【10】練習風景【17】
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戯曲 勇者ライヴェルグとクオンガの歌姫。
世界を旅する勇者ライヴェルグと、美しい歌声を持つ姫のラブロマンスストーリー。
魔物に襲われていた姫を勇者は助け、勇者に恋をした麗しの姫。
しかし彼女は、国を守る為に悪魔と政略結婚しなければならなかった。
望まぬ婚礼に国中が悲しむが、悪魔の力の前には成す術はない。
そんな黒い婚礼に対し、勇者は声高に異議を唱える。
そして、悪魔を打倒し──麗しの姫と勇者は結ばれる。
──というのが、ハルルが演じる劇のあらすじである。
まぁ……実際の勇者は別に姫と結ばれたりしなかったんですけどね……。
英雄譚劇というものは、史実と創作を織り交ぜて作るらしい。
史実通りの物は歴史劇や正史演劇と呼ばれるそうだ。まぁその辺の詳細は知らない。
「ま、まさか憧れの大賢者ルキ様に、劇を観て頂けるなんて。嬉しすぎて死ねますっ」
アピアが鼻息荒く、騎士のように片膝ついてルキに頭を下げていた。
「憧れだなんて、嬉しいよ」
ルキが微笑んでアピアと握手していた。
前も同じような場面見たが、本当に有名人対応すげぇわ。
今、俺たちは白帽子工房の練習舞台に来ている。
工房の裏側にある建物の中の部屋の一つにいる。
昔見たバレエの練習部屋のように四角く広い部屋だ。結構広い。
「ではまだ練習中の舞台ですが、用意が出来たら上演しますのでっ」
「うん。大丈夫。その間に脚本を読ませてもらうので」
ルキが笑顔で言うと、アピアは顔を上気させてすぐに仮設舞台の方へ走って行った。
アピアのこの劇は合計十名程度の少人数で行われるようだ。
姫、勇者、悪魔、王と端役たち。
少人数だからこそだが、端役の役者さんたちは出番じゃない時は照明や音響なども熟すことになるらしく、中々大変そうだ。
「練習風景、見せて貰えるなんて貴重な経験なのだっ」
ポムが楽しそうに笑う。
意外とポムは演劇を好きみたいだな。
「すげーのだ! あの機材、ワイヤーで釣り上げて後ろの背景を動かしてるのだっ!
それにあの床、動くのだっ! 機材カッコいいのだ!」
違ったわ、機材系に興味津々なだけか。
その隣でルキが脚本を読み終えた。
「面白いね。ジンも読んだのかい?」
「ああ。読んだよ。色々複雑だが、内容は面白かった」
複雑というか、単純に恥ずかしかっただけだが。
「しかし、こんな戦いあったかな? ちょっと思い出せないけど」
「あれだ。ルキ。まぁ大分改変されているが、たぶん」
「黒い都の聖女奪還戦ッスね!」
である。
舞台の上にいなくていいのか、主役級さん。
ハルルはいつの間にかひょっこりこっちに来ていた。
聖女奪還戦。まぁ、俺は記憶に残ってるよ。黒歴史としてな……。
「ほんとにハルルは勇者のことなら何でも知ってるのだ!」
「えへへ、勉強してるんで~」
「黒い都……? そんな場所あったかい?」
「黒い都は戦後に言われてるだけッスね。確か地名は……現南地区にある聖堂の町ッス!
聖女様が魔族のなんちゃらに拉致られて結婚をさせられそうになっちゃうんス!
それを、ライヴェルグ様がどがーんと倒すんスよ!」
息荒くハルルが語った。
「ああ。そんなこともあったね。あれ。でも、ライヴェルグは確か」
「聖女の彼氏の為に、戦った話、だったな」
「なるほど。それの改変だね。確かに、ロマンチックにするなら、
相手と主人公が恋愛するのが一番いいものね」
「ちなみに、史実でのその時の名言も多いッスよ~!
『人の気持ちだけは、捻じ曲げちゃならないんだぜ』とか!」
い、いいこと、言ってる、し。言ってるよな!?
「ハルルー! 舞台の上に戻ってー!」
「はいーッス!」
アピアの声にハルルが返事をした。
「じゃ、ちょっとやって来るッス!」
少し緊張したような面持ちでハルルが言う。
ルキがにっこり笑う。
と、ハルルが俺を見た。
「その。ちょっと恥ずかしいッスけど……がんばるんで、見ててください」
照れたような顔のハルルに、俺は少しだけ笑いかけてみた。
「……ああ。見てるよ」
「えへへ。がんばるッス!」
◆ ◆ ◆
優しい子守歌のように、ハルルは歌う。
一音一音を大切にする。
言葉一つ一つの意味を理解しながら、繊細な彫刻を指でなぞるような丁寧さで。
ハルルの声は、遠くまでよく通る。
透き通っている。それに、力強くも感じる。
え。待っ。何。あいつ。
歌、上手くね?
ちょっと驚いてルキの方を見ると、同じ感想だったらしい。
いつもと違うハルルに驚いて、ポムは口を開けっ放しだった。
そういえば、あいつ時々鼻歌とか歌ってたけど、やけに音程合ってたもんな。
そんなハルルの歌から始まり、勇者と出会う。
ハルルのセリフは、棒読みに近いが……セリフは少なめのようだ。
主に歌要員だな。
今は皆台本を持ちながら演技をしている。
セリフを覚えつつ合わせているようだ。
それでも通して最後まで出来るのだから、やはり大したものだ。
そして、最後。
悪魔を打倒し、姫の前で勇者は膝を付く。
凄まじくキザったらしい言葉を並べ、告白。
姫はその告白に頷き──手を差し伸べる。
二人は手を取り合い、ハッピーエンド。と。
……。
うむ。
部屋が明るくなった。最後まで見終えたようだ。
「面白いよ!」
「なのだ!」
ルキとポムが同時に拍手する。舞台上の演者さんたちも拍手したり、頭を下げたりしている。
「ジン。どうしたんだい?」
ルキが訊ねる。
あ。俺も慌てて拍手した。
「ん。ああ、いや別に」
「顔、暗いのだ? お腹いてーのだ?」
「あっ。いや、違う。そうじゃない。気にしないでくれ」
その言葉に、ルキがにやっと笑った。
「ジン。これは演劇だから、ハルルは取られてないよ」
「なっ! ち、違う! そんなことをっ!」
考えてなく──は、ないけども。
けども。そうじゃないんだ。
アピアが何か舞台の上で言う。
演者さんたちが集まって脚本を持ちより何かしている。
反省会? いや一部演出変更とかだろうか。
ハルルもあの中に混ざって色々とメモをしている。
少し。……いや。
ルキが、ふむ、と声を出し、車椅子に肘をついた。
「瓶にでも詰めて部屋に飾っておきたいのかい」
「……ばかやろう。そんなふうに思ったんじゃねぇよ」
「ふふ」
「なんだよ」
「妬くのは、人間らしい心だよ。妬けなくなったら、恋は終わりなのさ」
「……流石、賢者様の言葉は違うな」
「いいや、今のは賢者じゃないよ。……愚かな一人の女の言葉だよ。だから──」
「え?」
聞き取れないように小さく呟かれた言葉を、俺は聞き返した。
「さて、練習の邪魔になるのもあれだ。挨拶したらお暇しようじゃないか」
「そう、だな。わかった」
答えて振り返る。ん? あれ。
今、窓から誰か覗いていた?
俺が振り返ったからか、すぐに逃げたようだ。
誰だ。さっきの。女、だったよな?




