【09】これは友達の話なんスけど【10】
◆ ◆ ◆
「こ、これは友達の話なんスけど」
「おお。もうマジ、べったべたに自分の話が始まった~」
「ちょっとメーダ! それ分かってても言っちゃ駄目!
ハルルちゃんがもう話せなくなるでしょ!!」
「えー、でもこのタイプは恋バナでしょ~?
あれかな。ずっと話しに出てたあのお師匠さんだよね?
あのピアノの曲の時に見たけど、顔は結構、優しそうでいい感じだったよね~」
「メーダ、ちょっと黙りなさいよ!
ハルルちゃんの顔真っ赤になっちゃったじゃん!」
「マジで相談やめるッス……」
「まぁまぁ。もう冗談じゃ~ん。で~、その友達の話、続けて欲しいな~」
駆け出し『勇者』、職業が魔法使いのメーダはにやにやとハルルを追い詰めた。
「やめなさいって。まったくもう」
金髪の剣士の少女ラブトルはメーダを小突く。
ラブトルとメーダ。
この二人はハルルにとって、仲のいい先輩であり大切な友達だ。
二人とも年齢は、ハルルより一つ上の十七歳。勇者歴も一年先輩である。
ちなみに、勇者階級は八級の為、階級はハルルの方が上だったりする。
とはいえ、三人とも、特に気にした様子はない。
三人でクエストに行くこともあれば、こうして時間のある時には食事をすることもある。
「ごめんね。ハルルちゃん。で、その『友達』がどうしたの?」
ラブトルはにこりと微笑む。
もちろん、『友達の話』がハルル本人の話だということは百も承知だ。
──ぶっちゃけ、この恋バナ、超気になってます!
──なんだかんだで、人の恋バナ大好きなんだよね~。
ラブトルとメーダは微笑みの下でそんなことを思っていた。
「えっと。その……と、とりあえず、その、友達と、その子の好きな人とが。
ちょっといい雰囲気みたい、でして。
ぶっちゃけ、その好きな人は、友達のこと、どう思ってるんでしょうか!!」
(なるほど。友達ちゃんは、好きな相手様が自分をどう思ってるかを知りたいと)
「その、いい雰囲気って具体的には?」
「えっと……手を繋ぎまして」
「手を? どんな繋ぎ方? 相手の手に挟まれた?
それとも、普通の握手みたいな感じ? いや、やっぱり指を絡めた形かな??」
「ら、ラブトルさん、だいぶ食い気味に来ますね」
「ご、ごめん。そうね、言わなくてもいいよ。とにかく手を繋──」
ふと、目の前のハルルはもじもじしだす。
「……その。指を、こう、絡めるような」
「恋人繋ぎか……」
「え、ええ?? そんな名称が!?」
「それってさ~、どっちからやったの~?」
メーダが気の抜けた声で問いかけた。
「えっと、自然に? なんか、夜の海辺で隣同士に座ってたんスけど」
「何そのロマチ」
ロマンチックのラブトル式の略語だろう。
「右手の指と、その人の左手の指がぶつかったりして……。
最初はぶつかるたびに避けちゃったりしてたんスけど。
その、ちょっとずつ重なったりして……。
それで、会話中に冗談で触れたり乗せたりしてたら……
気付いたら、こう絡まっていた、みたいな。え、えへへ」
ラブトルとメーダは目線を送り合う。
目線の動きだけで伝え合う暗号機の如き暗号文。
(ラブトル司令~。気づいたら絡まっていたって何~???
ハルルの指は巻き尺かタコの触腕なんでしょうか~──どうぞ)
(メーダ少佐。落ち着いて体制を立て直してください──オーバー)
「その。指を絡めて繋いだまま……ずっと星を見て。その間、星の話をしてくれてて」
「「それ、確定で好きだと思う」」
メーダとラブトルがハモった。
「で、でも。その……師匠から見た私って弟子……というか。
妹みたいな存在なのかな、って思っちゃう時があるんスよね」
もう隠しきれてないけど、突っ込まないでラブトルは聞き流し頷く。
「どういう時に?」
「えっと。蛇竜を倒した後に、よく頑張ったって、撫でられて。
いや、その私的には撫でられて嬉しかったッス!
でも後々考えると、あれ、これって妹扱いなのかな、とか考えてしまってるみたいで」
女の子に見られてないのかな、って。と俯きながらハルルは言った。
第三者から見れば。
((カップルの惚気にしか聞こえんが))
ではあるが、当の本人は真剣に悩んでいるようだ。
ハルルは少し天然な部分があるのはラブトルもメーダも承知だった。
その為、ラブトルは少し溜息を吐く。
「そういうことを悩むくらいに、好きってことでしょ?」
「すっ」
ハルルが耳まで赤くなる。
「……自覚してしまって……あんまり、部屋にいられないようになってしまったッス」
もう自分のことと自白しているようなものだが、とラブトルは苦笑する。
「実際……歳の差もあるッスから」
「そんなに離れてたっけ?」
「はい。十個くらい離れてるッス。自分、十六で。師匠が二十六なんで」
もう隠せてないハルルだが、二人とも気にしないで会話は進んだ。
「十個差かぁ。憧れるなぁ」
「え~まじ~? ハルルちゃんには悪いけど、やっぱ年上はムリだなぁ……」
「それはメーダがショタコンだからでしょ」
「げふっ!」
「普通は年上の男に憧れるでしょ。あたしは十個差なんて問題ないって思うけどね。
寧ろ五十代男性の色気に萌える。刻まれた皺と浅黒い肌。
首筋やごつごつした手に浮かぶ血管」
「……寧ろラブトルがオジコンじゃ~ん。
てか五十じゃ起つものも起たないんじゃね」
「なっ! 五十はまだビンビンだよ!
寧ろここ一番の大舞台の為に溜まってるだろうし、
何より何年もの蓄積と経験による技術が──あ」
ハルルが目線を泳がせて、頭から湯気を出している。
見てる二人が恥ずかしくなるほどの顔の赤さだ。
「そ……そういう、話。ぜ、ぜんぜん、余裕なんで、続けていいッスよ」
「あー、初心なハルルっちには、ちと早かったねぇ~」
「ご、ごめん。メーダとはちょっといつもこういう下世話な話しちゃうから」
「イ、イイン、スヨ。ヲ構イナクッス」
「ロボみたいになってるよ、ハルルちゃん」
「ま~でも、歳の差があると妹扱い、ってリアルにあるかもね」
メーダが頬杖ついて言い放つ。
「や、やっ、やっぱり、普通、そうッスよね」
「でもさ、気が無い相手の手は握らないんじゃない?」
「そそそ、そうなんスかね?」
「ん~……やっぱり実際のやりとり見ないと分からないよね~」
「それは、まぁそうね」
どうにかして二人のやり取りを間近で見る方法を考えねば。
と、ラブトルが腕を組んですぐだった。
「あ~、閃いた。今からその師匠さんに、弟子入りしてみよ~よ」
メーダがぽんっと手を叩いた。
「ええ!? で、でも師匠は、弟子取らないって言ってまスし」
「門前払いされたら、ハルルっちが特別扱いされてる証明になるね~」
「なるほど。で、オッケーになったら、お師匠様の様子を見れる、と」
「そそそ! さらに言っちゃえば、自分らの勇者階級もあがるチャンス~!」
「ええ?」
「あんた、それが狙いか」
ラブトルが目を細くしてメーダを見る。メーダはニヤッと笑って見せた。
「だって、ハルルっちをモノの二ヶ月くらいで六級に仕上げた人だよ~。
自分らも一気に五級とかに仕上げてくれるかもしれないじゃん~?」
「でも、そんな簡単に引き受けてくれないと思うッスよ」
「そうなの?」
「ええ。弟子を取りたくない、教えたくない、って人ッスよ、師匠は。
私ですら粘りに粘ってようやく教えて貰えたんで!」
◆ ◆ ◆
「ん。剣術とか教えるくらいなら、いいよ。教える」
二つ返事で返答すると、ハルルが少し青い顔をした。
ん。何なんだ?
お前が珍しく友達連れて来たから、気を利かせて引き受けてやったというのに。
どうしてそんな顔をしてるんだか。
まぁ、大人の余裕。大人の余裕。
今日の昼読んだ恋愛ハウツーの文字が頭の中を泳いでいた。




