【10】星読花【02】
◆ ◆ ◆
王国の国土は広い。
情報の伝達は通信魔法があるとはいえ、一度に大量の情報をやり取りする技術をまだこの世界では確立されていない。
だが、それでも、緊急性が高い案件は、勇者ギルドを通して各地にすぐに連絡が行く。
交易都市にも、その一枚新聞が撒かれていた。
『聖女殺害』
大きな見出しと、可愛らしくウィンクをした少女の写真。
ヴィオレッタと名乗る黒緑色の髪をした少女が、ホーネリアス教会に侵入。
放火し、『静寂の聖女』とその家族を惨殺。
犯人の目撃情報提供を求む、という内容だ。
その一枚新聞には書かれてないことが幾つかある。
一つは、そのヴィオレッタが魔王復活を目論んでいる人物であるということ。
そして、もう一つは、その場に居合わせた賢者ルキと戦闘し──逃げ遂せたということ。
◆ ◆ ◆
白煉瓦病院は交差点の町の中央地区の病院の中でも最も大きい病院だ。
五階の奥の病室。VIP専用病室に、ジンとハルルは案内された。
ベッドに横になっているルキは、手を振って迎えてくれた。
「ルキ、大丈夫なのか? 即入院と聞いたが」
「ああ。いや、両脚の義足が完全破壊された時に、付け根の骨に罅が入っていたみたいでね。
後は、義足さえあればすぐ動けるんだが」
「そうだったのか」
「それに……検査して確かめたかったこともあるしね」
「検査?」
「ああ。洗脳魔法に掛かってないかの検査だね。一応、解除して貰った」
洗脳に、解除。恐ろしい単語だな。
「それも、ナズクルが来たら話すさ」
サイドテーブルの花瓶に一輪の花があった。白い花びらは星のように開いている。
その花びらを指で触れながら、ルキは微笑んでみせた。
「星読花。ハルル、キミが用意してくれたのかい?」
「え? いいえ? 師匠ッスか?」
「ん? いや、俺じゃないが」
「ああ、そうなのか。じゃぁ治癒術師さんがくれたのかな」
そう言ってルキは指を組んで、笑った。
「えへへ。ルキさんが元気そうで良かったッス!」
「ふふ。まぁあれくらいの戦闘でくたばってるようじゃ、雷の翼は名乗れないからね」
ルキがいたずらっぽく微笑むと、ハルルも笑った。
病室の扉が開く。
赤茶の髪の、鋭い赤目。真夏だというのにコートを着た彫の深い顔の男、ナズクルが部屋に入ってきた。
「揃っているな」
ナズクルの言葉に、さっそくルキが真っ直ぐ睨みつけた。
「おい。ナズクル。まずはボクに言うべきことがあるんじゃないか? え?」
「……ああそうだな。計算外を詫びよう。
まさか《雷の翼》の一員が後れを取るとは計算外だったよ」
「こちらも計算外だったよ。
交差点の町の勇者ギルドと教会がまともに機能していないとは。
まさか、ヴィオレッタと一対一しか手段が残ってない状態とはね。
いや、国の軍事責任者である参謀長は一体何を考えているのかな」
ルキとナズクルが睨み合う。
ルキから聞いたが、馬の合わないこの二人の溝は、根深いそうだ。
隊長だったのに、俺、知らなかったけどね……。
「あのー。魔王復活のことは新聞に載せてないんスか?」
二人の間を割って質問したのは、ハルルだ。
空気を読まずににっこり笑っている。
──わざと、空気を読まずに割って入ったんだろう。よく気の回る奴である。
「ん……ああ。そうだ。混乱を招くのも拙いからな。それに確定していな──」
「いいや。魔王は復活しているよ。やはり不完全のようだけどね」
ルキの言葉にナズクルが頷いた。
「確証ありか」
「ああ。多分、あの狼だ。こっちの発動した魔法を分解して、その上……
黒い転移魔法を発動したよ」
黒い転移魔法。
それは……あの時の。
──雨の日、魔王討伐の最終決戦時を思い出した。
魔王城での決戦。
あと少しの所まで追い詰めて、魔王は転移魔法で王都城下町に逃げ込んだのだ。
その時、俺も見ている。黒い煙を……あれが、靄だったのか。
「何故、すぐに転移先の捕捉を行わなかったんだ? お前は逆探知が出来ただろう?」
「捕捉の為の魔法逆探知は、やったよ。結果的に失敗した。
……それ故に、魔王復活の確証だと思ったんだ」
「ん? どういうことだ」
ナズクルが訊ねると、ルキは腕を組んだ。
「ボクが転移魔法を逆探知出来る、なんて、誰が知っている?」
ルキの言葉に、俺も納得した。
そうか。言われてみれば確かにそうだな。
「普通、転移魔法の転移先なんて探知されることはないからね。
つまり、そんなことの対策をするのは、魔王しかいない」
かつて魔王は、最終決戦時に転移先を捕捉されてしまった。
賢者ルキの魔法によって。
そして、俺とサシャラが魔王を追って城下町へ。
……だから、対策をしていたのだろう。
「なるほど。魔王復活は確定だな」
俺が言うと、ナズクルもルキも頷く。ハルルは不安そうな顔をしていた。
「それと、ヴィオレッタという少女の術技のことが分かった。
そして私見だが……少女の目的の一端が分かったよ」
「何……本当か」
ナズクルが目を丸くした。
「ああ。少女は、《雷の翼》のメンバーの居場所を探しているようだった」
◆ ◆ ◆
「でも、ルキさんに付いてなくて、本当に良かったんスかね?」
ハルルが訊ねた。
俺たちは、交易都市の中央通りを歩いている。
行きも帰りも転移魔法。便利な世の中だ。
「まぁ、ナズクルも居るし、王都なら勇者も多いから大丈夫だろ」
ヴィオレッタの術技や、現在の状況を聞き終えた。
俺たちは、自宅──交易都市でしばらく待機となった。
《雷の翼》への復讐。
それが、目的だとしたら……いずれ必ず、目の前に現れる。
まぁ、俺は公式には死者だから、俺の前には現れないだろうが。
雲隠れされてしまったのもあるし、しばらくは元の生活に戻ることになった。
「はぁー……師匠がいうなら、了解ッスー……」
ハルルは少し不服そうだ。いや、かなり不服……いや。
「心配か?」
「そりゃ。心配ッスよ」
「お前なら知ってそうだが、ナズクルは戦闘力もあるから大丈夫だ。
銃と魔法と体術を使った戦闘は──」
「いや、そっちじゃなく、仲の悪さが心配なんス」
「あ、そっち」
ルキとナズクルの仲の悪さ。まぁ一朝一夕のモノじゃない。
「大丈夫だろ。いい大人なんだし」
「そうなんスけど。……ナズクルさん、ルキさんのこと、嫌いなんスかね。
ルキさんを、駒みたいに扱って」
「あー……いや。まぁ、お互いがそんな馬が合う方じゃないが……
ナズクルはルキを心配していると思うぞ」
「え? そうなんスか? 病室入って第一声が『揃っているな』だったのに?」
俺は苦笑いした。
不安げなハルルの……その頭を撫でた。
「意外と、優しいと思うぞ。ナズクルは」
「??」
◇ ◇ ◇
夕焼けの病室。
ルキは、明日の朝にはもう退院予定である。
治癒術をずっと掛けてくれた術師の女性が、ルキに夕飯を運んできた。
「──色々丁寧にありがとう。ああ、それと、この花もありがとうね。綺麗な花で」
治癒術師の女性にルキがお礼を述べると、彼女は首を傾げた。
「こちらの花は、私たちはやってないですよ?」
「え? そうなのかい?」
「はい。でも、素敵な贈り物ですね」
「素敵? そうなのかい?」
「はい。『花車』も人気ですが、やはり、『星読花』は──」
治癒術師のお姉さんが部屋から出た後、ルキは腕を組んで溜息を吐いた。
「まったく……それなら直接言ったらどうだい……」
『快癒を願う』という花言葉があるそうだ。
「しかし残念。花一輪で許す程、ボクは心の綺麗な女でも無いからね」
ルキは頬杖を付き、星読花を指で撫でた。
そして、呆れ顔で笑った。




