【10】芸術の都クオンガ【04】
◆ ◆ ◆
王国領と共和国領を分かつ大河は悠然と、ただ静かに流れている。
俺は、こういう風情のある大河が好きだ。
王都から出た蒸気機関車は、この大河の前で停車する。
あの石造りの大橋の上を走る鉄道に乗り換えなければ共和国へはいけない。
勇者証明は便利だ。身分証明書として機能する。
出入国管理局の眼鏡の似合う勇者さんが身分証を確認していた。
そして、杖を振る。青い光で何かのサインが記載された。
「五級勇者のポムッハ・カイメ・バルティエ様、六級勇者のハルル・ココ様。
お待たせいたしました」
ポムとハルルの苗字を初めて聞いたな。
「どもどーもなのだー!」
「ありがとうございますッス!」
「よい旅を。次は……AA級勇者のルキ・マギ・ナギリ様」
「ああ。ボクだね」
「お目に掛かれて光栄です」
「こちらこそ、ありがとう」
凄いなルキ。
差し出された手に即対応し握手……なんか、有名人らしい対応過ぎて怖いわ。
さて……なんだかドキドキするな。
別に悪いこともしてないし、本物の勇者証明書ではある。
ただ、ジン自体が本来は存在しない名前なので……。
偽物の『本物の身分証明書』というヤヤコシイものとなる。
ので、少し不安なのである。
「それと、2級勇者のジン・アルフィオン様」
俺の名前が呼ばれた。
──いち早く、ハルルがぴくっと振り返った。
出入国管理局の勇者さんの眼鏡が光った。
「よい旅を」
「あ、はい」
あぁっ無駄にドキドキしたっ。
ナズクルに言って作って貰ったモノだから、本物だしな。
疑う余地ない本物だ。はぁぁあ。焦った。
無駄に気疲れし、次の蒸気機関車に乗った。
まだ出発はしないようだ。詳しくは知らないが、蒸気を貯めているというヤツだ。たぶん。
外装も内装も、王国に流通しているモノと大して変わらない。
四人掛けの個室で、テーブルの上には共和国らしい紅茶とクッキーが置いてあった。
「師匠! なんで階級が、違──」
「思いっきり国境の真上で滅多なこと言わないでくれないかっ!?」
ハルルの口を押えた。偽造だと思われたら一撃指名手配だ。
「だってーっ!」
「そうだね。そういえば、特級とかいう階級だったよね?」
ルキにも言われ俺は深く溜息を吐いた。
「……ナズクルに頼んだんだよ」
「え?」
少し小声になって、俺は言葉を続けた。
「まず、階級だが、特級なんて目立つ特殊な階級は取り下げて欲しいって懇願したんだ」
「えー……特級勇者、なんてそうそういなんスよ! カッコよかったのに!」
「それが問題だろ。大体、どういう功績を打ち立てれば貰える階級なのかもよくわからんし。悪目立ちする」
「師匠は目立つのが嫌なんスか?」
「悪目立ちは嫌だろ。ロクな目に遭わん」
俺がそういうと、ルキはふふっと笑った。
「ん。なんだよ」
「いや。キミが言うとね。不思議だよ」
「え?」
「キミ、意外と目立つの好きだったじゃないか」
……。十年を思い出し、俺は窓辺に頬杖を付いた。
「そうだったか?」
「そうだとも。まぁ、忘れたというのなら。そうだな、あれは死の森での戦いで」
「! 百目百足の魔獣王戦ッスね!」
「そう、その戦いで、全身を輝かせて特攻したんだよ」
「あ、あれは。目が弱点だから、光でっ。
というかもうやめてくれ、俺の過去話はっ!
ほ、ほら、ポムが会話に置いて行かれて可哀想だろ!?」
「Zzz」
興味を失って寝ているだとっ。
「おやおや。まぁ朝も早かったからね」
ルキは空中の収納魔法からブランケットを取り出し、ポムに掛けた。
「ポムさんには悪いッスけど、これで師匠の話が詳しく聞けるッス!」
「そうだね。色々話してあげようじゃないか」
「ったく……あ。そうだ。それなら、ハルル。俺もとっておきの話があるぞ。
ルキのエピソードも知りたいんじゃないか?」
「え! 知りたいッス!」
ルキの顔色は変わらない──いや、僅かだがぴくっと頬が動いたな。
「ほぅ。語れるほどエピソードを知っているのかい?」
「ああ、もちろん。そうだな。初期の方が尖っていたな。そうだ。出会ったばかりの──」
「よし、トランプしよう。楽しいよ、トランプ」
都合が悪くなって逃げよったな。
◆ ◆ ◆
「本当に護衛無しで大丈夫だな?」
「ああ。共和国は平和だ。何よりボクを誰だと思っているんだい?」
ルキはにこっと笑って見せた。
「二回取り逃した賢──すみません」
「よろしい」
「あの、でも、ルキさん!」
「ん? なんだい?」
「困ったらすぐ呼んでくださいッス! その為に、同行してるので!」
ハルルが真面目な顔で言う。ルキは心底優しい顔をした。
「ああ。もちろん。頼りにしているよ」
「えへへ……! はいッス!」
汽笛が鳴り、蒸気機関車が動き出した。
ハルルは手を振っていて、俺はその背を眺めていた。
どんどんと遠くへ進み、見えなくなった頃にハルルは、さて、と振り返った。
「まずは一度、旅籠にチェックインッスかね?」
「そうだな。荷物を置いたら夕食だな」
「楽しみッスね! 高級レストラン!」
──ルキがほぼ恐喝に近い形で王国参謀府から旅費をガッツリ調達。
交通費、食費、宿泊費……さらには滞在中の雑費は全額負担とのこと。
手際の良いルキが滞在期間中の常宿と初日の食事処を押さえておいてくれたのだ。
「旅慣れてる奴は偉大だよな」
「そッスね。私たちだけだったらこうはなりませんでしたね」
「「ありがたやー」」
俺とハルルは見えなくなった蒸気機関車へ向けてお辞儀をしておいた。
そこから目を見合わせて、何やってんだかと笑い合い、改札を抜ける。
──芸術の都、クオンガ。
降り立った時間が十八時過ぎで、夕方だったのもあるが、その風景に少し驚いた。
王国よりわずかに標高が高いからか、空の雲も近い気がして、青と茜色の混ざり合った空が綺麗だった。
王国とは雰囲気も違う気がした。
大体の家の屋根の色はテラコッタ色。外壁の殆どは白い塗装がされている。
王国は木組みと煉瓦などを組み合わせたような作りが多いのに対して、共和国は画一的でありながら趣があった。
無論、どっちがいいという訳ではない。
そして、ここからでも見える大きな赤い屋根や、石柱。
それらの下に多種多様な劇場があるのだろう。
少し緊張しながらも、俺とハルルは地図を見ながら歩き出した。




