【10】ゴールドローズ【08】
「さぁさ。今日見てくれた方、パンフレットをお持ちなら
この私、ゴールドローズがサインしますよ!」
ゴールドローズという女性がそういうと、貴族の女性たちがわっと彼女を囲んだ。
少し大柄で血色のよさそうな肌の色。
肩が大きく露出したデザインの派手な金色のドレスを纏っている。
その頭の上にある帽子は斬新で、鷲のような鳥の剥製が乗っていた。
まぁ、個人的にはその服装、好感を持てないなぁ。
「さ、次は貴方。サインしましょうね。お名前、教えてちょうだい?」
少し鼻に付くキザったらしい言葉遣いと、甲高い声で彼女はファンに訊ねた。
名前を聞くと、腰から羽ペンを取り出しすぐにサインに応じ──左手でサインをした。
貴族女性がサインしてもらったのは、パンフレット。
それと同じパンフレットを、俺たちも持っていた。
「師匠。あの人って、この作者さんスかね?」
「そうだな。……よく見れば表紙に書いてあるな」
「あ、ほんとッスね」
表紙に崩した文字の白帽子の紋印。
その下に『著者 ゴールドローズ』と名前が入っていた。
「右腕、使えなくて不便そうですわ……」「利き腕なのでしょう?」
「いえいえ。もう慣れたものよ。ほら、サインだってあっという間よ」
「わぁっ! ありがとうございますっ!」
「何。少しでも記念にね。さ、他の皆も歩きながら書いてしまおうね」
「ゴールドローズさんっ。次はどちらに行かれるのですか?」
「ああ。次は伯爵家に行くよ。演劇論についてサロンで語って欲しいそうなのよね」
「まぁっ! 本当にゴールドローズさんってバイタリティに溢れてるわ!
新規作品も書いて、サロンにも顔出して……いつ寝てらっしゃるのです?」
「はは。ちゃんと眠っているわよ!
ただ、物語を書き始めると自然と語るべき物事が紙に紡がれていくって感じよ。
さながら滝のような水圧でね」
「あらっ! 凄い! まるで魔法使いね! いいえ、完璧超人様かしら!」
「そうね、きっとゴールドローズさんは私たちより時間の使い方が上手なのよっ」
「もしくは分身とか出来るんじゃないのかしら?」
おほほほ、とでも言いだしそうな笑い声をあげ、貴族たちは楽し気に歩いてきた。
そんな取り巻き達の先頭を歩くゴールドローズさんと目が合った。
にこりと微笑まれたが、その目は笑っていない。
──あれは表面上の笑顔だな。
「貴方たちは見た所、王国の方ね? 今日は劇を見てくれて嬉しいわ。
楽しんでもらえたかしら」
「楽しかったッス!」
「劇とかあまり見ないからこそ、楽しめましたよ」
忌憚なく感想を言うと、彼女は笑ってみせた。
「よかったわ。じゃあ、そちら、お借りしますね。
サインをしておきます。えっと、お名前は」
「ハルルッス!」「ジンだ」
「はい。ありがとうございますねー」
ゴールドローズさんはパパっとサインを書いた。
確かにその手付きは速い。その上綺麗な字だな。
「では。また違う公演、見てくださいね。
白帽子工房を今後ともごひいきに」
挨拶もほどほどに彼女は周りの取り巻きを連れて外へ歩いていく。
「ゴールドローズさんっ、次はどんな作品を書かれるのですか?」
「ふふ。実はもうタイトルは決まっててね。『赤の踊り子。クルーパの悲恋』というの」
「まぁ、素敵! どんな作品なんでしょう」
「踊り子ですって!」「ああ、楽しみですわ!」
きゃっきゃっと笑って楽しそうな、そんな集団を見送った。
なんか、まぁ。
「ちょっと、印象と違ったな」
「そッスね。なんかこう、作家というよりかは、貴族って感じッスね」
「まぁ、人は見かけによらないとも言うがな」
そんなことを俺たちは呟きながら、劇場を後にした。
◆ ◆ ◆
翌日。
今日の予定はただ一つ。夕方にルキたちと合流することだけ。
朝はゆっくり寝坊したかったが……朝食の時間が決まっているのでしっかり起床。
そして、朝からやっている場所が少ない為、カフェに来た。
『もしかするとアピアさんに会えるかも!』というハルルの要望でもある。
朝からいるわきゃないだろ。
など呟きながらカフェに来ると、──俺の予想は外れた。
アピアは朝から既にカフェにいた。
跳びついて話しかけようとするハルルを止めて、俺たちは一つ隣の席でゆっくりと休んでいる。
というのも──彼女がとても集中しているからだ。
本を三冊ほど積み、原稿用紙に鬼の形相で向かっていた。
話しかけられる状態ではない。
時刻は正午過ぎ。
ランチに軽いサンドイッチを注文した時だった。
「うわっ。ずっと居たの? 軽く死ねるんだけど」
アピアの声がした。どうやら何の気なしに横を見たら、ハルルと目が合ったらしい。
「えへへ。どもども~お仕事、邪魔しちゃうとまずいと思いまして、静かにしてたッス!」
静かにさせていたんだがな?
「真面目な顔、あんま見ないでよね。恥ずかしくて死ねるから」
アピアは照れた顔で頬を掻いた。
「それにしても、アピアさんの集中力凄かったッス。
私たちがここに来てからずっと書き続けてたんで」
「ああ。一瞬、俺たちが割としっかり普通の声で会話してても気づかなかったみたいだしな」
「ま、まぁね。こう見えて脚本を書くの、歴が長いから」
にっと笑うアピア。
「しかし……一つの脚本を書くのに、そんなに本が必要なんだな」
分厚い本が三冊。
『踊りの歴史』。『戯曲 クラパーレの悲恋』。『赤の推測』……合計三冊。
なんか、どこかで見聞きした覚えがあった。
全然、繋がることは無かったが、偶然視界に飛び込んできた『表紙』で……。
「赤の踊り子、クルーパの悲恋……?」
ハルルが声に出してタイトルを読み上げた。
そう。そのタイトル、俺たちは偶然に聞き覚えがあった。
「し、新作でね。ちょっと、タイトルは見なかったことにしてよね。
まだ、その。工房に通してないから、さ」
アピアは露骨に慌てて、机の上の原稿を手元に引き寄せ、鞄にしまい込む。
「それって、ゴールドローズさんの新作って話じゃなかったッスか?」
「なっ! なんで、知ってるの!?」
アピアが目を丸くして声を荒げる。
机の上の脚本の表紙には。
『戯曲 赤の踊り子。クルーパの悲恋』
『白帽子』
『著者 ゴールドローズ』
とだけ、記入があった。
「共著、って訳でもなさそうだな」
「ま、まさか……代筆……ッスか?」
アピアはバツが悪そうに、目を背けた。




