【10】実績【12】
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「うんうん。テレコの作品、今回はいい出来だねん。
このままでもいいけどもう少し手直ししたらもっといいと思うのねん。
だから、もう一回手直ししてねん」
うんうん。と何度も頭を頷かせるのは、蛙のようにでっぷりとした中年男性だ。
語尾に「ん」が付く独特な喋り方。のっぺりとした糸目の顔。
座布団の上に胡坐をかいて座っている。
彼は太りすぎて普通の服ははち切れてしまうからか、インナーは来ておらず、上裸で魔導士のような白いローブをいつも羽織っている。
そんな脂肪たっぷりボディの男性は、またもうんうん、と頷いた。
「大丈夫そうかねん?」
「はい。分かりました。ガマル師匠」
師匠──そう呼ばれる人間は、ここ『白帽子工房』ではただ一人。
のっぺりとして……いわゆる気迫みたいなものは何もない蛙顔の彼だ。
陰でアマガエルなどと呼ばれてもいる。
だが、彼こそ、この大演劇工房の職長という立場にある人間だ。
「次に、レフの作品だけどねん。
ストーリーというより違う所に問題点があったのねん。
だから、それが何か考えてやり直して欲しいねん」
うんうん。うんうん。と頷くガマル師匠。
ガマル師匠から脚本を受け取った弟子たちは、皆一様に漠然とした指摘に頭を捻らせる。
白帽子工房の、月に一度の定例会。
東の果てにある島国から取り寄せたというイグサの座敷に、三十人以上の人間が入っている。
皆一様に慣れない正座という足の組み方をして話を聞いている。
彼ら全員、参加は任意だ。
だが、殆どの『長弟子』たちと、その『弟妹』が一堂に会する。
『長弟子』、『弟妹』などという呼び方は、この工房くらいでしか聞かない。
ここの工房の組織図は少しばかり特殊だ。
頂点のガマル師匠の下に六人、長弟子がいる。
そして、それぞれの長弟子の下に『弟妹』と呼ばれる弟弟子、妹弟子が付いている。
『弟妹』は、長弟子の付き人だ。
長弟子の技術を学び、いずれ長弟子になるか、屋号分けして独立する。
「どのあたりが厳しかったですか?」
「一度全体を読んで、周りを把握するといいねん」
「……はい」
指摘が漠然としているから、陰でそんな渾名なのか?
そう新人の子たちは勘ぐっているようだ。
長弟子たちもそういう部分を感じてはいるだろう。
だが、本当に駄目なら彼らも定例会には参加しない。
──目の上のたん瘤のように、参加しないだろう。
ふと、そんなことを新人たちが考えていた矢先、横開きの襖が開かれた。
この場所にも特に異質の真っ赤なドレスに鷲を剥製にして載せた帽子を被る女性。
つかつかと土足のまま真っ直ぐに師匠の前に進む。
ド派手、装飾過多、華美すぎる女。
それでいて出した作品は全て繁盛。
全てを一人で手掛ける超人──と言われる。
ゴールドローズである。
「急に来てどうしたんで?」
ガマル師匠の隣に座っていた男が立ち上がった。
声も少し小さく、病的にか細い男だ。
「や、ホソデ兄様。カシコミカシコミ。どきな」
冗談めかせてゴールドローズが言い──全員が緊張でさっと静まり返る。
ガマル師匠の隣──つまり、この工房のナンバー2であるホソデに、とんでもない態度だ。
「べそかきローズ。で。お前さんは、いつから私より偉くなったんで?」
「工房の金庫に実績は積んであるでしょ? な、ホソデ大蔵大臣」
「で、なんだい。稼ぎ頭に頭は下がるけど、お前さんは序列にしたら私より下だってのは、分かってんで?」
「ふん。恩はあれど、今は別だろ」
「二人とも、座るねん」
ガマル師匠が、ぽけぇとした声を出す。
「……はい」
ホソデが従順に座り──ゴールドローズは鼻で笑う。
ガマル師匠は鼻を掻いた。
「ローズ。座らんの?」
「座らない。話すこと話したらすぐ行くわ。あのね──」
「提出物はどうしたのねん」
会話を遮り、師匠が言う。
ゴールドローズはムッとしたが、すぐに鞄から紙を取り出した。
「あるわよ。まだ途中だけどね」
「締め切りは昨日までねん」
「でもすぐ読めるでしょ? ほら」
乱雑に師匠の前に台本が投げられた。
『戯曲 赤の踊り子。クルーパの悲恋』と書かれた台本。
「それより、師匠。来週の海浜公園野外演劇祭に出る。妹も別に出す。いいわよね?」
ガマル師匠は、うんうんと頷く。
ホソデが黙々と散らばった脚本を拾い、整えてからガマル師匠に渡した。
彼は一頁目を開く。
かっ! と目が見開かれ──パラパラと全て捲り終える。
速読──の領域を超えている。魔法、いや術技である。
「読了ねん。前の作品の『クィーニとホロスの恋』も良かった。
この作品。さらに良い作品になりそうねん。また腕を上げたねん」
ガマル師匠の講評に他の長弟子たちは顔を見合わせて露骨に嫌な顔をする。
ゴールドローズはそれを黙殺し、ガマル師匠に顔を近づける。
「それより。演劇祭。来週のに、出ます。
工房の名前背負ってるから、一応報告に来たんだけど?」
「一週間で劇やれるとは思えないねん」
「その辺は大丈夫よ。若手代役、使うから」
工房では演者に不測の事態があった時に備えて、若手の演者を用意している。
その代役の若手たちは、アンダースタディと呼ばれている。
「代役を使っちゃって大丈夫なのねん?」
「クィホロの演劇の若手代役は一役に一人以上いるわ。
メインキャストなら二人以上よ。元々長い公演予定だからね。抜いても大丈夫」
「なるほどねん。演目は?」
「クィーニーとホロスの恋。
これなら若手代役の練習期間も節約できる」
「ふむふむねん」
「それから、野外演劇の運営はこの私の出演に喜んでいるわよ。
話は付けてある。舞台も時間も捻じ込めた。後は許可を貰うだけ」
「別に出す妹の子にも、キャストは若手から貸すのねん?」
「もちろんよ。他にツテがあるなら別だけど」
「なるほどねん。──妹は定例会の後に直接話したいねん」
「だってさ。アピア」
「は、はい」
入口近く、最も末席に近い所で縮こまっていた空色の髪の女の子が声を上げた。
「でさ、許可、いいの?」
「わかったねん。今の上演に穴をあけないなら問題ないねん」
「よかったわ。どもども、サンキュー」
「ちょっ! ローズ! 師匠もホソデ兄様も、それでいいのですか!?」
奥に座っていた女の長弟子が声を荒げた。
ガマル師匠はため息交じりに、うんうん、と頷く。
「態度はよくないねん。皆、真似しないようにねん」
ふん。とゴールドローズは師匠に背を向けた。
つかつかと、声を荒げた女長弟子に近づく。
「そうね。態度は悪いわよね。でも、この私には文句を言えない。
そういうことよ。実績があればね、この世界は皆黙るの」
「っ……ローズ。お前さん、それなら早くここから出てけばいいだろっ!
屋号分けでも何でもすぐにしてもらってさ!」
「はは。レフ姉様もバカだねぇ。
そしたら、レフ姉様たちみたいな出来ない子たちの悔しがる顔、見れないじゃん?」
「なっ!?」
「きっははっ」
高笑いを上げて、ゴールドローズは他の兄弟姉妹弟子を見下すように部屋から出ていく。
誰もが憎々しくゴールドローズを睨む中、ガマル師匠は部屋の隅でずっと小さくしている空色の髪の女の子、アピアを見ていた。
※ ※ ※
【10】ゴーストライター【09】の一部を詳細に変更しました。
◆会話文追加
◆文章上の粗の均し
上記二点を直しました。
ストーリーの内容に関わる大きな変更や
伏線的なものを後出しはしておりません。
この度は申し訳ございませんでした。




