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【02】静かな夜の話【06】


 

 あいにく、俺の家は、トイレとシャワーが同じ場所にある為、俺は仕方なく、流しで頭を洗った。

 酒場で頭から麦酒を掛けられてベトベトだから、シャワーを浴びたかったが……今は、トイレが戦場なのだ。




「う、お、っお【   検閲によって削除されました   】」




 ハルル。酒、物凄く弱いようだ。

 この国では十六歳から酒は解禁されている故、法律的には大丈夫なはずだ。


 だが、まぁ、苦手な様子だ。

 とりあえず、間に合ってよかった。本当に。


 上着を脱ぎ、適当に干してあったシャツに着替える。

 ベッドに腰掛けると、ハルルの姿が横目に見える。トイレで、四つん這いになって吐いているようだ。

 こっちから、ケツと足しか見えないのは、幸いである。


「大丈夫か?」

「だ。だいじょ……っ! 【  検閲によって削除されました  】」


 大丈夫ではなさそうだ。

 少し風を通そう……いや、臭い的な意味じゃないぞ。それもあるが。


 窓を開けると、夜の少し涼しい風が入り込んできた。

 もう春の中旬だが、夜風はひんやりとしている。


 今日は雲が多いが、これだけ風が強ければ、そのうち月も見えそうだ。

 後ろではハルルがまだ苦しそうにしている……まぁ、こればかりは時間、というか、出し切るしかなぁ……。



 不意に、今日の酒場のことを思い出す。

 それから、俺が、サシャラを殺した日のことを、思い出す。



 あの後、場を収めたのは、ボロボロになりながらもやってきたパーティーの仲間だった。

『ライ公……お前が殺した訳じゃないよな? いや、待て。違う。

疑っている訳じゃないんだ。 ……分かっている。すまない。悪かった』


 大丈夫だ。誰だって確認しなきゃいけないもんな。

 でも、その時の俺は、仲間にも疑われたって思ってしまった。それで、傷ついたんだ。

 パーティーの皆は、信じているって言っていた。わざわざ口に出して言うってことは、腹の底では疑っているんじゃないか? 信じなきゃいけない、と義務で思っているんじゃないか?


 そう疑ってしまった。

 それは、俺の心が未熟だったから、でもある。

 猜疑心に勝てなかったんだ。


 そうこうして、王が……『勇者の称号を剥奪する』と告げた。

 公には、ライヴェルグは死んだ、ということにして。


 そんなライヴェルグのことで、ハルルはあんなに正面から怒り狂ってくれた。

 ある意味、奇行だけどな、あんなの。

 ……でも。



『女騎士を殺したのは、一人の勇者じゃなく、ここにいる全員の無関心だって言ってるんッスよ!』



 ハルルの言葉が蘇る。

 俺があいつを殺したんじゃなくて、全員の無責任が殺した、か。


 何、笑ってんだ、俺は。いや、正直。嬉しかった。


 言ってやりたい言葉、だったんだろうか、俺も。


「……ありがとう、な」


 無様に四つん這いで吐いてるケツと足しか見えないが……そのケツに向かって、俺は礼を言っていた。




「あんなに怒ってくれて、ありがとう」




 勇者が人を殺す訳ないだろ、とハルルは怒鳴ってくれた。

 嬉しかった。

 ただ、嬉しかっただけじゃなくて。

 少し、俺の心は、少しだけ──


「また怒るッス」


「うぉおお!?」


 だいぶ充血した目が俺の隣にあった。

 気付いたら至近距離にハルルがいた。


「師匠のこと、超分かりました。優しすぎて怒らないってことッスね」

「いや、優しいとかじゃなくてだな」

「大丈夫ッス。弟子であるこのハルルが、代わりに何度だって怒るッス!」


 にひひ、っと笑って見せる。

 お前……お前なぁ。


「さっきまでゲロってたくせに、こいつは」

「えへへ……っう!」

「今もじゃねぇか! おおおおお、早く戻れっ!! 

戻さず戻れぇええ!! お前はっ、まったく」


 トイレにダッシュで連れていき、さっさとベッドまで引き返す。

 騒がしい。ああ、本当に、騒がしいな。


 くそ。騒がしすぎて、腹から笑っちまった。


 はは。笑ったからか、涙が出た。




 ああ、ダメだな。久しぶりに、すげえ涙出る。




 年取ると、涙腺、弱くなるんだったけか。もう二十六か……オッサンだな、俺。はは。

 

 トイレの方は静かになった。

 俺はベッドに腰かけて、窓の外をずっと見ていた。

 不思議だ。本当に。

 窓の外、雲は風に流されて、レモン色の月が見えた。

 隠しきれていないが、手を額に当て、目を隠した。



「ありがとう。……ありがとうな」



 こんなに震える小さな声が、俺から出ることに驚いた。

 吐き気も収まった、こんな静かな夜じゃ、その言葉は闇に消えてくれなかったから。



「お気になさらずに、ッスよ」



 小さな返答が、しっかりと聞こえて。

 窓の外なんか、もう見えないくらい視界が歪んでいたのを、必死に隠した。




◆ ◆ ◆




「ひぃいい。朝から師匠にいびられるぅぅうっ、あぁあんっ」

「変な声出すな! さっさとしっかり掃除しろ!」

 容赦なく雑巾を投げつける。

 自分が散らかした分は、しっかり自分で片付けるべきだからな。

 ピカピカになるまでやってもらうぞ。


「……とりあえず、そこの掃除終わったら飯にするからな。目玉焼きだけどな」

「やったー! 目玉焼き最高ッス!」

 調子がいい奴だ、まったく。


「それと、飯食ったらギルド行くからな」

「……あ、はーいッス」

 ハルルは苦い顔をする。

 昨日の一件があったしな……行きづらいのは、分かるが。


「報酬の清算。やらんとマズいだろ」

 昨日、竜の鱗を真贋検査してもらってる途中で揉め事を起こしてしまったからな。

 報酬をまだもらっていないのである。


「師匠、大丈夫ッス」

 ん? 浮かない俺の顔を察してか、ハルルが微笑んでガッツポーズを浮かべた。



「またあの男に師匠がイジメられたら、次はこの私のグーパンで沈めてやるッス──痛っ!!?」



「あー、しまった、思わずフライパンで頭を軽く叩いてしまったー。いやー、熱していなくて本当にラッキーだったな」


「ししょーっ!」


「あのな、イジメられてねぇからな? というか、揉めごとを起こさない為に穏便にやってたのに、お前が暴れたんだからな?」


「むー、だって。師匠が足蹴にされてたら我慢なんかできないッスよ」


「はぁ……ま、その件に関しては……いいとして。とりあえず、掃除さっさと終わらせろよな」


「うぃっす!」



 

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