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【10】謙虚すぎても仕方ないねん【13】

 


 その後、読み合わせの定例会は若干名を見てすぐに終わった。

 長弟子たちの勉強会は別室で行われるらしく、皆移動した。

 この部屋にはアピアとガマル師匠と、ホソデという長弟子の三人だけになった。


「で。ガマル先生。勉強会には出ませんので?」

 か細い声で喋る、病的に細いホソデ。

「作品は今の若いのが頑張った方が良い物になるのねん」

 遠回しに出ないと言って、うんうんと頷くガマル師匠に、男性の長弟子はため息を吐いた。


「で。そこの子、名前は?」

 長弟子が訊ねると、アピアはすぐに座を正し、頭を下げる。


「お、お久しぶりです。ガマル師匠。

ゴールドローズ姉様の(すえ)の弟子、アピア・フェムといいます」

 アピアは緊張した声で言う。


「久しぶりねん」

「アピアか。聞かない名前だな。ああ、そうだ、名乗ってなかったかな」


「ホソデさんですよね。師匠補佐の」

「うむ。ローズの所の(すえ)とは思えない程しっかりしているな」

「そうねん。君はローズと一緒にいてちょくちょく見てたけど……。

こうやって話すのは工房入った時以来かもしれないねん」

「弟子の末席を汚させて頂いてます……。実力も無く無名でして。

ちゃんとガマル師匠の弟子を名乗れる程の弟子ではありませんが……」

 アピアはまっすぐにガマル師匠を見つめて、背筋を伸ばす。


「君。謙虚すぎても仕方ないねん。もっと気楽にしていいねん。

まぁ、ローズみたいに行き過ぎないで欲しいけどねん!」

 ガマル師匠は大声を張って笑って見せた。


「は、はいっ」

 それでも固くなってしまうアピアをよそ目に、か細い男性、ホソデが咳払いをした。


「で。君も海浜公園野外演劇に出すので?」


「はい。ゴールドローズ姉様より、出るようにと」

「聞いたよ。で。演目はゴールドローズと同じ『クィホロ』で?」


 ゴールドローズは今も国立劇場で行われている演劇『クィーニとホロスの恋』を演劇祭でやる予定だ。

 控えにいる『若手代役(アンダースタディ)』は、全員がほとんどの脚本を頭に入れている。

 控えの若手たちにとっては日の目を浴びるチャンスが回ってきたとも言えるし、良い物になるのは間違いないだろう。

 練習期間も大幅に削減できる。一週間はとても現実的だ。


「いえ。別ので、行おうと思ってます」

「新作?」

 ホソデが目を丸くした。


「はい」

「不可能だ」

 ホソデが断言する。

 ガマル師匠はうんうんと頷いてはいたが、どっちともとれぬ顔を下げていた。


「えっと。その……一応、考えがあって」

「なんだねん?」

「この、戯曲を……やろうと思うのですが」

 アピアは鞄から糸で縛った脚本を取り出す。

 『戯曲 ライヴェルグとクオンガの歌姫』という題名の書かれた脚本。


「どれどれねん」

「厚みだけで十分に分かるが……二時間程度の作品だね?」

 ホソデが目を細めて言うと、アピアが頷く。

 その横でガマル師匠が目をかっと見開き、術技(スキル)と思われる技術で一瞬にして脚本を読み終えた。


「早巻と()抜きでおよそ一時間半だねん」

「はい。師匠と兄様の仰る通りです。ので……三十分に短縮しようかと」

 アピアの言葉にガマル師匠とホソデの二人が目を合わせた。


「短縮……出来るので?」

「できます。ライヴェルグという人物は有名人ですので。

最初の方の説明と出会い等の部分を全て大幅に飛ばして、登場人物も最小限に変更。

歴史上の人物の英雄譚に恋愛を足す、という本作の狙いそのものを変更し、

恋愛の所のみに着眼点を置きなおします。

貴族方以外の方にも馴染み易いように歌も入れつつ……」


 アピアが丁寧に構想を紡いでいく。

 細部まで設計された考えにホソデは言葉を失った。

 同時に、ガマル師匠が口元を笑ませて、うんうんと頷く。


劇場(ハコ)の想定収容客数は最大百名。演劇祭の端の小劇場公演を想定してます。

敢えて回転率を上げる為に三十分程度の演劇にしようと思ってます。

何より……練習期間です。二時間公演の練習期間は四週間。それなら」


「なるほどねん。四分の一の三十分にすれば、練習期間も四分の一に絞れると」

「はい」

「……だが、その理論だと再編成済み原稿が今無いと出来ないのでは? 

見た所、この原稿のまま持ってきたということは」


「はい。まだ……。再編成は今日中に……」

「……な、なんだ。ならまだ三十分に収まるかは分からないじゃないか。

三十分はハッタリで?」


「い、いえ! 違いますっ。主要な場面だけにしていけば、必ず三十分で」

「君の頭の中で、今は四十五分。いや、五十分まで削減した、といったところかねん?」

 ビクッとアピアが驚いた猫のように背筋を伸ばした。


「な、なんで」

「分かっちゃうのねん。経験でねん」

「でも、五十分の劇だと」


「導入部分だけどねん。二人の出会いのシーン。ここ、セリフ全部抜けばいいのねん」

 ガマル師匠は脚本を広げて、アピアに笑いかける。

「え!?」

「二人の会話よりもロマンチックでいいねん。後は表情芝居。

ライヴェルグは兜か仮面を被ってるから姫の表情芝居ねん。

練習の手間も抜けるねん。これで五分は削れたねん」


「あ、ありがとうございます。なるほど……そんなやり方もあるんですね」

「いいねん。……君の作品の良い所はねん。全体を把握していることにあるねん」

「え?」

劇場(ハコ)の大きさ、観客の層、それから勝つための計略」

 またもアピアはビクッとする。

 ホソデが小首を傾げる。


「勝つため? 何に勝つんです?」

 ケロケロっとガマル師匠は笑った。

 そう笑うんだ、と小さく声に出してアピアは驚いていた。


「ゴールドローズと集客勝負だろうねん」

「ほう。……なるほどそれで。だとしたらローズはやはり悪趣味で」

 図星を言い当てられアピアは固まるが、ガマル師匠はそれは些事だ、と言い捨てた。


「勝負に勝つ為、二時間劇で朝昼の二回公演を捨て、三十分の劇を三回やるのねん?」

「は……はい。そうです」

 本当は四回やりたかったが、劇場の順番的に不可能になっていた。


「四回出来ると思うねん。役者にも四回のつもりで練習させるといいねん」

「え?」

「朝一番目、昼過ぎと、夕方の部に割り込んだねん? 

ああいう祭は最後、どこかで舞台(ステージ)は必ず空くねん」

「そうなんですか?」

「そうねん。毎年見てるともったいない舞台(ステージ)があるねん。

三十分なら割り込める。会場の人と仲良くするといいねん」

 というか、声を掛けておくねん。とガマル師匠はお腹を叩いて見せた。


「はい! ありがとうございます!」

「じゃ、脚本削りを一緒にやってしまおうかねん」

「師匠自ら、いいんですか?」

「いいねん、いいねん。この原稿、面白いからねん。ああ、そうだホソデ」

「はい。分かってます。最後の方で空きそうな舞台(ステージ)を運営に確認してまいりますんで」

「頼むねん」

 ため息交じりにか細い男は部屋の外へ向かう。

「じゃ、やろうかねん」

「はい!」


 去り際に振り返ると──なるほど。

 ホソデは、そんな顔、久々に見た気持ちだ。


 童心に返ったように無邪気に笑い、楽しみながら創作に励む二人。


『ちゃんとガマル師匠の弟子を名乗れる程の弟子ではありませんが……』

 先ほどの言葉が浮かび、ホソデはこそっと笑う。


「ちゃんと弟子、してるじゃないですか」

 

 ぽそりと呟いて、ホソデは(とびら)を閉めて廊下に出た。

 

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