【09】私に講釈を垂れるな……!【19】
◆ ◆ ◆
交差点の町、中央『白黒石通り』。
「一度降りるね」
『カァ!?』
空中を飛ぶ王鴉は混乱した声を上げた。
有 無を言わさず少女ヴィオレッタは王鴉の背から飛び降りる。
綿のような黒い靄舞を生み出し、その上に着地。
そして、眼前のガス灯の青白い光に照らされ、薄く銀色に光るそれを見る。
手押し車輪。義足。彼女はゆっくりと灯りの下へ体を見せる。
「妙な縁だね。キミと、ボクは」
星空のような紫黒の髪。片眼鏡。
右腕と両脚が義肢の車椅子の賢者──ルキ。
猫のような目で、少女ヴィオレッタを冷ややかに見た。
「そうだね。本当に、会いたくも無かったけど」
「その割には、すぐに降りてきてくれたじゃないか」
「そりゃそうだよ。賢者のおばさんにノアちゃんを撃ち落とされるわけにはいかないもの」
「へぇ。賢いじゃないか。年齢を見る目は無いみたいだけどね」
「くすくす。アラサーはおばさんで良くないかなぁ?」
「ふふふ。発育も悪い子供におばさんと煽られても怒らないよ」
「? 胸の大きさのことを言っているなら、私は成長途中。おばさんは、絶壁だね」
「そう見えるならそれは嬉しいね。着痩せするタイプでね。
見せるべき時に大きく見えた方が良いのだよ」
「ふぅん。常に綺麗な形の方が、いいとは思うけど」
「いいや。隠しておくべきだよ。『胸』も『技』も、『魔法』もね」
瞬間、ヴィオレッタは反応が遅れた。
闇の中から細い何かが跳んできた。銃弾のような針だ。
ひらりと、さながら猫のように回転し避ける。
数発、刺さっていた。
左手の甲に、サボテンの針のような細い黒針がある。
「ヴィオレッタ。キミはもう負けているよ。
王鴉を守る為に地面に降りた時点でね」
(不意打ちなんて卑怯じゃん?)
声に出さずに自らの靄で針を抜き落とす。
すぐに靄で左手を覆う。
駄目だ──そう判断し、左腕の二の腕辺りを紐状にした靄でキツく縛った。
「こっちはキミを捕まえる為に万全を期して戦いに挑んでいる。
しかし、キミはどうだ? 誰でも見て分かるさ」
「靄舞、己衣」
右腕に黒靄が集まり、右腕が真っ黒になった。
ヴィオレッタが真っ直ぐルキへと駆けた。
「顔色が真っ青だ。しっかりと栄養と休息、取れていないんじゃないか?」
放たれた水の槍。ヴィオレッタは間一髪で躱す。
(大丈夫……まだ、出来る)
ヴィオレッタはサイドステップと跳躍を合わせ、一瞬にしてルキの真横へ移動した。
相手の虚を突く移動術。それが、ヴィオレッタの移動技術である。
正式名称を、瞬縮。彼女の師に教えて貰った技だ。
だが、その移動は前回の戦闘でも見た。つまり──ルキは対策済みであった。
「ボクの背後側、その辺りは踏まない方がいいぞ。さっきも言ったろ?」
ヴィオレッタは、石畳に着水した。
「!?」
「キミを捕まえる為に、万全を期していると。──全ての仕込みは、完璧な状態だ」
沼。
ヴィオレッタが踏んだ場所は石畳に見えたが、その実、沼になっていた。
両脚がどっぷりと浸かり、暴れても抜け出せない。
「残念だよ。久々に全力で戦えるとも思っていたのだがね」
ルキの溜息に、ヴィオレッタは鼻で笑い返す。
「おばさんのこと眼中に無さ過ぎて、手抜きしすぎただけだよ」
「そうかそうか。口だけは回るな。よかったよ。
今のが本気だとしたら、流石に悲しいからね」
「……それにしても……毒に罠ね。くすくす。
高名な勇者パーティー《雷の翼》の一員と思えない卑怯な戦い方だったね」
ヴィオレッタが挑発すると、ルキはふんと鼻を鳴らした。
「そうだね。キミが逃げ回るから、こういうふうにしたまでさ。おかげで捕まえられた」
「捕まえたかったの? くすくす。懸賞金目当てかな?」
「残念ながらボクらがキミを捕まえても懸賞金は出ないそうさ」
車椅子が向きを変えて近づいてきた。
合わせて泥水がうねりながら、さながら飴細工のように伸びて蛇に変わる。
蛇がヴィオレッタの両腕を縛り──胴も縛り上げた。
腕を動かせば胴にキツく食い込む仕掛けであろう。
「勝敗は決したな」
泥水が固まり、灰色に変わる。
「泥、カッチコチ。凍ったみたいだね」
「そう。そういう魔法さ。さて……いくつか質問をする。
答えなくてもいいが、オススメしない。
ボクと同じ、義肢屋の世話になる体になりたくないだろう?」
ヴィオレッタは足を動かそうとするが、やはり抜けない。両腕も、動かせない。
「何故、教主たちを殺した?」
「……」
「答えろ。聖女も、その母までも殺すとは。何故だ。あの人たちがキミに何をしたんだ?」
「別に、何も」
「……何」
「ムカついたから。私に立ちふさがったから、思い知らせた。それだ──ぐっ」
両腕を縛る蛇が体に食い込むほど強く巻き付いた。
ヴィオレッタの体からミシミシっと軋んだ音がする。
「人の命を、何だと思っている!」
「……研究材料かな。それか、実験すべき定義っ、くっぁ」
縛り上げられる。細い体が折れる程に。
「殺された者の、残された家族の痛みや、苦しみが、お前に分かるのかっ!」
ルキは、腹の底から声を荒げた。
「ボクたちはずっと見てきたっ! 魔王によって殺された仲間たちのっ!
父や母、恋人や妻が! どれほど今も苦しんでいるか、お前に分かるか!
命はオモチャでもない! 研究の道具でもなければ、お前がどうこうしていいものじゃない!!」
「……れ」
ヴィオレッタが何かを言った。
ルキは睨みつけた。ヴィオレッタも、ルキを睨んでいた。
ヴィオレッタの口が、動く。
「黙れ。ルキ・マギ・ナギリ。私に講釈を垂れるな……!」
血走った眼。ヴィオレッタの右腕に集まっていた黒い靄が──異常な発光を始めた。
肌に悪寒が走ったルキは、すぐさま次の魔法を組み立てた。
「靄舞身衣!」
「石造石柱、拘束!」
「砕爆!!」
地面が──橙黄色に赤を加えた色味の炎で、爆発した。
爆心は、ヴィオレッタの右腕。
──自爆だ。
ルキは気づく。あの右腕の靄はそういう効果だったのだと。
そして、拘束を振りほどく為に、自らの腕を爆破し、吹き飛んだのだ。
ルキは空へ指を向ける。必ず上にいる。
「『水弾・散』!」
「『靄舞身衣』──」
水の弾丸を全身に受けながら、ヴィオレッタはまっすぐに降下してきた。
その左腕は。
「『撃滅する腕 』」
振り下ろされた左腕は、黒一色。
光沢のある漆黒に洗練された五指。鋭利な刃物のような爪を持つその黒い腕は、まるで。
悪魔、いや、魔王の腕。
ルキはまっすぐに向かってくるその腕に恐怖は覚えたが、怯みはしなかった。
ルキは直感していた。あの一撃はヴィオレッタの今出せる最後の一撃だ。
この一撃より早く魔法を組めれば、勝てる。
だが。……あれを止める大魔法は、間に合わない。
我武者羅に地面に転がる石を尖らせ、ヴィオレッタに向けて放った。
ヴィオレッタの一撃は──ルキの足に振り下ろされた。
義足が、砕け散る。
「これで、終わ……りっ」
膝から崩れ落ちた、ヴィオレッタ。
ルキは地面にこそ転がっているが、体を起き上がらせる。
「……破壊力は、凄まじかったな」
ルキは、ヴィオレッタの状態を見る。
その右腕は内部から爆発しており、骨折しているだろう。
左腕は無事だが、肌が爛れたようになっている。高温だったのだろうか。
──末恐ろしい。術技の副作用か、何かは分からないが、不調に救われたとしか思えない。
ルキは素直な感想を内心で延べ、指を振る。
砕けた義足を使って、ヴィオレッタの両手を縛──るその時。
銃声が響く。
向かって来た銃弾は、ルキが手前で落とした。
「誰だ。この子の仲間か?」




