【10】『練習』【19】
◆ ◆ ◆
また観たい。
死ぬほど観たい。
とにかく、居ても立ってもいられないくらい、面白い。
人生で初めて観た演劇をみて、当時五歳の自分は、そう思った。
親の仕事の兼ね合いで、立ち寄ったこのクオンガで、母に連れられて観た。
この後の展開はどうなるんだろう。
帰り道で親に死ぬほど聞いた。
翌日、こっそりと宿を抜け出して、野外演劇の場所に行ったんだ。
当然、舞台はもうやってないから、空っぽの舞台しかなくて。
恥ずかしくて死ねるけど、自分はわんわん泣いたらしい。
その時に、助けてくれたのは誰か分からないけど、男の人。白帽子工房の、誰か。
工房の男性に当時の自分がどんなふうに聞いたのか分からないけど、色々教えてくれた。
その作品は、新人の演劇作家たちの誰かだろう。ということ。
それから、自分が観た劇は、普通上演時間と違い、20分程度の短い作品だったということ。
何個も連続で上演されていたそうだ。
その中の何か一つを観たらしい。
だから五歳児でも最後まで見れたことに納得していたのをよく覚えている。
残念なことに、宿まで送ってくれた男性の顔を死ぬほど覚えていない。
親に死ぬほど説教されたことは覚えてるけどね。
それと……その人の所属の工房が、白帽子工房だっていうこと。
それと、おんぶされてる時に、言われた言葉。
続きは自分で考えるしかないね。
その言葉を死ぬほど馬鹿正直に胸に刻んだ。
◆ ◆ ◆
「それが、きっかけなんスね!」
「まぁ、そうなるかな……って、いうか、自分の昔話って恥ずかしくて死ねるんだけど」
舞台袖の階段で、ハルルとアピアは二人で並んで座り休憩をしている。
「いやぁ、でもどうして演劇家になろうと思ったのか、気になるじゃないッスか~」
演劇家。アピアの職業である。
戯曲家、劇作家、演出家など、本来は多く区分がある。
しかし、この国では舞台に関わる仕事の総括して演劇家と呼ぶ。
「まぁ、主役役者様の好奇心が満たされたのならよかったよ」
アピアが照れて猫みたいにプイっとそっぽを向いた。
「……あ」
──うちの師匠と似てるッスね、照れ隠しの仕方。
「ん? どうしたの? なんかニヤついて」
「え、あ! いや、なんでもないッス!」
「逆に、ハルルはどうして勇者になったの?」
「え?」
「自分もハルルも勇者狂愛じゃん? だから、そういう理由?」
「えへへ。それは勿論、私は」
突然、ハルルの言葉が詰まった。
ハルル自身も、目を丸くして。
「?」
「……?」
「私は何?」
「え。あれ。……あれ」
ハルルは取り繕って笑って見せた。
「ハルル?」
「えっと。その、理由が何個もある感じッスね」
ハルルは指を組んだ。
「何個もあるの?」
「多分、そうッスね。未踏の大陸を踏破したいとか、
世界平和を成し遂げたいとか……大切な人を守りたい、とか」
ハルルはにっこりと笑う。
「そうなんだ?」
「そッス! まぁ、当面は借金返済が目標ッスけどね!」
「ハルルさん! ちょっと動き合わせて貰ってもいいですか?」
舞台上から、金色の獅子の仮面をつけた役者が呼んでいた。
「はーい、今行くッス!」
「頑張ってね、ハルル」
「はいッス!」
階段を駆け上がったハルルの背を見送り、アピアは一人、空を見上げた。
「……言いたくなかったのかな」
アピアは一人呟いた。
言葉が詰まったように会話が止まったハルルを思い出す。
そして、その後上げられた理由の三つ。
アピアは、少しだけため息を吐いた。
演劇は嘘を売る仕事だと、ゴールドローズ姉様は言っていた。
だから、演劇家は嘘を見破ることが得意……いやそこまでじゃないか。語弊がある。
アピアは頭の中で言葉を並べ直す。
自然か不自然か、それを客観的に見ることが出来る。だろう。
だから。
あの言葉を紡いでいる時だけ、ハルルは新人の役者みたいだった。
頭に入った台本を言葉として羅列する。
棒読みではないが、そこに自分の感情が乗っていない。
それは、ただ喋っているだけ。
「死ねる……ハルルに気を遣わせたみたいだ」
少しの後悔が胸の中に蠢く。
ハルルの勇者になりたかった理由は、人には言えないだけだろう。
雑念を振り払うように、アピアは立ち上がり顔を振った。
◆ ◆ ◆
「お。おお、うる、うるわ、麗しの姫よ、この恋と出会いに」
「師匠、ダメダメじゃないッスか」
「うるさいっ! お前がどうしても練習に付き合ってくれっていうからっ!」
可能であればこんな公式黒歴史ブックは破って燃やしてじゃんけんぽんにして捨て去りたいくらいだっ。
「最後の所だけやりたいんス。もうちょっと頑張ってッス!」
「っ、ああ、仕方ねえな」
クライマックスの部分を指でなぞる。
ええっと。何。
「……俺、本当にこれ言った?」
「いいえ、言ってないッスね。ハルル超記憶頭脳にはないッス!」
「……よかったよ。こんな恥ずかしいセリフ言ってたら、
危うく王立大図書館に殲滅級魔法叩き込んで、俺の日報を欠片も残らず燃やす所だった」
『この世界の誰よりも、愛しく輝く姫君よ。
今こそどうか、永遠の愛を誓いあい、手を取り合って、共に生きようではないか』
……なっげぇ。
「でも解釈どおりッス」
解釈どおりなの?
「ライヴェルグ様なら言うッス」
言うの、俺、言うの???
「ささ、師匠。どうぞどうぞ、セリフを読み上げください」
「……」
「ささ!」
「こ、この……世界の誰よりも」
ハルルの顔を見る。
小動物みたいだ。白い髪も跳ねて、サラサラなのに、もふもふっとしていて。
「い、いと、愛しく輝く姫君よ」
目の色も、優しいから。ずっと見ていられて。
「今こそどうか、……永遠の」
それで。
「愛を誓いあい……手を取って。ちが、取り合って、共に……」
生きようではないか。
と、ぼそぼそと言う。
少し潤んだ目のハルルは、頷いた。
よかった。と安堵した。
……じゃなく、そう、そういう──演技だ。どっちもね、二人ともね。
ハルルは、満面の笑みだ。少し、緩んだ口元がふやけたようで。
凄く喜んだような、甘い顔に、俺は息を呑んだ。
あ、いかん、いかん。これは、演技か。表情芝居、か。
そして、次は姫のセリフだな。
えっと。ページを捲ると。
あれ。
「このセリフの後のシーン、姫のセリフ無いぞ?」
「……」
「あれ。お前、ここ、練習する必要なくないか?」
「いえいえ。必要ありまくりッス!」
「そうなの?」
「ええ、そうッスよ! ……さて、明日は早いんで、寝るとしますッス!」
「あ、ああ。分かった。明日何時に起こす?」
「七時で!」
「起きれんの? なぁ、ちゃんと起きろよ? マジで起きろよ?」
「全力で起こしてくださいッス」
不安だな。ハルル、中々布団から出ないからな。
「じゃぁ、師匠。おやすみなさいッス」
「ああ。おやすみ」
部屋から出る時、ふと、ハルルが立ち止まった。
振り返ったハルルは、微笑んでいた。にかっと微笑んでいた。
「最後のシーンが一番緊張する、一番大切な瞬間でした。
告白なんて、その、されたことないッスからね。えへへ。
だから、『練習』に付き合ってくれて、ありがとうございます。
心の準備が、その、出来たような、えへへ。では、おやすみなさいッス」
扉が閉まる。
練習。
……。
えっと。ハルルは。
まさか。
俺からの告白の心の準備、とか、ないよね?
明日、ライヴェルグ役から言われる時に緊張しない為だよな。な!
あはは。まさか。なぁ。
……ハルルの性格から逆算すると、俺からの告白の心の準備、可能性ある。
え、だとしたら、何。
ハルルは、告白待ってます……的な。
え、ええ。いや、待て、そう思い上がるな。二六歳童貞。
そういうのから事案に繋がるんだ。
年の差も考慮して……もうちょっと。
──『……ジン。ハルルを好きなら、告白した方がいいと思うぞ』
ふと、ナズクルの言葉を思い出す。
そうだな。
──『死んだ奴に気持ちを伝えることは出来ないからな』
「……言わなきゃ、だよな」
色々な、気持ちを。
伝えない限りは、伝わらない。




