【10】才能とは、凶器だ。【15】
◆ ◆ ◆
才能とは、凶器だ。
『それ』は、磨き上げれば鋭く尖る。
振り翳せば、『それ』の大きさや強さを見て誰もが身構える。
未来や新境地を切り拓く『道具』としても扱える。
その時に、『道具』の鋭さを忘れて誤って使えば、誰であっても傷つける。
傷つけるだけに留まらないこともある。時には人を殺すことだって出来る。
この私は、何度も『それ』で突き刺されてきた。『それ』のせいで幾度も気が狂った。
背に高低があるように、才能にも高低がある。
『私には、高い才能がある。』
高飛車だった。
顔が圧倒的にこの私の方が綺麗だったから、散々イジメられた。
作品を隠され、頭から泥水を掛けられ、ステッキでしごかれる毎日。
『力のある人間には従え』。そう、『天才姉弟子』が言っていた。
──目を瞑ってあの時のことを思い返す。
──『地面に顔を擦り付けて、お願いしますと、甘えるような声を出す、その姿』。
「ゴールドローズさん! ど、どうでしたか!」
過去の追想から、彼女の声で現実に引き戻る。
今、この私、ゴールドローズは、若手代役たちの劇を見ている。
まぁ、代役だけあって華が足りない。
しかし、大丈夫。いいチームに仕上げて見せる。
──この私が最初に勉強したのは『人心の掌握』だ。
大原則として、相手の顔と名前は絶対に一致させる。
性格や好みを覚えておく。
基本的に、人は褒められるのが好きだ。
対面したら、その日中に必ず相手を一度以上褒める。
だから、この役者のことも、しっかり頭に入っている。
リゼリア・カーゴターム。二十二歳。
白帽子の抱える俳優団の一人。歴は四年。工房編入組。
過去に演じた役の主役級は無し。
だからこそ、今回のチャンスを逃さないようにする為、大声を張ってアピールしている。
周りの声と合わせられていない。大声を出す度胸は良し。
モチベも高い。なら、言い方としては。
「リゼリア。今の演技、良い感じだったわ!
ただ一個だけ! もう少しだけ声を抑えた感じにして欲しいわ。お願い出来るかしら?」
「はい! ゴールドローズさん!」
モチベを落とし過ぎない。
お願い形式で頼めば、大抵の人間は要望に応えようと頑張るものだ。
セバス・グリッドランド。十八歳。
出演中のローランドと同郷だ。
先日二人は食事に行ったそうだ。
その時に、ローランドに対して、いつか必ず追い抜いて俳優界の頂点を取ると宣言したと聞く。
その上で後輩たちと食事した時には、多くのアドバイスを語ることで有名とのこと。
アドバイスを言う。それはつまり、相手より優位に立ちたいという意志の表れ。
頂点を取る宣言なども、競争心の表れだ。
つまりセバスは、自尊心が高く『負けず嫌い』。
それなら。
「セバスは声の張り方がダメよ。だけど腕の動きは抜群。
もっとみんなに見せてあげたいわ! セバスの体の動きは皆に見習ってほしい!」
「あ、ありがとうございます。ゴールドローズさん」
落としてから上げる。それでいて、皆の注目も少し与える。
セバス自身も満更でない顔をする。この手のタイプは褒めればなんとかなるものだ。
「ゴールドローズさんはこんな下っ端もよくしてくれる」
「俺たちの名前全員覚えてるんだって」
「指導も的確ですごいのっ!」
そりゃよくするよ。それがこの私の努力の成果なのだから。
「ここにいる皆は全員、『クィホロ』の控え。つまり若手代役よね。
この私はね、国立劇場の『クィホロ』に負けない舞台になると期待しているの」
若手たちはどっと沸く。
若手代役は、勉強期間の若者。
若い才能だ。
この中に、稀有な才能を持った者もいるのだろう。
だが、まだ陽の光が差し込んでいない。
だからこそ、期待されたことが嬉しくてたまらないのだ。
後は、結束力を高める。
分かりやすく、旗印を用意してきましたよ。
「これ、皆分あるわ。帽子よ! まだ日差しも強いし、これを被って頑張りましょう!」
白い狩猟用飾帽。金の薔薇の刺繍が施されており派手な帽子だ。
派手過ぎる。だが、それでいい。それじゃないと意味がない。
目立つことによって、周囲から一つの集団と認識される。
そうすることで強い仲間意識が生まれると、私は私見を得ていた。
着想は、他国の学生服、兵士たちの衛服や、誓いの指輪などから。
だから、率先して持たせていく。特に今回のように短い期間に結束させなければならないなら、なおのことだ。
彼らは一様に喜んで身につける。
「では、今日の練習はここまで! 明日も今日と同じ時間です。よろしくね!」
「「「「はい!!」」」」
◇ ◇ ◇
彼らが、笑顔で舞台から去った後、この私は音の無い野外演劇の舞台に立っていた。
彼らを思い出す。
若手代役の彼ら。
皆、役者としての才能があるんだろう。
若く、才能にも溢れたあの役者たち。
夏の風のように若い才能を爽やかに輝かせる。
そう。
大嫌いだ。
この私は──才能のある人を使う。それは、彼らの為じゃない。
使い潰す為だ。
この私、ゴールドローズには、才能の欠片も無い。
厳密に言う。自分の才能の点数は、きっと70点だ。
十分高い。そう思っていた。
だが──天才は、1000点を出す。
気付かされた。
凶器を持った人間と、まともになんかとても戦えないということを。
勝てない。絶対に、勝つことは出来ない。
だから、気付いたのだ。
大嫌いな才能のある奴らとは『まともに戦わない』。
どんな手を使ってでも、相手に『勝たせない』。
絡め捕り、縛り付け、身動きを取れ無くする。
そして、才能のある人間を、自分の意のままに操るのだ。
それは──数年以上前。
『私には、高い才能がある。』
そう自称していた気に食わない天才姉弟子がいた。
それの公演前日、姉弟子が抱えていたメイン俳優を、金で買収した。
意外と簡単に落ちた。前々から情報を集めていたから。
案の定、姉弟子はパニックになった。当然だ。
ほんの十二時間後にはもう幕が開いているのに、その中心人物がいないんじゃ、話にならないから。
だから、代役を出せる、と伝えた。
すぐにでも欲しいと言われたので、伝えた。
人にものを頼む時は、どうすればいいんですか? って。
この私は言い放った。『力のある人間には従え』。
天才の姉弟子は泣きながらに懇願した。
地面に顔を擦り付けて、まるで神に祈る様に只管に懇願された。
もちろん、助けなかった。
公演は大失敗。工房にも借金を負わせた『天才の姉弟子』は、その後すぐに工房を去った。
快感だった。
正義を執行した気分だった。
そして。長弟子の席が一つ空いた時、この私は気づいた。
自分より才能のある人間を一人ずつ潰していけば、自分が一番上にいられるんだ。




