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【10】それだけで特別なんで【07】


 ◆ ◆ ◆


 紆余曲折(いろいろ)あったが、今俺は腹を括って国立劇場とやらにいる。

 王国にも演劇文化はあるが、ここまで豪華なものはあまりない。

 王都に歌劇場や王立演劇場はあるが、このクオンガ国立劇場は千人以上も入れられるデカい箱だ。

 無論、この規模の劇場なんて王国にはない。


「楽しみッスね、師匠!」

「ああ。……うん。そうね」

「師匠、大丈夫ッスよー! 

この演劇場での演目は『クィーニとホロスの恋』っていう作品ッスから!

ライヴェルグは関係ないッスよ!」


「……」

 そう言いながら、英雄譚劇に連れて来られてるんじゃないかと、疑心暗鬼でならないんだが。

 紆余曲折(いろいろ)の中身は、カフェテラスでアピアと別れた後のこと。

 今日の行動はどうしようかという相談をしたのである。

 ルキの方は、そもそも採寸や身体測定、感覚試験? とかいう様々な工程があるらしく、明日までは鉄の町から出られないそうだ。

 つまり、明日以降まで自由時間と相成った。


 俺も、思慮が足りなかったのだが……ハルルに『この後は何したい?』って聞いてしまった。

 ハルルは早速『英雄譚劇が見たい』と言い出した。


 まぁ、アピアに感化された直後だし、当然だった。

 『俺は嫌だ』『何故ッスか!?』

 『当たり前だろ! 何が悲しくて黒歴史を見なきゃいけない!?』

 『でも、私はそれが見たいんスよぉ!』

 という具合だ。


 ハルルはにこっと笑って歩き出した。

「じゃぁ、入場券(チケット)買ってくるッス」

「あー。待て、ハルル」

 俺は──頭を少し掻いた。ハルルの仕草は、良く見えてる。

 今、一瞬、外の劇場を見たのも、その劇場が英雄譚劇を掲げているのも……俺は見えていた。


「はいッス?」

俺はため息を吐く。


「英雄譚劇にすっか」

「え?」


「……その。アレだ。まぁ、お前が楽しんでるのが一番……その、五月蠅くなくて楽なんだよ」

「……えへへ。いいんスか? 師匠?」


「ああ。覚悟はしてここにいる、俺は」

「覚悟って。決戦にでも行くんスか?」

 ハルルは楽しそうに笑った。


「でも、いいんスよ! 今日はこれを見ましょう!」

「いいのか? だって、お前、英雄譚劇、憧れだったんだろ?」


「いいんスよ、英雄譚劇はまた見れるッス。それに私、演劇より歴史派なんで!」

「歴史派……そうなのか」


「そッス! 正味、俳優さんのお芝居とか、カッコいい演出とか、さほど興味はないッス!」

「おいおーい」



「師匠と一緒に観れるのが、それだけで特別なんで。……えへへ」



 ハルルの笑顔が焼き付いた。

 そのまま、ハルルは踵を返して受付に買いに行ってしまった。

 おい。

 そういう不意打ちは、……マジ……ああ。うん。

 ほんと、ずるいわ。


 ◆ ◆ ◆


 ハルルが持ってきたパンフレットを見ると、最近見た紋印(サイン)があった。

 この劇は白帽子(ホワイトキャップ)工房の劇なんだな。


 内容は、歌劇の混ざった演劇だった。


 『クィーニとホロスの恋』

 大貴族で犬猿の仲のクィーニ家とホロス家。

 そこに生まれた男女の禁じられた恋愛。


 ……いや、うん。王国でも似たモノはあった気がする。

 まぁ、演劇っていうのは大体同じストーリーに帰着するんだろうか。


 惹かれ合っていく二人。

 引き裂かれようとする恋。

 王道だが、やはりこういうのは面白いよな。


 時々、主人公の役者が無駄に前に出てる気はするが。

 それから主人公とヒロインの兄との決闘とかでやたらイケメンが前面に出てくる。


 ヒロイン役の役者も踊りながら歌うし、大変そうだ。

 もちろん、綺麗で素敵な歌だけども。

 あれか。ファンサービスなのか。


 周りから、だれそれという役者の顔が良いというコソコソ話も聞こえてきた。

 役者にファンが付くのはいいことだが、なんかうん。まぁいいか。


 最後は、無理心中。

 正直、泣きそうになった。

 いや、曲もいいし、演出が綺麗だ。

 なんか十年前に観た演劇とは全然違う。クオリティ高いなぁ。


 そして、感動的なラストの最中。


 ──突如として神が現れた。

 二人を救って……二人は末永く幸せに暮らした。と。


 拍手喝采ではあるが……これでいいんだろうか感は残るな。

 結局、クィーニ家とホロス家の仲が良くなったわけでもないし。

 でもあれか。両家はこの後、主人公二人を中心に纏まっていくんだろうし、まぁ。


「ちょっと最後だけ微妙でしたね!」

「ストレートパンチかますね、お前」

「えへへ。でも、楽しかったッスけど!」

「そうだな。恋愛物、やっぱりいいよな」

「そッスね! でも、この作品って……。

王国で流行ってた『ロミジュリ』ッスよね、ストーリーは」


 直球で言えばパクりだが、変化させて言うとすれば。

「まぁ、オマージュ的だったな」


「あはは。でも違いも色々あったッスね」

「そうだな。殺陣(たて)が搭載されていたな。男性観客も楽しく見れた」

 個人的には迫力のある戦い(えんぎ)だった。


「ラブロマンスも憧れるッス!」

「そうだな。唯一思う所を上げるなら、最後の強制ハッピーエンドだな。

あれだけは驚かされた」

 それ以外の所は好きだが、あれは割と衝撃だった。


 急に天界から全てを見ていた神が現れ聖なる力で二人を生き返らせる。

 まぁ、暗く終わるよりかは良いんだろうが。


「私は、強制ハッピーエンド良かったッスけどね」

 ハルルは笑った。


「え、良かったのか?」

「はいッス! 無理矢理でも、無茶苦茶でも……

主人公とヒロインが幸せに暮らせたなら、私は良かったと思うッス」


「まぁ、確かに『ロミジュリ』では二人とも死んじゃうしな。

お前はハッピーエンドが好きなんだな」

 というと、ハルルは少し頬を赤くする。


「そッスね。本当はハッピーエンド以外も好きッスけど。

今日はハッピーエンドで良かったッス」

「どういうことだよ?」


「いや、えへへ……その。師匠と一緒に観た初めての作品が……

ハッピーエンドの作品で良かったな、って」


 照れたように口元を尖らせて、目元が笑ったハルルの顔。

 吸い込まれそうな程、綺麗な。

 慌てて、照れ隠しで違う方を見てしまった。


「お前が、良かったなら、俺も良かったよ」

 我ながら、ダサいが。ハルルの方を見てはその言葉を言えなかった。

 ハルルが楽しそうに笑っているのが、見なくても分かる。



「見て! ゴールドローズ様よ!」「わぁ! サイン貰わないと!」

「隻腕のゴールドローズ様ぁ!」

「もう役者に負けてないくらいの綺麗さね!」



 急に黄色い歓声が上がった。

 人だかりが出来ている方を見る。


 派手な金のドレスに、鷲のような鳥の剥製が乗った帽子。

 あれは、昼間見た、アピアを呼んでいた人か。


「今日も演劇を見に来てくれてありがとう」


 手を振るのは隻腕のゴールドローズと呼ばれている長い金髪の女性。

 色々思う所はあるが、思ったのが。


「「隻腕??」」

 ハルルと俺の声がハモった。


 両腕、ちゃんとある様に見えるし、義肢っぽくもないが……?



 

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