【09】、たすけて【20】
◆ ◆ ◆
この教会は、狂ってる。
私ラキちゃんは、素直にそう思った。
それは、ハニエリちゃんを賢者との会食へ見送った後の話。
教主は、先に教会に来た。呼び出され、今後の話をされた。
ハニエリちゃんを、今度は神殿娼婦だか聖なんちゃら娼婦女だかにするって話。
女中ちゃんである私ちゃんは、ハニエリちゃんを今後も随時、逃げないように監視しろ、っていう話。
なるほどね。
皆、頭に蛆虫でも湧いちゃってるんじゃないの。
でも、従ってるふりして、ハニエリちゃんに伝えないと。
それが、私ちゃんがハニエリちゃんを守る為に行えること。
その話の後、部屋を出る時に私ちゃんの背中に「面従腹背というのよね」という言葉が投げられた。
難しい言葉でよく分からなかったけど、つまりは、バレてたらしい。
そもそも……専属女中だから、いずれ処分するつもりだったのかもしれないけど。
背中から銃で何発か撃たれ、意識が跳んだ。
意識の水底で、夢を見た気がする。
私ちゃんは、ハニエリちゃんが笑ってるのが好き。だから。
そして、暗転した世界の中で、どれくらい時間が経ったんだろう。
「貴女なんて、生まれて来なければよかったの!!」
ヒステリックな声がした。
だから。
その時、なんで動けたのか、分からない。
多分、胸に穴が開いているんだけど、痛みなんてなかった。
ただ、この瞬間に動けなかったら。
今までの生きてきた意味すらも否定されるような気がした。
ハニエリちゃんのお母さんを突き飛ばした。
床に転がした。何か叫ばれたけど、分からない。
お母さんは抵抗した。
抵抗して、銃が乱雑に撃たれて、花瓶や私ちゃんや壁や、ともかく色々な物を撃ち抜いた。
転がり割れた花瓶の破片を握りしめ、それを胸に突き刺した。
悲鳴を上げて、転がり、動かなくなった。
ハニエリちゃんが何か言っている。
遠い。窓越しに喋ってるみたいで、遠かった。
だから、せめて、伝えないと。声が出ない。ああ。
ハニエリちゃん。
伝えたかったのに。ああ。
◇ ◇ ◇
銃声が聞こえて、オレたちが部屋に乗り込んだ時、全てが終わっていた。
血塗れのラキを助けようと必死に傷を手で塞ぐハッチ。
死んでいる男。それと、まだ息はありそうだが、胸に花瓶の破片が刺さってる女。
『どういう、状況なんだ。これは』
オレは勿論だが、狼先生ですら混乱したようだった。
「ハッチ、ちょっと手を退けて。止血するから」
だけど、すぐにレッタちゃんはやることを決めていた。
倒れたラキに駆け寄り、靄と何かの魔法を使ってすぐに治癒術を行い始めた。
ハッチは、ラキの手を強く握っていた。
「レッタちゃん。ラキ、助かる?」
「……」 答えられない。素人が見ても、ラキは。
「お願い……助けて。血でも、臓器でも……アタシの命でも。何でも、使っていいからっ」
レッタちゃんは唇を噛む。それから、目を瞑った。
「分かった。本当に、差し出せる? ハッチ自身の命を」
「うん」
即答だった。
レッタちゃんは、靄舞と唱えた。
掌に乗ったのは、黒いナイフだ。果物ナイフのように刃しかない。
その柄に、細い管が付いていて……その先が、ラキの首に繋がった。
変質し、首輪へと変わる。
「そのナイフで自分の心臓を刺──」
血飛沫が跳んだ。
レッタちゃんが言葉を言い終わる前に、ハッチは胸に突き刺していた。
「……躊躇ったり、疑ったりは、しないの? 原理の説明も、私はまだしてなかった」
血が、滲む。
レッタちゃんが靄でその血を拭う。
「レッタちゃんを、信じてるし……ラキの為なら、なんでも、する、し」
ハッチは激痛を堪えながら笑って見せた。
カンカンカンッ!
突然、鉄板を何回も叩くような、けたたましい警鐘が鳴り響いた。
──『誰か来て! ハニエリが! 教主様を殺したの! 地下に! 私も殺されそうなの、早く! 誰か勇者を呼んで!!』──
ヒステリック気味な声が頭の中に響いた。
布に包まったような、くぐもった声だった。
「な、何だこれ」
『拡声と念話の魔法を使った非常時用の緊急伝達だな』
狼先生が鼻で転がった女の方を指す。
『勇者たちの連絡装置で、建物内の人間全てに声を届ける魔法だよ』
床に転がったあの女が、何か筒状の物を持っていた。
「お前っ!」
オレが慌てて胸倉を掴んだ──うっ。
「ひっ、ひ。今もう、すぐに勇者が来るんだからっ」
夥しい血だ。
目も映ろだ。もうすぐに……。
手を離す。床に倒れた女は、血を吐いた。
『勇者が押し寄せる前に、ここを離れるぞ』
「ダメ。治療が出来なくなる。今、動かすのは危ない」
『だが、ここで治療など続けていたら、この子だけじゃなく全員が』
狼先生の意見が尤もだ。
その時だ。
ラキの手が、レッタちゃんの手を掴んだのは。
そして。震える声がこういった。
「たす、けて」
レッタちゃんは頷いていた。
「大丈夫だよ。助けるから」
だが、ラキはゆっくりと首を振る。
「はにえりちゃんを、たすけて」
血を吐きながら、ラキはその手を伸ばす。
ハッチは、言葉を失った。
ラキは、泣きながら笑う。
「『泡化粧』」
ハッチの姿が──黒髪黒目の女の子に、変わった。
そして、ラキの姿が──蜂蜜色した長い髪のハッチになった。
「え、え。何。ラキ……これは、どうして」
ハッチは混乱していた。
同時にレッタちゃんは、何かに気付いたように目を丸くした。
そして、狼先生も目を伏せて、部屋の外に警戒を向けている。
遅れて、オレが気付いた。
「身代わりになるつもり、なのか?」
「え?」
ハッチだけが、理解できていなかった。
「あの魔法の声で……ハニエリが殺したって、皆に念話飛んじゃったから」
確かに。
ラキが、ハッチの姿になって死体になれば、ハッチは自由になれる。
でも。そんなの。
「そ、そんなのっ。アタシは望んでないっ! ラキ! アタシはっ!」
「私は、その覚悟を尊重する」
レッタちゃんが立ち上がる。
『そう、だな』
レッタちゃんも、狼先生も、ハッチを力づくでも逃がすつもりだ。
「……ハッチ。逃げよう。一緒に」
ラキに、身代わりになって貰えば、確かにハッチは助けられる。
「いやっ。ラキを置いてなんて!」
その為に、黒髪黒目にしたんだろう。
『君がここにいる方が、ラキは悲しむと思う』
ラキは。
『受け止めるんだ。そうして生きていく他ない』
でも。
「やだっ、ラキっ」
そんな結末でいいのか。
転がった男の死体。
ハッチのお母さんという死体。
それから。ここにいる皆が。
そう。
手繰り寄せた欠片が、集まるように。
「ら……ラキの、変身って……これに、使えないか」
「もし、上手くいったら、ラキが身代わりにならなくて済む。
そしたら、ラキも治療出来るかも。死ななくて済むかもしれない」
捻り、出したのは……不可能かもしれないこと。
だけど、これなら。
「……ガーちゃん。それって」
「無理かもしれないけど。この花瓶とか。
いや、条件に合うものなら、何でもいいんだ……とにかく、ハッチの顔に変身させられないかな」
割れた花瓶の中で、まだ無事そうなモノを取って、ラキの手に触れさせた。
変身術は──発動した。
いや、見れば偽物とわかる。人形の頭だ。
駄目だ。やっぱり。身代わりを作るのは。これじゃ。
「……ガーちゃんっ。それだよっ!」
『しかし、頭だけあっても仕方ないだろう』
「それは、その死体を切って使おうかと」
『な……切る、か』
「なるほどね。ガーちゃん。任せておいて」
レッタちゃんは、転がった死体を見て笑い──刻んだ。
ハッチのお母さんの手を──男の足を千切る。足は拉げたように見せかけて。
傍から見たら、凄惨な殺人現場だ。
死体二つを弄り、入口から見えない部分の肉や皮をこそいで。
ただ。それでも。
作られたハッチの死体人形の顔はやはり偽物だ。
そして、胴体も継ぎ接ぎが目立つし、よく見れば誰だって人形だと分かる。
「これじゃ」
「大丈夫。勇者たちに確認させてから、全部燃やせばいい」
「ど、どうやって!?」
「簡単だよ。私が、囮になればいい。戦闘のドサクサで、全部燃やせば解決でしょ?」
◇ ◆ ◇
描写中の人物名を間違えるという大変なミスがありましたので修正しました。
申し訳ございません。




