【10】相乗効果の話【16】
◆ ◆ ◆
相乗効果。
それは、二つ以上の物の組み合わせによって、それらの力以上のものを生み出す効果だ。
今まで、多くの相乗効果を見てきた。
例えば。
雷系の魔法の魔力消費を大幅に軽減させる効果も持つ【迅雷】。
それに、所有者の術技をコピーする【聖剣テンプス=フギト】。
二つの相乗効果で、雷魔法の魔力消費量を大幅に軽減し、雷魔法を乱発したり。
ルキの水系魔法とサクヤの氷結系魔法を組み合わせ、大魔法レベルの破壊力のある魔法を生み出したり。
空腹とようやくありついた料理の相乗効果で、世界最高の美味しい料理と思ったりするなど。
様々な相乗効果を見てきたが──。
驚きによって、俺は頭を抱えた。こんな。こんなことが。
「起こるのか。チョコレートと、アプリコット?
まさかこれほどまでに相乗効果を発揮する、のか……っ」
ザックトルテ。
クオンガにいるザックー・フランツという料理人様が考えたというケーキの美味しさ。
舌鼓どころじゃない感動を覚えていた。
クオンガおそるべし。
まさかデザートすら、芸術的とは。
外側には光沢のある濃厚なチョコレート。
その上にチョコが混ざった生クリーム。僅かに金箔を振りかけ、見た目にも鮮やかに見える。
フォークで切れば、中にあるシフォンも濃いチョコレート色。
最初は、ただのチョコレートケーキかよ、って思った。
口の中に入れて、驚いた。
優しい柑橘系の味。アプリコットの芳醇な香りが、チョコの味を引き立てている。
この酸味があるから、この甘味が生きる。なるほど。これが、相乗効果だ。
『迅雷』+『聖剣』の相乗効果なんて、このザックトルテの相乗効果に比べたら……子供の遊びみたいなものだった。
「芸術的だ」
思わず口にした。
「キミ、大袈裟だよ! まぁ、気持ちは分かるけどね」
ルキもテンションが少し高いように見える。
まぁこんなに美味しい物、テンション上がらない方が変だろう。
ポムなんて、ほら。
「ほっ! ほっっ! ほっ!」
無心で獣の如く貪っている。
ほっ! って空気を吐いている音だろうな。たぶん。
「しかし、本当にルキは色々知ってるな。こんな美味しいケーキまで知ってるなんて」
どこでこういう知識を付けるんだろうな。
「ん? ふふふ。それはまぁ、賢者のみぞ知るってね」
「さよーですか」
少し笑ってからもう一口ザックトルテを食べる。
口の中いっぱいに広がるチョコとアプリコット。
チョコと果物を混ぜるって、どうしてそういう発想が生まれたんだろう。凄すぎ。
ハルルが食べたら、どんなことを言うだろうか。
あいつも絶対に気に入る。
きっと、『ホールで食べたいッス!』とかいうだろうな。
それか、『おかわりいいッスか!?』とかか?
どの反応したって、あいつは絶対に笑ってる。
そうだ。きっと──いつも通り楽しそうな笑顔で。
「ジン、ニヤニヤしてるのだー!」
「どうせハルルが居たらもっと美味しいとか、あーんしてもらえるとかって思ったんだろうよ」
「なっ。んなこと考えてないってのっ」
慌ててアイスコーヒーを飲む。
コーヒーまで美味しい気がする。
「実際、ハルルとはどういう関係になったのだ?」
ポムの言葉に噎せ返る。
「確かに。どういう関係になったんだい?」
ルキは肘をついて興味深そうにこちらを見ていた。
「ど、どういうってな。俺は、別に何も」
「何もっていうことはないんじゃないかい?」
うっ。鋭いな。
「のだのだ~」
「この際だ。しっかりとした恋バナをしようじゃないか」
「どの際だ!」
「それに、いつもは二人暮らしだろう? 若い男女が一つ屋根の下で共同生活。これはもう」
にたにたっと笑う。辞めてください、マジで。
「何も起こらないっての。従業員と雇用主、っていう関係性だから。
俺、ちゃんと、線引きしてる、し」
「そうなのかい? そういう惚気話を聞けると楽しみにしていたが」
「あのなぁ……」
「実際、手とか繋いだりはしてないのかい?」
「そういうことは──」
夕方の海と、あの星空を思い出した。
ハルルの手の感触。
細くて、肌とか柔らかくて、男の指とは全然違う。
なめらかで、ずっと握っていたいって思えた。
永遠に、ずっと、ずっと。握っていたいって。
「ジン。ニヤニヤが凄いよ?」
「っ! と、ともかく、何もしていない」
「へぇ。そうなのかい。ハルルから聞いた話とは違うなぁ」
「はぁ!? なっ! あいつ、言いふらし──!」
ルキの口元がニヤリと歪む。
しまった。術中にハマった!
「ほう。何を言いふらしたんだろうねぇ。ジン?」
これは、ルキが使う術技の中で、最も古典的な『それとない誘導』だっ!
「っ……それは。その」
「まぁ、自然なことだろうけどねぇ。ハルルは可愛いだろう?」
「あのな。一緒に生活してるから、そんなことは思わないもんだっての」
「そうなのかい?」
「ああ」
「えーっ。ハルル、物凄い可愛いと思うのだー」
「そうだねぇ。それに、可愛いって思われてないとしたら、可哀想だねぇ?」
「か、可哀想ってなぁ」
「ハルルのこと、可愛いと思う瞬間はないの?」
「な。……無い、んじゃねぇの。知らないけどさ」
俺の言葉に、ルキとポムがむっと目を合わせて腕を組んだ。
そして、なんだかため息みたいなものを二人は吐いた。
「ふぅん。でもそうだね。言われてみれば……確かにハルルは普通っぽい子だもんねぇ。
よくよく顔を思い出せば、確かに、そんな可愛くはないよね?」
「確かにそうなのだ~。メーダの方が男子受けしそうな顔だし、ラブトルの方がエロイ体してたのだ~」
「目もどんぐりみたいに妙に大きいなぁ」
「そうなのだ~。顔、整ってる方と言っていいのだろうかなのだ~」
……。
「いや。……アイツは、まぁ顔も整ってる方だと思うけどな」
ルキといえど。ポムといえど。なんだか腹が立ち言い返してしまった。
「へぇ。そうかなぁ?」
「そうだよ」
「例えば、どういう顔が一番可愛いのだ?」
「笑った顔だ」
「おお、即答なのだ!」
「ああ。即答だ。ハルルの笑顔は可愛い。
えへへっていう照れた笑い方とか、優しい笑顔とか。
花が咲いたみたいな、零れそうな満面の笑顔とかな。
他にも寝てる時の笑顔も可愛いんだ。もにゃもにゃ言って──」
ルキとポムがニヤニヤと笑っている。
視線の先は、俺の後ろだ。
……おい。まさか、な。
ゆっくりと、俺は振り返る。
銀白の柔らかい髪。緑色の鮮やかな目を潤ませて。
嬉しいのか恥ずかしいのか分からない表情で、顔を真っ赤にしたハルルが居た。
「も、もにゃもにゃ言ってる、もにゃ星人の、話……だった、ことには」
「ならないんじゃないかい?
ああ、ちなみにさっきの『ハルルが普通っぽい』とか『可愛くない』は
ジンを怒らせるための嘘だからね。ボクはハルルの顔、凄く可愛いと思ってるよ♪」
「ポムもなのだ~。ハルルが来るのが見えたので、お師匠様に乗っかったのだ♪」
「しかし、あんな分かりやすい挑発に乗る程、ハルルの可愛さに自信あるとは。
え? 何だいジン。え? どうしてだい?」
っう。何も言えぬ感情が体を走る。
「……えーっと。ま、あ、あれだ。ハルル……座ったら?」
「は。はいッス……え、えへへ。こ、こんな感じで、笑うの、ごごご所望ッスかね」
顔真っ赤で無理矢理に笑おうとして見せたハルルに、俺はとりあえず顔を隠した。
「これも、ジンの言ってた相乗効果なのだ」
「確かにね。ハルルとジンの相乗効果で、一人以上のいじり甲斐が出るね」
「あのなっ!」
「ひ、酷いッスよぉ」
「ふふ。ごめんごめん。いじりすぎたねぇ」
「そうなのだ~! 許してなのだ♪ ほら、ハルルの分のザックトルテももう来たのだ!」
「おおっ! 美味しそうッス!!」
まったく。酷い目にあった。
ふとルキを見やる。
「──まぁ、二人が幸せそうで何よりだねぇ」
ルキは少し含みがある笑顔を浮かべて、紅茶をくいっと飲み干した。




