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【02】借金返済までだからな【07】

 


 昼前に勇者ギルドについた。

 昨日、ハルルが大樽を投げつけて大暴れをした。

 その為、少しだけ入り辛い。

 とはいえ、報酬を貰わないといけないし、何より色々壊した分の弁償もしなければならないだろう。


「大丈夫ッスよ! 何があっても、私がぶっ飛ばすッス!」


「そうじゃないんだが……」


 隣でファイティングポーズをとってやる気まんまんのハルルを横目に、ギルドの扉を開けた。

 中の酒場は相変わらずの活気だ──だが、視線を感じる。

 別に害意がある視線ではないな。

 こそこそと何か聞こえる。


「おい来たぞ」「昨日の狂犬だ」「狂犬……」


 狂犬……?

 いや、察しはつくが……。


「おい。お前」


 昨日の酒飲みの男が、俺たちの前に立ちふさがった。

 髪の毛がほぼ無い男だ。とはいえ歳は若そうだ。30代後半だろう。

 冒険者、もとい勇者らしい中々がっちりした体をしている。

 ハルルは、やるんスか!? やるんスか!? とシャドーボクシングを始めた。


「何か用?」

「ああ、用だ」


 男はポケットから……金貨を一枚取り出した。

 それを俺の前、机の上に置いた。

 おお、この金貨は……。

 ここから南西にある海の国の旧金貨だ。

 当時の王女の戴冠式の意匠。双頭のグリフォンと、獅子の紋章。

 収集家(コレクター)に売れば金貨一〇枚は下らない代物だ。


「麦酒を掛けたのは、やりすぎだった。悪かったな。……ただ、その、ライヴェルグについての方だが、やっぱりオレぁ」


「そっちは意見が人それぞれだし、何も思わないよ」


 ハルルは納得してなさそうだが、どうどう、といった具合に落ち着かせておく。


「ともかく、その、詫びだ。受け取ってくれ」

「ありがとな。十分すぎるよ」


 にっと笑って見せると、男は少し躊躇ってから、にっと笑い返した。


「そっちの、駆け出しも。まぁ、お前の好きなもん、色々言って悪かったな」


「ふんっ! それよりも師匠を踏んだり酒掛けたり、師匠が許したから今は手は出さないッスけど、ずっと根に持つッスからね!」


 お前なぁ……。


「はは、怖ぇ怖ぇ。狂犬がいるうちはオレも静かにしねぇとな」


 カラカラっと笑って、男は手をひらひら振ってギルドの外へ歩いて行った。

 何かクエストにでも行くのだろう。

 終始、静かだったギルドが安心したのか、日々の喧騒を取り戻した。


「よしっ、勝ったッス」

「お前ねぇ」

「というか、狂犬ってなんのことッスかね?」


 ハルルが首を傾げる。文脈で分かりそうだがなぁ。


「お前の通り名だろ。よかったな、いい銘が貰えて」


「え、ええっ! 嫌っスよ! 『狂犬のハルル』なんて!」


「おお、かっこいいじゃん」


 にやにや笑って言うと、ハルルは膨れた。


「あ! ハルルさん! それと、便利屋のジンさん!」

 受付嬢さんがハルルに手を振った。

 というか、俺も呼ばれたな。


 カウンターに近づくと、受付嬢さんが、ぷんぷんしてみせた。


「昨日、派手にやりましたねー。まぁ、勇者さんたちは荒っぽい人が多いですから、多少なら仕方ないですが、お二人とも自重してくださいね?」


 だめですよー、と柔らかい口調で注意された。

 俺は別にギルドの関係者じゃないのだが……。


「まぁ、もう仲直りされたみたいですからよかったです。が、ハルルさんが壊したギルド関係の備品破損はきっちり請求しますからね?」


「は、はいッス」

「では、今回の報酬の件、しっかりと、話しましょうか」


 ん。あれ。

 報酬の件を、しっかりと話す。

 報酬が載ったトレー。そして、隣に積まれた紙。

 破損品の請求。なるほど。

 ハルル……今日のことをよく覚えておけよ。これは、嫌な流れだぞ。



 ◆ ◆ ◆




 俺とハルルは、ギルドを後にした。


 いやぁ、めでたいことはあった。ハルルは今回の件で、九級に無条件昇格とのことだ。


 しかし、まぁ。


「うう……まさか、借金まみれになるとは思わなかったッス」


 報酬は、金貨一〇枚だった。

 そこから、医療費が抜かれ、残ったのが、金貨六枚、銀貨六枚。


 で、さらに、破損させたもの。

 ギルドの机一台、椅子二脚、ギルドの床。


 そして、酒樽……それも特大サイズだ。

 ああ、酒って、高いんだなぁ。


『それと清掃人件費を足して、金貨二〇枚です♪』


 致死量超過(オーバーキル)にも程があった。

 で、先ほど貰ったばかりのプレミア金貨も支払いに使った。


 本来の価値の半分以下の金貨三枚分となった。

 まぁ、国営勇者ギルドで、多少はプレミア価格反映なんて、温情もいいところなので、その辺は感謝しかない。

 後は、俺とハルルの持ち合わせを出し合い……。



 金貨十一枚、銀貨一枚が借金となった。



 まぁ、ちょっと豪華な借家のひと月あたりの家賃……くらいか?

 ああ、俺の便利屋での月収が良い時で、金貨十枚相当くらいだから、俺のひと月分の給料くらいか? いや、俺、低所得な方だが……。

 例えづらい……が、大金であるのは間違いないな。


 少なくともハルルが受けられるレベルのクエストでは、金貨が報酬なんてことは無い。

 よくても銀貨五枚くらいだ。


「まぁ、地道に返済していくしかないな。半分くらいは、俺も受け持つぞ」


 ほぼ、俺の為に闘ってくれたようなものだしな。やり方には問題ありだが……。


「うう、ありがとうございますッス……地竜の鱗がお金になったら返せるようにするッス」


 そういえば、鱗は依頼主がまだ来てない為、金に変換出来てない。

 そうだな。それが金になれば、多少は借金返済に充てられるだろう。



◆ ◆ ◆



 とりあえず、蓄えはほぼないが……まぁ、なんとかなるだろう。

 それより。


「お前、なんで、そんな自然に俺の家に入り込んでるんだ?」


「え、あー、えへへ!」


 俺のベッドの上に体育座りで、ハルルはいい笑顔で笑って見せる。

 ああ、完全に笑ってごまかしてる。


「今更だけど……お前、田舎から出てきたって言ってたけど。こっちに自分の家か宿、ねぇの?」


 椅子に腰かけて、ハルルを見た。

 ハルルは、頷いた。


「実は、無いッス」

「え、どうやって生活してんだ?」

「宿を借りてたッスよ! ……でも、もうお金なくなったッスけど」

「……」

「……ししょー」


「はぁ……借金返済までだからな」


「え!? ええ!!?」

 ハルルが目を丸くしてこっちを見た。


「んだよ。なんでそんなに驚いてるんだ」


「だ、だって、ししょーなら、『野宿も野営の練習の一環だ、出てけ出てけ』とか言いそうじゃないッスか!」


 ああ、言おうとはしたがな。


「どうせ。何でもするから置いてくれ、とか泣きつかれると思ってな。そういう徒労するくらいなら、間借りくらいさせてやるよ」


「……な、なんでもしなきゃ、ッスね」


「おい、リアルな感じで顔を赤らめるのやめろ。完全に事案じゃねぇか」


 溜息が出た。まったく、ハルルは……。

 不意にハルルは、びしっと手を上げる。


「あと! ついでに弟子にしてくださいッス!」

「お前、それまだ諦めてないのか。というか、ついでってなんだ」

「いやぁ、住み込みで学べるかなぁ、と」

「……あのなぁ」

「えへへ。……師匠、やっぱり、弟子って」

 そこまで口にしてから、ハルルは黙り込んだ。

 何か知っているのか、それとも、言葉が続かなかったのか。


「あ、そうだ、お茶淹れるッス!」

 立ち上がって台所の方へ行った。

 背中の方で食器をカチャカチャする音が聞こえる。

 ハルルの背中が少し寂しそうだった。

 ……横目で見てから、俺は、ハルルとは逆側の窓の外を見た。




「やっぱり、俺は弟子、取れないわ」




 そう、ッスか。と小声が聞こえた。

 それから、俺は、目をそらす。


「ただ、便利屋の従業員なら、一人くらい、欲しいかな」


 我ながら、なんて素直じゃないんだ、とは思った。

 でも、俺的にはそれが精いっぱいで。


「ししょーーー!!」


「ばっ、抱きつくなっ! 後、師匠じゃなくて、ジンさんと呼べっ!」

 そうして、自称弟子が、俺の家に住み着くことになった。

 なんとも五月蠅いが、残念ながら、その五月蠅さが、心地よくなってしまったようだった。


  

本日は、この後、おまけを追加で投稿させて頂きます。

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