の耳から離れることはないッスから」
少し赤い頬で、ハルルは悪戯っぽくニッと微笑んだ。




