【10】三つのシナリオ【23】
◆ ◆ ◆
アピアには才能がある。
才能がある人間を、従えることがこの私が出来る才能への復讐だ。
だから、この私、ゴールドローズに一生従わせたい。
その為に、深い挫折と失敗を与えて、縛り続けたい。
依頼をした。これで劇は失敗する。
裏工作に怒りを覚えたとしても、アピアの名義で出した劇が失敗した事実は残る。
もうこれで、表に立つことは出来ない。
ゴーストライターを続けるしかない。または、舞台から消えるか。
いや、あの子は残ろうとする。だからゴーストライターを続ける。
これが、この私の絵図だ。
◆ ◆ ◆
「店長! 若いのが失敗したらしくっ!」
「なんだ。そうか。まぁ仕方ないな」
店長。そう呼ばれた四十過ぎの男は動じなかった。
裏町の裏通りの裏の便利屋。
裏ばっかりの世界であれ、どんな世界であれ、こういう突発的な作戦失敗はよく起こる。
「どうしましょう! このままじゃ、あのロジーに摘発されちゃうんじゃ」
「ははは。そうはならないと思うがな」
ロジーは利口な女だ。今、俺たちを警兵に売ったら自分も危ないとは分かるだろう。
とはいえ、まぁ、やりかねないか。
俺たちに依頼した事実をもみ消すように動くかもしれない。
仕方ないな。
ロジーは金もあって身分もいいというのは分かっていた。
だから、しゃぶり尽くすつもりで言うことを聞いていた。
仕方ない。俺たちの方にもリスクが増えたしな。
ロジー。いや、ゴールドローズを食い尽くすか。
妹弟子の舞台を潰そうとするゴールドローズ。
その『証拠』まで実は準備してある。
暴露して強請る。
一番簡単だが、これでは利潤が少ない。警兵に駆け込まれるリスクも消えない。
だから、警兵に駆け込んだとしても、逃げ場のない状態を作る。
つまり、そうだな。
「主人公役を演技出来ないようにする」
「え、ええっと。どうやって」
「そうだな。……飲み物に毒でも混ぜるのが望ましいが。
何でもいい。この際、暴力でもいい」
「い、いいんですか!?」
「ああ。全てゴールドローズの指示があったと塗り替える。ただ、絶対に殺すな。
命に別状がないようにやれ。業務妨害と殺人未遂じゃ罪の重さが違うからな」
店長はおもむろに立ち上がり、外着のコートと中折れ帽子を身につけて会話を続けた。
「俺は先にゴールドローズを呼び出しておく。
役者をどうにかしたら、合図をよこせ。
実際に俺たちに命令し、舞台を潰させたという事実をネタに強請る。
そうすりゃ、あいつは逃げ道がなくなるからな」
「了解です!」
逃げ道が無くなったゴールドローズは、必ず白帽子工房の工房長に泣きつく。
大手の演劇工房だ。資金力もデカい。
それの不祥事のもみ消しなら、大金が動く。安く見積もっても百……いや二百は固い。
ゴールドローズの作戦に乗ったふりをし、劇を潰す。そして、ローズごと潰す。
決まったな。これが、俺たちの謀略だな。
◆ ◆ ◆
ストーリーは頭に入ってる。
けどもセリフは覚えてない。
いや、覚えようともしていない。
練習してるハルルが傍にいるのに何故セリフを覚えようもしないかって? ははは。
「いざ! 剣の如き我が心! 雷に合わせて高鳴らせよう!!」
ああ、我が十年前の詩集のセリフ……。こういうことだ、くそっ!!
ハルルの持ってた俺の詩集から引用がちょいちょいあってマジで観てらんねぇよ!
ライヴェルグ役の、金色の獅子の仮面男が、剣を振りながら声高に続けていた。
「今! 散るが縁に咲くが花! 稲妻のように征くぞ!!」
もうやめてくれっ。
まだ、開幕三分地点くらい。魔物と戦ってるシーンでこれだ。
戯曲 勇者ライヴェルグとクオンガの歌姫。
勇者ライヴェルグが旅の途中で助けた美しい歌声を持つ歌姫。
惹かれ合う二人を切り裂くように、強大な力を持つ悪魔との政略結婚が決まる。
王も国中も嘆き、望まぬ婚礼に悲しむ中、勇者は恋した相手の為、立ち上がる。
悪魔を打倒し──麗しの姫と勇者は結ばれるというロマンスストーリー。
これが、この作品の物語だ。
……くそ。まだ続くぞ、精神攻撃が。
わざわざ観客席に座って観なきゃいいって? お前は被虐趣味かって?
違うが。普通な性癖だが。そうじゃなくて。
舞台の上に立つハルルが見えた。
目は合わない。
ただ、ひたすらに頑張っている。
……あいつの、舞台。ちゃんと見てえじゃんか。
内容はマジ嫌だけどな。
──そこから、なるべく劇に集中して観ていた。
内容が分かっていても、やはり楽しめるものだ。
まぁ、創作だ、玻璃の向こう側にある世界のことだ。
と、そうやって精神を落ち着かせて観れば、なるほど面白い。
役者の上手い下手は俺には分からないが、
それぞれが言葉に感情をこめて喋っているように見えるしな。
まぁ、唯一本職じゃないハルルがセリフを出す時だけ、緊張が伝わってくるかくらいか?
俺が気になりすぎか?
国民を守る為に、自ら進んで悪魔の元へ行くハルル姫、違う、リムズ姫。
そして、悲しみの王たちの元へライヴェルグが来る。
事情を聞き、悪魔の元へ行くと宣言。
だが、悪魔の森は深い霧の中。どうやって行けばいいのか。
それでも無謀に突進する勇者。
迅雷を発動して雷域索敵を使えー!
と応援したらダメか。創作だもんな創作。
ストーリーに夢中になって阿呆な応援をしたくなってしまった。
いや、面白く観れる物だな。
さて、ここからハルルの独壇場が少しある。
霧に閉ざされた森の奥から、ハルルの歌が響くという物だ。
ここからハルルの一人芝居と、見せ場である歌のシーンが続く。
悪魔との掛け合い。悪魔に対して姫の毅然とした決意を見せる。
その後、ライヴェルグが登場し、悪魔と対決の後、姫とハッピーエンドか。
大きな見せ場だ。ハルルが頑張──ん?
歌が始まる前。何か、舞台袖が慌ただしい。
というか、アピアが舞台の前を屈んで走り抜けた。
嫌な予感しかしない。
隣の客に気を遣いながら、すぐに袖へ向かう。




