【10】これから、ずっと【25】
◆ ◆ ◆
屋内の舞台では、照明の光が強いが故に、観客席が見え辛い。
それ故に、少し慣れれば客の目を意識の外に放り出し、演技に集中が出来る。
だが、野外の舞台は、照明光が弱い。それよりも太陽の光が強いからだ。
それ故、観客の目はしっかりと見えてしまう。顔も、なんなら声も。
だから、プロでも集中力が必要だ。
「ジンさん。セリフはアドリブでいい。ギニョっちはアドリブ対応できるタイプだから」
「あ、ああ」
「アドバイスというか。ジンさん。こういう舞台は初めてだよね」
「もちろん、そうだな」
「……観客の方に向くことはしても、絶対に、観客の顔を見ないように」
「? どうしてだ」
「どうしても。……寧ろ、知ると意識しちゃうでしょ」
「確かに……分かった」
……思い出せ。魔王討伐戦最後。あの時の方が緊張したはずだ。
「リムズ姫よ。さぁ、もう歌は十分聴かせて貰った。婚礼の儀を始めようじゃあないか」
舞台の上のギニョが、大きく体を動かしていた。
黒い衣装には腕と足、全てにひらひらと長い流れ布が付いている。
それは体を動かす度に風に靡いて、体を大きく見せる。
凄いな。緊張なんかしてないみたいだ。
それに。あいつも。
「いいえ。悪魔よ! 私はそれでも、婚礼を結びたくはありません!」
ハルルは、一切の緊張していない。度胸もあったもんな、アイツ。
言葉もしっかりと感情が乗っているように聞こえる。
「往生際の悪い娘だ! もう泣こうが喚こうが誰も助けになど来ないというのに!」
悪魔役ギニョは、声を張り上げながら観客の方を見る。
えっと、観客の顔を見ちゃダメなんだよな。
さっきアピアに教わった。
観客は……意外と多い。駄目だ。そっちを見ないようにしよう。
緊張するな俺。
音楽が切り替わった。ここだ。今だ。
「待、てーい」
あ。死にたいかも。
全力で声を裏返した。やべえ。えっと。えっと。次のセリフだ!
「その姫を離せぇぃ」
……ダメだ。もう俺を殺してくれ。
棒読みだ、上がってる。
魔王討伐の方が緊張しなかったよ!
今なら、竹ひごで魔王に挑んだ方がマシに思えちまう。
観客も前の方の席が少しざわついてる。ああ、マジすみません。
「……ライヴェルグ様。来てくれたんでスね」
あれ……。ハルル。それは、台本に無いセリフだ
ふと、ハルルを見る。
ハルルは、微笑んでいる。
どこまで察したか分からないけど。気付いてはくれているのか。
……心配、掛けてしまったな。
深く息を吐く。
そして、腰の模造剣を高らかに掲げる。
「ああ。迎えに来たぞ。……お姫様」
ハルルが居て、笑ってくれてるなら。
それは、もうどの場所で誰が見ていても。……なんつうか。
「はっはっは! 愚かなり勇者よ! この悪魔の前に姿を現すとは!
ここで葬り去ってくれる!」
「舐めるな! このライヴェルグ! 悪魔ごときに後れを取ることなどない!!」
自然と声が張れた。セリフは、合ってるか分からない。最早アドリブだな。
ああ、なんつうか。ハルルがそこにいるのが……いつも通り、なんだ。
「なぁにを 小癪な! 八つ裂きにしてくれる!!」
悪魔役のギニョっちは真っ黒な剣を抜いた。
剣と剣の芝居を殺陣と言うらしい。
これなら、人に魅せることが出来る。
というのも、俺の剣の師匠は、人に魅せる為の舞剣から最初に教える人だった。
剣を滑らせ、俺自身がその場で横に回転。
体を大きく開いて踊る様に、そして優しくゆっくりとした動きで剣を悪魔へ向ける。
観客の方から、おお! と声が上がった。
そうか。これは、楽しいな。
役者が面白い、という気持ちが、少し分かってきてしまった。
「ええい、人間如きが! 喰らえ、我が奥義を!」
えっと、観客の方を向いて、と。
この段取りはマジで下手だな俺。
「無駄だ! 悪魔の一撃など、我が極雷閃で斬り払ってくれる!」
はずい。
そして向かってくる悪魔の一撃を避けるんだよな。
避ける?
真っ直ぐに悪魔役に向かう。
アドリブというか、演技の下手さを派手さで軽減させてもらおう。
遊び心ということで、許してくれよギニョっち。
「!?」
一歩踏み込みギニョっちの剣の鍔を叩き──空中へ吹き飛ばす。
回転して落ちてくる剣をキャッチし、ギニョっちの顔の前にその剣を突き出す。
「勝負ありだな、悪魔。何か言い残す言葉はあるか?」
あ、アドリブが過ぎたか?
いや、ギニョっちは、大きく両腕を掲げた。降参? いや、違うか。
確か、合図だ。なんだっけか。
「くっ! まだ負けてなどおらぬ! お前を倒し、世界を崩壊させてやる!」
ノリノリだったな!
ギニョっちの目線が俺の手元、剣を見る。
ああ、そうだ。大きく両腕を開いた時は、トドメの合図だった。
よし、胴体を袈裟斬りにして、と。
「ぐはぁ!」
おお、斬られて倒れるの、本当に上手いな。
で、自分の剣を鞘に仕舞い。……ああ、この奪った方は、舞台の隙間に刺して、っと。
ハルルと目が合う。なんだ、口がパクパクと動いている。
せ り ふ 。ああ! セリフ!
そうだった。決め台詞。えーっと。観客の方を向いて。
なんか、良い台詞あったか? 台本なんだったけか。えっと、悪は云々。えーっと。
「……この世に、悪が栄えた試しはない」
わっと声が上がる。よかった。受けた。
滑りまくるんじゃないかとひやひやしたぞ。
よし。やり切った。これで一安心だ。
本当によかった。終わった終わった。
後は……。あれだ。
旅籠でも一度やったことのある告白のシーン。
あのなっげぇやつを言って、場面転換できる。
さっき舞台袖でそれだけは覚えたから大丈夫だ。
大丈夫……だよな。
……あれ。
──『この世界の誰よりも……‥…姫君よ』
──『今……愛がうんたら……手を取り合い』
──『なんだかこう』
これが、セリフがトぶ、ってやつか。
ヤバい。……頭、真っ白だ。
何が、一安心だ。緊張の糸が解けたから。くそ。
やばい。どうする。
このまま、じゃ。劇が止まる。
思い出すしかない。思い出せ。絶景を、使ってでも。
観客の目と──目が合った。
しまった。見てしまった。やばい、不安を察される。
駄目だ。緊張してる。絶景……は、駄目だ、絶景発動は精神状態に大きく関わる。
一度、落ち着いて。呼吸を。
「ライヴェルグ様。どうして、来てくださったのですか?」
……ハルル。
察してくれたらしい。俺がセリフ、トんだのを。
「……それは。姫の……姫の歌声が聞こえたからです」
「歌声が? でも、私は助けを求めることなど、一度も出来なかったのです」
「いえ。それは」
「それは? お聞かせください。どうして来てくださったのか、貴方の言葉で」
ハルルが、隣にいた。
貴方の言葉で。ハルルのその言い方はとても優しかった。
ああ。俺は、本当に駄目な奴だな。
……お前が、居てくれたから。力が出るなんてさ。
俺の、言葉で。か。
ここに。お前の隣にいる理由は。
「私が。貴方を助けたいと思ったからです」
「それは、つまり……どういうこと──ぉで!?」
観客に背を向けて、俺はハルルを抱きしめる。
「こういうことです」
仮面を左手で外す。観客側に、俺の顔が見えないように。
ただ、仮面は手に持ち、観客に仮面が外れてることが見えるように。
ハルルに顔を近づけて、止まる。
ほぼ、ゼロ距離。
静まり返った。
それでも客席の方でいい意味の息を呑んだ音がしたような気がした。
ああ、そうだな。
客席から見たら、──キスをしているように見えるな。
それが、狙いだ。いや、もうセリフを思い出すのを投げた。
そして、言う。
「一緒に、生きてくれ。これから、ずっと」
俺が言えること。
俺の、言葉で、言った。
ハルルは。
顔を赤くして、俺の胸倉をぎゅっと掴んだ。
「はい。……喜んで」
ああ。うん。
なんだろう。凄い、俺。顔が熱い。
凄い、不思議だ。今、俺、お前のことしか見えない。
後ろから、口笛指笛が聞こえ、熱気が聞こえた。
ああ。よかった。
観客は喜んでくれたみたいだ。
おもむろに、仮面をつけ直し……えっと、どうするんだっけか、次は。
確か、姫の手を引いて、舞台袖へ。
握った手が、今まで感じたことの無い程の熱さだった。




