【10】ライヴェルグ役、引き受けた【24】
◆ ◆ ◆
「ライト! しっかりしろライト!」
声を押し殺しながらも荒げた声を出す悪魔役。
おい。どういう状態だよ。
勇者役のライトが、頭から血を流して気を失っている。
アピアがすぐに止血をしている。
「誰かっ! 包帯持ってきて!」
「ああっ!」
王役が慌てて舞台裏へ走る。
「何があったんだ」
「なんか、知らない奴が舞台から降りてきたライトに飲み物を勧めて。
でも、ライト、演技中は飲み物飲まないから……。
断ったらその瓶で思い切り殴られたみたいなんだ」
悪魔役が説明してくれた。
変なファン……いや、ゴールドローズの妨害だろう。
俺も殴られた勇者役に近づく。
派手に血は出てる。頭の傷はどうなるか分からない。
「すぐに医療ギルドの誰かを呼ぼう。動かさない方がいい」
「……こんな。こんなことまでするのか」
アピアが、唇を噛みながら呟いた。
懸命に後頭部を抑えながら、アピアは震えていた。
「中止……だ。舞台は、中止する……」
アピアが絞り出すように呟いた。
誰もが、静かになった。それは、そうだ。
こうなったんだ。これ以上舞台は。
「中止、しないで……欲しいな」
声が上がった。唸るような声だ。
「ライトさん!」
頭から血を流した勇者役のライトが声を出した。
意識を取り戻したようだ。
「動かない方がいい。頭は特に」
「だいじょぶ、です。頭、固いんで」
笑って見せた。強いな。
「座、長……やってくださいよ、劇」
「でも」
「ゴールドローズさんですよね。こういうことするの」
その言葉に、アピアは目を丸くした。
「噂でも……よく聞いてました。ゴールドローズさん、弟妹のイビリは凄いって。
だから……ここで負けちゃダメですよ」
「それは」
「僕も、出来るならやりたい。皆で頑張って来たんだから」
悪魔役のギニョっちが震える声で言う。ライトはそれを聞いて頷いた。
「やってください、座長」
「ありがとう。でも……やるにしても……勇者役が」
今回の劇の役者は女の子が多い。
勇者と王と悪魔役以外、全員が女だ。
ちゃんと衣装で隠せば何とかなるかもしれないが……声がかなり違うと違和感が出るか。
「この後のシーンで出てこない役で、勇者の役出来るのって」
なんでちょっとこっちに視線が集まってるんだ。
「お、王役のコールはどうだ?」
「この後の姫との婚礼祝福シーンで王が居ないのはちょっと」
「……ジンさん。お願い出来ないかな」
ライトが、俺にそう言った。
「え、いや……え?」
急に、マジか? え?
「ハルルさんの、恋人さんなら、適役かと」
「恋人じゃねえよっ」
ライトが笑って見せる。お調子者なりの気遣いなのか、気丈に笑った。
「ジンさん、お願い……です。アピア座長の劇、完遂したいんです」
「……セリフ。マジで覚えてないぞ」
アピアを見やる。アピアは脚本を取り出した。
「ジンさんさえよければ……確かに、この後のシーンは、戦闘のシーンと告白のシーンだけ。
どっちもセリフは少ない、から」
歌が終わったら、悪魔役が登場。そこから会話の掛け合い。
少ないと言っても勇者のセリフあるんだろ?
数分も無い時間で、そのセリフを覚えるなんて無理──
と言うことも出来たが、皆の目を見てしまった。
……この一週間。一週間だけだけど、皆、頑張って来たんだよな。
俺は、裏方であんまり練習は見れてない。でも、そうだよな。
こういう終わり方は、誰も望んでないか。
くそ。
「分かった」
「え?」
「ライヴェルグ役、引き受けた」
「ジンさん!」
「ただ、さっきも言ったけど、セリフ覚えてないぞ。
今から覚えてみるが、大きくアドリブになる」
「大丈夫、僕、超合わせる」
「悪い。頼む」
「任せて!」
悪魔役の恰幅の良いギニョっちがニッと笑った。
歌が終わる。
「行ってくる!」
「あ、ギニョっち!」
「なに?」
「殺陣の時は、全力で剣を振ってきてくれ! 剣技なら俺が合わす!」
「オッケー!」
ギニョっちが駆け上がった。
「立ち位置、全然、無理だ。いいか?」
「照明ついていくから! なんとかするよ!」
「よろしく頼む」
「おーともーさー!」
ハルルと仲のいい照明の子もオッケーしてくれた。
「衣装、ちょっと今は無いから、このマントを使って」
音響の子が持ってきた真っ赤なマント。
恥ずかしいが、羽織る。
脚本を開くと同時に、アピアが近づいてきた。
そして、まっすぐ俺を見た。
「……ありがとう。ジンさん」
「気にするな。困った時はお互い様だ」
「本当に、ありがとう」
アピアは頭を下げた。
そして、それを取り出した。
黄金の獅子の意匠が施された、仮面。
「勇者を……お願いします」
差し出された仮面を、俺は手に取った。
「……ああ。任せろ」
◆ ◆ ◆
『……『また』、嫌な依頼か』
『ここにしか頼めないよ。裏町の便利屋にしかさ』
『ある人物を、少しの間、監禁したいんだ』
黒い二枚貝の蓄音貝を閉じると、流れていた声もまた止まる。
「何、これは。この私は聞いたことすらない」
ゴールドローズは毅然と、目の前の男に言い放つ。
内心では、怒り狂っていた。目の前の男──便利屋の店長に。
「そうか。ロジー。聞いたことすらないのか」
「ロジーって誰ですかね。この私はゴールドローズ。そんな人じゃないわ」
「ふぅん。そうかい。まぁ、黙秘するならそれでもいいが……
この声、聴いた人間には、どう思われるかな?」
「はっ。新聞社にでも流すって? やってみな。どう言われようが気にならないね。
というかそれで罵詈雑言した所で関係ない。
注目の的になれば、結果的にビジネスとしては成功だ」
「確かにそうだな。だが、そうじゃない所に出したら、どうなるかな?」
「何?」
「例えば、白帽子工房の代表であるガマルさんとかは、どう思うかな?」
「……どうとも思わないんじゃないか? この私は」
「もう独立寸前だからって? だけど、白帽子工房所属のスキャンダルだ。
無視は出来ないだろう」
「……そうだろうかね?」
「なぁ、ロジー。腹の探り合いは止そう。
こちらとしては、金を踏んだくれれば文句はないんだ。
え? お前も分かってるだろ。俺たちは非合法の便利屋。
金で解決できる問題なんだよ、ロジー」
「……」
「金貨三百枚。または新貨幣で二十万。即金でな」
「なっ! そんな金額っ!」
ゴールドローズが声を上げた時、さっとナイフが彼女の頬に当たる。
「なぁ、ロジー。慣れって怖いよな」
「っ」
「裏町の人間との接点も最初は少なかったがどんどん増えてさ。
お前、ちょっと俺たちのこと良い人とか、安心できるとか思ってただろ?」
「お前っ」
「人間は食われる側と食う側しかない。お前は食われる側だ」
「……三百枚は、今は、無理」
「半額は待ってやるよ。百五十枚、即持ってこい」
「……明日、までには」
「今日中だ。いや、この舞台が終わるまでだ」
「そんなのはっ」
「やれるだろ。なぁ。超人のゴールドローズさんよ」




