【10】才能程度の武器【11】
◆ ◆ ◆
「大丈夫か、アピア」
「だ、大丈夫です……」
頬を思い切り叩かれたのだろう。かすり傷だが、出血している。
あの派手なゴールドローズという女に、ステッキでバカスカ殴られている所を目撃してしまった。
──いや、実はその前のやり取りから、聞いてしまっていたが。
ゴールドローズとアピアの関係の仲立ちは必要ないと思っていた。
だが……ステッキで殴ってからは、止めに入るべきだと判断した。
どう見ても、やりすぎだ。
「おっと申し訳ないわね。お見苦しい所を見せてしまって」
「無抵抗な人に暴力振るっておいて、その態度はなんなんスか?」
「暴力? ははは。何か勘違いしているわね」
「? 勘違い?」
「ああ。この私は、妹弟子であるアピアに可愛がりをしていただけなのよ」
「可愛がり?」
「そうよ。可愛がり。指導や躾のことよ。この国を見回してみて。
貴族は皆、ステッキや杖を持っているでしょ?
それはね、奴隷や弟子を指導する時に使うの。
今は、アピアの姉弟子であるこの私が、躾で──」
「どんなに用語を変えても、暴力は暴力ッス」
ゴールドローズは口を噤み、俺とアピアと、ハルルを見つめた。
ふむと頷いて、パッと明るい顔をして見せた。
「確かにそうよね。ごめんなさいね、アピアさんも。こんな姉弟子だけど許してくれる?」
「は、はい」
アピアが立つ。
「……アピア、お前」
「大丈夫です。寧ろ、すみません。気を遣わせてしまって」
アピアがゴールドローズに聞こえないように小さく俺にお礼を告げた。
「よかったわ。じゃあ、帰るわよ、アピア」
「……ちょっと待って欲しいッス」
ハルルがアピアの手を握って止めた。
「ハルル?」
「アピアさんに、ゴーストライターをさせるの、辞めさせて欲しいッス」
ド直球のセリフをぶん投げたハルルに流石の俺も引きつった。
そして、ゴールドローズも面食らう。
「な……何のことかしら?」
「偶然スけど、気付いたッス。
昨日、貴方自身が話してた新作と、実際にその新作を書いていたアピアさんを見て」
「ふぅん。そうなの?」
ゴールドローズが冷たい眼差しを俺たちに向けた。
「アピア。あんた、そんなに独り立ちしたいんだ?」
「そッスよ! アピアさんはもう十分面白い作品を書けるんで!」
「ちょっとハルルっ」
ゴールドローズは腕を組み、鼻で笑う。
そして、冷ややかな目をした。
「アピア。それに他人様が思ってるほど、演劇という世界は煌びやかじゃないよ」
その言葉に、アピアは目を伏せた。
「面白い物が書ける? そりゃ素晴らしいね。でも、それは本当に観て貰える?
アピアには確かに才能がある。だけどね、才能程度の武器だけじゃこの世界は渡れない。
その演劇を観て貰う為には宣伝やらコネクションが必要になってくる」
「それと、ゴーストライターを続けさせること、何関係あるんスか?」
「大ありだよ。この私が宣伝と看板をしているから、
面白い物が大衆に『面白い』として受け入れられる。
同じ演劇を同じ配役でしたとしても。
無名の脚本家が──アピアがやったら、この私の半分も客は集まらない」
「んなの、やってみなきゃ分かんないじゃないッスか!」
「確かにそうだよ。やってみなきゃ分からない。
だけど、それで失敗しました。ってヘラヘラ笑えることじゃない。
演劇に掛けた時間と費用を全て水の泡にしました。
携わった役者や大道具係り全員が生活出来なくなりました。
全員で首吊って終わり? そうさせない為に、工房の脚本家は売れたモノの『後発品』を量産していくんだよ」
正論だ。
プロとして、対価を貰う。それは同時に、金や労力を湯水のように使う。
だから、プロ側も、金や労力を極力無駄にしないように節約する。
ハルルは強く、拳を握っていた
「……ゴールドローズさんは、そこまでちゃんと考えていたんスね」
「そうとも。というより、工房がそう考えている。だから、幸福なんだよ、アピアは。
この私という看板の裏で、才能を存分に活かせてる訳だから」
「でも。やっぱり。違うと思うッス」
「違わない」
俺は、ため息を吐く。
「ハルル。やっこさんの言うことが正論だ。
金が絡んだプロの世界じゃ、失敗は許されないってのは一つの考え方の着地点だ」
「師匠っ!?」
「ふぅ。そちらの男性は賢くて助かるよ」
「そうか。じゃあ助かるついでに質問に一つ答えてくれ」
「?」
「工房じゃ、流行の後追いが重要なのはよく分かった。
で、その工房とやらでは、妹弟子をゴーストライターとして縛るのが推奨されているのか?」
「……」
ゴールドローズは押し黙った。
「やり方を教えるなら、そういう教え方じゃない方法もあるはずだろう?」
「はぁ。賢いかと思ったけど、とんだバカね」
ゴールドローズは自分の髪をごしごしと掻いた。
「……野外演劇の祭典が、来週ある。
一般客も来場するそれなりに大きな祭典だ。この私も出る。
なあ、アピア。お前さん、それに出な」
──言ってダメなら、実際にやってダメだったっていう事実が。
──そういう教訓が、お前さんには必要みたいだな。
◆ ◆ ◆
クオンガ海浜公園野外演劇祭。
クオンガ共和国では演劇の祭典をほぼ毎月行っているそうだ。
そんな演劇祭の中でも、今回の海浜公園野外演劇祭は比較的オープンなお祭りで、毎年行っているそうだ。
貴族も平民も関係なし。入場料も無料。
半月上の長い浜を四区画に分けられ、祭りの日には、それぞれに仮設舞台が設営されるそうだ。
そして、──一番よかった劇に来客者が投票。
一番の劇には栄えある賞状と勲章が貰えるそうだ。
その辺はよく分からないが……ともかく、順位を決められる。
「演劇で白黒つけるなら、まぁ平和的でいいじゃないか」
部屋に戻ってきた俺は、椅子に深く座りながらハルルにそう言った。
ハルルは小難しい顔をして、むぅ、と唸っている。
「ハルル。お前が『なんでも協力する』って言ったんだからな」
「それは、そうッスけど」
「良かったじゃないか。芸術の都クオンガで劇に出た勇者なんて、そういないぜ?」
アピアと、その姉弟子ゴールドローズが来週の祭典に出場する。
どちらの順位が上かで、アピアの今後を決めるそうだ。
ゴールドローズが上なら、アピアは継続してゴーストライターを続ける。
アピアが上なら、晴れてゴーストライターを卒業する。
ハルルは……何かトラブルに巻き込まれる星の元にでも生まれて来たんだろうか。
「でもまさか、演劇に出演してくれ、なんて言われると思わなかったッス」
渡された台本を見ながら、ハルルはぐぬぬ、と唸る。
多かれ少なかれ、アピアを嗾けたのはハルルだ。
ハルル自身にもその負い目があったのだろう。
ゴールドローズとの言い合いが終わった後、ハルルが『なんでも協力する』と言ったのは普通の会話の流れだった。
「まぁ、がんばれ」
「し、師匠も出てくださいッスよーっ! 演劇にー!」
「いや。俺は大道具担当なんで。後、当日の演出。っつーか、俺、その演劇にだけは出たくないんで」
台本を見て──苦笑いだ。
「いいじゃないッスか! 出てくださいよ! ライヴェルグ役で!」
因果な物だ。
来週に間に合わせる為、もう既に出来ている脚本──『英雄譚劇 戯曲 勇者ライヴェルグとクオンガの歌姫』を演るそうだ。
「絶対に嫌」
黒歴史演劇……見るのですら嫌なのに。




