【02】俺も、よく知ってるよ。【04】
『私ごと……私が、私で、あるうちに……!』
死闘だった。文字通り、死が積み重なった闘い。
それが、魔王と勇者たちの最終決戦だ。
斃れた仲間は数知れない。
失った物も数知れない。
賢者は右腕を失い、弓使いの聖女は血塗れで倒れた。
勇者王ライヴェルグもまた、聖剣を失い、女騎士から槍を借り受け戦っていた。
仲間たちや多くの者の血と屍を積み上げ、ライヴェルグは、魔王の心臓に深々と槍を突き立てる。
これで、七個目。魔王の七個目の心臓を貫いた。
命の数を確認できる目を持った聖女が言う。
『これで魔王の命は、後一つ、だよ!』
後一度、殺すことが出来れば、この戦いは終わる。
魔王は言う。『よくやってくれた』と。
そして笑う。『生き残った者が勝者だ』と。
魔王城から、奴は逃げた。黒い煙を残して。
魔王が使う転移魔法だ。普通なら見失ってしまうが、賢者の魔法なら、転移先を補足することが出来る。
『やられた。城下町に、いる』
逃げた先は、王国中央の城下町。
魔王の狙いはすぐ読めた。『魔王は命を補充するつもりだ』
人間百人の命を吸い、自分の命の残機を作る。それが、魔王の能力だ。
すぐに追わないと被害が広がる。
だが、一昼夜戦い通した勇者パーティーはすでに満身創痍だった。
空間移動魔法は後、一回……使えても二回しか、使えない。賢者が悔しそうに告げた。
だから、俺と、女騎士のサシャラと二人で魔王を追いかけた。
城下町に空間移動すると、既に魔王は多くの民を殺し、家を燃やしていた。
魔王の放つ爆炎魔法から民間人を守る。
サシャラと俺の連携で、魔王は追い詰められた。
最後の時が訪れる。
魔王の放つ黒く禍々しい毒炎を槍で斬り抜け、爆音と爆炎の中、ついに魔王の右腕を斬り飛ばした。
魔王の右腕を斬り飛ばした直後──魔王の奥の手──奴の左手が黒い槍のような形となり、俺に迫った。
その不意打ちを、サシャラが身を挺して受けた。
今思えば、魔王の放ったあの黒い槍は、剣ではなく、寄生虫が繰り出す針のようなものだったと分かる。
そこから魔王は、自らの残りの命をサシャラに流し込んだ。
サシャラに寄生し、生き残るために。
黒く変色し始めたサシャラの顔。
だが、サシャラはにやりと笑って告げた。
『これでもう逃がすことは無い』
『私ごとやれ、ライヴェルグ!』
魂が削られるなんて、内臓を無理やり引きずりだされるような、想像絶する激痛だった筈だ。
それでも、サシャラは、俺に語り続けた。
『私が、私で、あるうちに……! 私ごと、貫け』
そして、俺は。勇者ライヴェルグは。
最も信頼する親友であり、背中を託せる相棒であり、
初めて恋をした相手を──殺した。
雨が降り、爆炎が消え、もう冷たくなった仲間の体を支える。
サシャラの最後の言葉は、忘れない。
そして、背後を振り返った時。
『人殺し』
爆炎で、魔王と俺と、サシャラのやり取りは誰も聞いていない。
残ったのは、魔王をサシャラの心臓を彼女の槍で貫いた、その場面と──民衆の冷たい眼差し。
『仲間殺しだ』『人殺し』『仲間ごと魔王を殺した』
『人殺し』『今が魔王討伐のチャンスとでも思って刺したのか?』
『魔王劣勢だったのに、え、仲間ごと?』『人殺し』
『人殺し』
◆ ◆ ◆
「ライヴェルグってのは勇者でもなんでもなく、ただの『人殺し』なんだよ!」
男が、罵声を上げた。
だが、どこにも、俺が否定の声を上げるべき場所がない。
なぜなら、それは。『人殺し』が、事実だからだ。
ライヴェルグ、という言葉を耳にして、カウンターで酒をひっかけていた奴が笑い出す。
隣の男は、眉を曲げて、忌々し気な顔をする。
「クソ野郎の名前がこんなところで出るなんてなぁ!」
「酒がまずくなる」「だるいだるい」
「冒険者として、いや、人として、一番やっちゃいけない『仲間殺し』をそいつはやったんだぜ!?」
雑誌を床に投げつけた。
周りの人間も騒ぎ出す。なんだなんだ、と注目が集まった。
「ライヴェルグの雑誌?」「おいおい、ギルドになんてもんもってきてんだ」
「ライヴェルグは禁句って、ギルドじゃ暗黙の了解だよな」
周りの雑踏が言う通りだ。
「『仲間殺しのライヴェルグ』なんか、見たくねぇってんだ!」
雑誌を踏もうと足を上げた。
ぐしゃっ、と、本は踏まれ──ない。本は、無事だ。
代わりに、俺は、俺の手を、本と、男の足の間に挟んだ。
「あぁ!? なんだお前!?」
「し、師匠!?」
何やってるんだろうな。俺は。
「この本は、その子が大切にしているものだ。悪いが踏まないでくれるだろうか」
膝をつくような姿勢で、俺は、お願いをしてみた。
「はっ! お前もあれか。何も知らないやつかよ! 仲間を殺した、裏切り者。ライヴェルグ! あの城下町で、みんな見てたんだぜ?」
「ライヴェルグが、女騎士サシャラごと、魔王を貫く、その瞬間をよ!」
俺の手をぐりぐりと踏みつける。
抵抗をすることは、容易だ。だが、俺は、どうしても抵抗する気が起きなかった。
何故か。簡単だ。
「魔王討伐の為なら、仲間を犠牲にしていいもんなのか? はっ、俺はそう思わないね!」
「そうだそうだ! 俺たちは皆、あの時、見てたんだ!」
「勇者側優勢! もうちょっとで倒せる所で、わざわざ、なぁ!」
「勇者なら何でもやっていいのかよなぁ!」
「魔王からの攻撃を、身を挺して守った女騎士をよ。勇者が殺したんだ! 女騎士ごと刺して、魔王を討つ。非情にも程があるぜ!」
これは──この罵詈雑言は、すべて事実なのだから。
ここにいる誰も、俺がライヴェルグだとは知らない。
だが、俺は、大切な仲間ごと、魔王を殺した。その事実は消えない。
だから……この罵声は、本来、俺が浴びるものであってる。
これでいいんだ。これで。
「俺も、よく知ってるよ。仲間殺しの勇者のことは。気分を害したのは悪かった。だが、この本はこの子にとって大切なものだ。もう止してくれ」
「はぁ? 大切なものねぇ、そーかよ」
頭の上から、麦酒が掛けられた。
「クソ食らえだな」
周りの嘲笑と下卑た笑い声が良く耳に響く。
だが、これでいいんだ。これで。
『ドゴォオオオン!!』
爆撃のような振動と、大量の水しぶきが散らばった。
何が起こったのか、その時、俺も含めた全員が声を失い静かになる。
麦酒が詰まった酒樽が、あの男の頭の上に降ってきたのだ。
それを投げた奴は走って俺を横切る。
銀白の髪を揺らして、ハルルは、自分の身長よりはるかにデカい男に掴みかかった。




