【09】魔王を討とう【12】
◆ ◆ ◆
「つまりだね。適材適所が出来ていないというクレームだよ」
耳飾り通話機へ、彼女は声を向ける。
車椅子に乗り、義足の足を組むのはモノクルの女性。
夜空のような紫色の長い髪、猫のような細めの目。
魔王討伐を果たした勇者の一人、ルキ・マギ・ナギリ。
通話の相手はナズクル参謀長。この国の中枢の人間である。
彼もまた魔王討伐を果たした勇者の一人である。
『緊急案件と聞いたから、無理に繋いだというのに。クレーム相談窓口ではないんだがな』
耳飾り通話機は試作機だ。
子機から子機へ連絡は出来ない為、この通話は親機を交換機で繋いで無理やり行っていた。
「ナズクル。この西方へ『ジン』を派遣せず、ボクを置いたのは、何故だい?
西方レンヴァータ地区は広大な土地だ。
魔族・人間・獣人の三ヵ国が戦争し奪い合っていただけある。
そんな広大な土地に、小回りの利かないボクを置く意味はなんだい?」
『……』
「ナズクル。答えたらどうだい? 適材適所、出来てると思うかい?」
ルキは自身の車椅子を撫でる。
『問題ないと思った』
「問題あるだろ。キミが先ほど伝えてきた作戦とやらでは、ここからボクは西方地域を北上していく訳だろ。
それならジンの方が機動性は圧倒的に上。素早く行動出来るだろう」
『……そうか?』
「すっとぼけるのも体外にしろ。車椅子だよ、こっちは」
低い声でルキが言うと、ナズクルはまた無言となった。
「もっと言えば、ジンの力は陸でこそ発揮される。
キミだってよく分かっているんじゃないのか?」
『いや。指摘を受けるまで把握していなかったな。作戦指揮として不手際を謝罪しよう』
「おい。そうじゃない」
『しかしながら、もう軌道に乗ってしまった作戦だ。容赦願おう。
そうだ。次の目的地の交差点の町だが、勇者ギルドの総長と連絡が取れないんだ。
その確認作業が終わったら、休息でも取って──』
「そうじゃないだろ!」
ルキが声を荒げた。
「ナズクル……キミは」
『なんだ』
「……魔王を、本当に追い詰める気があるのかい?」
確信を衝いた。
『……ルキ』
「最初の洞窟くらいだったよ、魔王がいるかもと思ったのは。
そこから行く先々に勇者を配置するまで滞在したが、どこも閑静な村や町だった」
『木を隠すなら森の中とも言うだろう』
「そうだね。でも、交差点の町はこの辺りで一番大きな町だろ?
都市に近い。勇者もそれなりに配置されている筈だよね」
『西は管理が及んでいないからな。一つずつ頼むよ』
「……ナズクル。何かあったのか?」
電話の向こうで、声がしない。
「キミと、付き合いは短くない。直球で聞こうと思ったんだ。なぁ、ナズクル」
『流石、賢者だな。色々見えているようじゃないか』
「いいや。見えていない。だから質問するんだよ」
『そうだったな。そういう奴だったよ、ルキも、ライ公も』
ナズクルは深く息を吐いたようだ。
『それでも、お前たちに話せることは何もない』
「……ナズクル」
『今も昔も魔王を討つ。それだけだ』
通話が切れた。無音の中、ルキは唇噛む。
話にならない。煙に巻かれた。
通話用の耳飾りに手を掛ける。
怒りのまま引き千切って捨ててしまいたくなるが、諫めて空を見上げる。
西方の空は曇り。雨は無さそうだが、天気は悪い。
──ボクとナズクルは十年前も仲が良い方ではなかった。
それは考え方の違いで、仕方のないことだと納得はしていた。
それでも同じ目的へ進むから、信頼はあった。背を預けられる仲間で。
今もそうだと思っているのは。
「ボクだけか? ナズクル」
キミが仲間だから。ジンは、何も言わずに作戦に乗っているんだ。
ボクだって噛みつきはするが、キミが言うから作戦に乗っている。
「なのに。キミは……何をしようとしているんだ」
◆ ◆ ◆
通話を終え、ナズクルは耳飾り通話機を胸ポケットに仕舞う。
空には、星が見えなかった。月も薄く見えるだけ。
「……ライ公。それに、ルキ……」
溜息交じりに言葉を吐いた。
ナズクルは、一歩一歩、石畳を進む。
「すまないと、思っているよ」
そして、扉を開けた。
古い木製の扉が、音を立てて開いた。
「魔王を討とう」
「ええ。すふふ。魔王を! ああ、旧魔王フェンズヴェイを討ちましょうとも!
ワタスシたち魔族連合貴族院『十二本の杖』は全面的に協力致しますよ! ナズクルさん」
甲高い声。空気が抜けるような笑い方。
ナズクルの目の前にいるのは、青いインコのような鳥の頭をした背の低い男だ。
よく見れば、鳥の頭を被っているだけ。魔族の中でも特段、奇妙な魔族である。
みすぼらしいローブを纏ったその男は、ローブの裾から木の枝のような手を伸ばした。
「ええ。よろしくお願い致します。スカイランナーさん」
ナズクルは、その手を握り返した。
「すふふ。お互いの未来の為に!」
「ええ。協力しますよ。
我々王国は、『十二本の杖』の皆様を盟友として歓迎し──
今後は貴殿たちに感謝することになるでしょう」
眉一つ動かさず、ナズクルは挨拶をし、足を踏み入れる。
ナズクルを招き入れた城は、自動的に扉を締め切った。
跳ね橋もゆるりと上がる。
旧魔王城の中へと、ナズクルは消えた。




