【09】ファンブル【18】
◆ ◆ ◆
正しいことを、選べない時がある。
選べる選択肢全てがどうしようもない結末だと分かっていて、それでも選ばなくてはいけない。
そして、選んだ結果が作り出したのは、もうどうしようもない状況だった。
銃を構えなければよかった。
いや、そもそも、抵抗せずに犯されておけばよかった。
もっといえば、そもそもこんな人たちと一緒に生活するのを辞めて、逃げてしまえばよかった。
何が、間違いだったんだろう。
「違うんです違うんです。主神様、あの子が、ハニエリが教主を殺しました。
ですが、私は違います。あの子の母ではありますが、私に責任はないです。
血の繋がりなど関係ありません。大いなる御心様、御心様。
あの子が殺しただけで私は関係ありません。私は無関係。私は無関係」
狂信ってる母を横目に、アタシは手に握っていた銃を落とした。
顔に付いた返り血の生暖かさが、体の筋肉を全て溶かしているようだった。
アタシは、父を撃った。
アタシが、殺した。
立ち上がって、ラキの元へ。
ラキは。
血塗れで、それでもまだ少し息があって。
ラキ。
ごめんね。ごめん。
アタシが、どうすれば。どうしてれば、貴女はこんな目に遭わずに済んだの?
ね。どうしたら。アタシは貴女と、ずっと楽しく過ごせたんだろう。
どこから、おかしくなってたの?
「あ、ああっ。この子さえ、こんな子さえ存在していなければっ!
主神様っ! どうか、お許しをっ! お許しを!!」
後ろから、髪の毛が掴まれた。
無理矢理倒された。そして、ママは私に馬乗りになっていた。
こんな子さえ? ははは。
ママ。お父さんがあなたと結婚した理由、知ってる?
アタシを聖女に担ぎやすくする為だよ。
でも、ママは本気であの人のことを好きなんだね。
アタシよりも、ずっとずっと、好きなんだろうね。
さっきの銃が、アタシに突きつけられた。
ああ、アタシ、銃を手放してたっけ。
眉間に銃口が付きつけられた。
ママ。
「貴女なんて、生まれて来なければよかったの!!」
そっか。
そもそも、アタシが生まれたことが、致命的な間違いだったんだね。
アタシさえ生まれてこなければ、ラキは死なないし、ママも幸せに暮らせていたのかな。
だったら。もう。
「ママ」
アタシを撃ち殺して、終わりにしようよ。
◆ ◆ ◆
「この先だ!」
階段を駆け下り、教会地下へ。
そして、通報を受けて押し寄せた勇者たちはその凄惨な光景に絶句した。
死体が三つ。どちらも凄惨な死体だ。
血塗れのギルド総長代行のホーネリアス卿。
全身に刻まれたような跡があり、手足が拉げていた。
ホーネリアス卿の奥方の小柄な女性。
両腕は無残に切断され、血を吐いて死んでいる。
そして。
「聖女、ハニエリ様……っ!」
聖女ハニエリの死体は、衣服は剥ぎ捨てられている。
体に四、五発の弾痕。夥しい量の出血痕が見られた。
その死体の向こう側。
血塗れのベッドに、少女は座っていた。
黒い衣装の少女は、左の膝を抱えて座り、そのすらっとした右足で血だまりをつんつんと突いていた。
「貴様が、殺したのか!」
背中から黒い靄を羽のように生やした少女ヴィオレッタは、くすくすと笑う。
「うん。そう。私が全員殺した」
「っ! 捕らえろ!」
号令に合わせて勇者が三人走り寄ってきた。
「靄舞、刻め」
合わせて、靄が舞う。血飛沫が舞う。首が舞う。
号令を上げた隊長が目を疑う光景だった。
ヴィオレッタは体一つ動かさず、向かって来た勇者の首を飛ばして見せた。
くすくすと笑いながら、ヴィオレッタは立ち上がる。
少しおぼつかない足取りではあるが、目だけはまっすぐ勇者たちを見ていた。
「靄舞、飛び散れ」
命令に呼応し、その背の靄が壁に張り付いていく。
──やばい。何か来る。
「全員、下がれっ!」
「燃えちゃえ」
靄が青く炎を生み出す。
そして、壁を這い、一気に燃え広がる。
「っ! なんなんだこいつはっ! くそったれめ!」
隊長が怒鳴り声を張り上げて、杖を構え魔法を放つ──その刹那、杖が弾かれ上に吹き飛ぶ。
近距離戦。ヴィオレッタは既に懐まで潜り込んでいた。
「なっ」
隊長の顎を、ヴィオレッタの右ストレートが揺さぶった。
少女の腕力とは思えない力で、隊長は壁まで殴り飛ばされた。
「た、隊長がやられたぞ!」「か、囲めぇえ」
残り二人。だが戦闘を行わず、ヴィオレッタは廊下を走り抜けた。
階段を駆け上がり、鉄扉を蹴り飛ばす。
外には、勇者たちが十数名。
急に出てきたヴィオレッタに、全員が慌てふためいた。
「こいつ! 手配書の女じゃないか!」「中の隊長たちは!?」
「おいっ、中から火がっ!」
「靄舞……走れ」
息を切らせながら、ヴィオレッタは術技を放った。
蛇のようにうねる靄の塊。ボロボロと靄が崩れながらも、勇者を三人程を薙ぎ払う。
「がはっ!?」「ぐっ!!」
だが──威力は出ていない。
靄が消える。ヴィオレッタの背中の靄も崩れた。
ヴィオレッタは頭を押さえる。
「っ! 今だ! 魔法を撃てぇ!」
氷、炎、風。あらゆる属性の弾が撃ち込まれた。
しかし、ヴィオレッタには掠りもしない。
「くそっ! 増援だ! 増援を呼べ!」
周囲を固められる。
地下からも勇者が上がってきた。
「逃げれると思うなよ!」
「そう? 意外と簡単に逃げられそうだけど」
くすくすとヴィオレッタは微笑む。
余裕の顔を浮かべているが、その額には汗を浮かべて、肩で息をしている。
「体調不良か? 息が上がってるぞ!」
岩の塊が弾丸のように押し寄せる。
「全然、体調不良じゃない、けど」
強がりを呟きながら、軽く攻撃を避ける。
「ここらへんで、いいね……靄舞」
背から、靄が生まれる。
「その攻撃の射程は見切ってるぞ!」
剣を構えた勇者が切り込んでくる。
靄の羽でそれを防ぎ弾いた。
「全員、攻撃を撃てぇ!」
(あんまり、おんなじ手は使いたくなかったんだけどね)
「──光れ」
靄が──爆発するように輝いた。
「うわっ!?」
夜にも関わらず、靄が放った閃光はあたりを昼間のように照らし、一瞬で勇者たちの視界を奪った。
(前に賢者と戦った時に、有効だった技。目晦まし)
「ノア!」
ヴィオレッタが空に向かって声を出す。
半月を背にして、黒く大きい鴉が下りてきた。
「では、皆様、さようなら」
ヴィオレッタは冗談めかしたセリフを残し、王鴉に掴まった。
勇者たちが視力を取り戻した時には、彼女は空へと逃げていてた。
「なんなんだ、アイツは!」
「ともかく、中を確認するぞ!」
「お前らっ……!」
地下から、傷つき火傷を負った隊長と呼ばれる勇者が戻ってきた。
「隊長! ご無事で!」
「急げ……おっ、お前ら。あいつを、追うんだっ……あいつが、聖女様たちを殺したっ!」




