【10】客の靴【21】
◆ ◆ ◆
「お前、顧客が死ねって言ったら死ぬのか?」
──ジンが起きるより、少し前。
クオンガの裏路地にある便利屋の店長が、部下にそう言い放った。
目元は笑わず口元だけ笑う、そんな顔で。
店長は、悪党だ。
語る程の名前はないが、語りつくせない程の前科があった。
年齢は四十過ぎ。皮ばった首筋が年齢を感じさせる。
「し、死なないですが」
「だよな。よかったよ。じゃあ、顧客が人殺せって言ったら?」
「額次第で」
「……ふぅ」
手に持った東方の扇子で風を扇ぎ、一息ついた。
「ち、違うんですかね」
「ああ。……非合法と違法は違う。言葉の重さが異なる」
『ある人物の監禁依頼』。
みすぼらしい女──の格好をしたロジーから、依頼を受けた。
そして、店長はそれを快諾。
今日が、決行日である。
店長は、椅子に深く腰を掛けてポケットに手を突っ込んだ。
「俺たちは非合法な便利屋だ。まぁ、金を積まれたら犯罪行為でもやるがね」
「そ、そうですよね! だから、今から監禁をっ」
「するかしないかを、決めるのも俺たちの仕事だ」
「え?」
「ロジーの依頼は、結果的に『とある公演』とやらが中止に出来ればいいそうだ」
店長は聞いた内容をそのまま部下に伝えた。
「……中止に。なるほど、だから役者を監禁」
「ああ。だけど中止にするだけなら監禁する必要もないだろ」
「え?」
「若いの数人で完成した舞台の大道具とかをぶっ壊せばいい。
出来たら、片っ端からだな。必ず代用の利かない物が一つや二つあるはずだ」
店長の言葉に、部下は、えっと、と声を出す。
「なんだ?」
「その。お客さんには監禁するって約束したんじゃ? それで報酬を……痛っ」
ぺしっと扇で部下の頭を叩いた。
「何でもやるが、何でも客の指示通りにやる必要はない」
「え、ええ?」
「拉致して結果出そうが、舞台壊して結果出そうが、どっちも同じ結果になる」
「そう、なんですか」
「そうだとも。というか、金貨四枚ぽっちじゃ逮捕者一名と釣り合わないだろ。
俺と、実行犯は掴まる。俺は二日くらい勾留で、実行犯は保釈金積むことになるだろうからな」
欠伸を噛み殺しながら、店長は腕を組んだ。
「じゃぁ、えっと。大道具を破壊する感じ、と伝えます」
「そうしてくれ。ロジーも結果、それで満足するだろ」
「了解です……店長?」
店長は椅子から落ちそうな程に深く椅子にもたれた。
「なぁ。ロジーが客になったのは何年くらい前だ?」
「えーっと、五年くらいですかね」
「お前、客のロジーの靴、ちゃんと見たことあるか?」
「え、ええ? 靴? そこまで見ないですよ」
「そうか。今後はよく見ておけ。客の靴は情報が詰まっている。
何を履いているかで金の有無から職業や年齢まで分かる。
犯罪者かどうかすら分かることもある」
店長は引き出しを開ける。
「そ、そうなんですか?」
「ああ。一番簡単な所で言うと、この国じゃ革靴は高価だ。金持ちしか履けない」
取り出したのは、一枚の写真。
「そろそろ安く使われるのも、相場違いだな。貴族によ」
「え?」
部下が困惑する。
「貴族か、金持ちか。ともかくボンボンは、『あの程度の変装』で、俺を騙せると思っていてよ」
欠伸を一つしながら、店長は写真を部下の方へ投げる。
「あれ。この人って、なんか最近有名な」
「ああ」
ゴールドローズ。彼女の写真だ。
「え、じゃあロジーって、ゴールドローズなんですか!」
「そうだとも。さて……お前ならどうする?
ここから、どうするのが一番、金に繋がるか、考えてみな」
◆ ◆ ◆
本番開始一時間前。至る所で活気づいているが、どこか真剣。
祭りの準備独特な雰囲気だ。
準備もつつがなく終え、舞台の上では役者たちが最後の練習をしている。
俺とアピアと一部裏方は、最終準備で音響道具の整備を行っていた。
二枚貝で出来た魔法具の蓄音貝。貝を開くと音が鳴る道具だ。
『いつかの』爺さんも持っていたあれだ。
中身の音に不備が無いかのチェックだ。効果音用のものは別に仕分けておく。
「しかし、最近の蓄音貝には、早回し機能や録音機能も付いてるんだな。凄いわ」
貝殻の中にボタンがあり、何個か機能があるようだ。
「ジンさん、それジョーク? 何年も前から実装されてるよ?」
「……マジか」
時代。いつの間にか変わってんだな……。
そういえば、ハルルはまだ工房の中のいつもの練習場所にいる。
というのも歌の練習だから、ここでやると迷惑だろうとの配慮だ。
朝のことがあるから、近くに居た方がいい、とも思った。
だが、今朝の怪しい男たちが箱売単位で集まってもハルルなら勝てるだろう。
そういえば、ハルル繋がりで思ったことがあった。
「実際、ハルルが歌を歌えなかったらどうするつもりだったんだ?」
何の気なしの雑談をアピアに傾けた。
「歌無しでやるつもりだったよ」
「え、流石に冗談だよな。だって今回の脚本、歌姫だろ?」
ライヴェルグとクオンガの歌姫、というタイトルなんだから。
「そもそも、歌える役者無しっていうのが想定だったから」
アピアはあっけらかんと笑った。
「そうなの?」
「うん。だってゴールドローズさんはこっちの脚本のこと知ってる。
だからこっちに貸す若手代役は全員歌が歌えないんじゃないかって、
最初から思ってたんだよね」
案の定、歌の心得のある役者は一人もいなかったよ、と笑い飛ばすアピア。
流石に、ジンも苦笑いした。
「そういう陰湿なことはしてくるのか」
「そうだね。そういう人だよ」
厄介な人間だな。
「まぁ、それはおいといて。
だから、歌姫の時は、役者の歌い出しと同時にこれを流すつもりだったんだ」
アピアはポケットから綺麗な桜色の貝殻を取り出した。
「それも蓄音貝か?」
「うん。そうだよ」
開くと。八八鍵盤の独奏が流れ出した。
あれ。このメロディ……。
「昔に王国で流行った曲らしいね。自分はこの曲好きでさ」
そうか。
少し懐かしい。夏の始まりだから二ヶ月も前か。
人生ってどこかで妙な繋がり方するんだな。
「良い曲だよな。これ」
絵画の爺さんが流してくれた曲だ。伴奏部分のさざ波の音は無かったが。
「なるほどな。役者が歌うそぶりをしたらこれを流す予定だったのか」
「そ! 敢えて歌が入ってない、ピアノの旋律で歌を想起させようと思ったんだ」
「いいアイデアだったな」
「うん。まぁ、ハルルが歌えるなら一番良かった。いい声だよ」
「……確かに、そうだな」
「て、照れるッス」
俺の後ろから声がした。
「ハルル。もう準備は──」
振り返って、息が止まった。
綺麗だ。
癖のある髪をどうにかストレートに直し、頭の上には純白のレース付きの半冠。
清楚で、品のある白いドレスには金色の刺繍があり、どこか調度品のような美しさがあった。
それにいつもと違う。化粧か。
いつもは化粧していないが、紅も差してるし、なんか、こう。ハリ艶が。
だめだ。分からん。ともかく、光ってるみたいで。
いつか見た、絵物語に出てくる姫のようで綺麗だ。
素直に思ってしまった。
「師匠?」
「あ。えっと」
「えへへ。歌姫参上ッス!」
「あ、ああ」
「? 変スか?」
「違う。いやまぁ……なんだ」
「?」
「……いい、んじゃないか」
「……えへへ。ほんとに、照れるッス」




