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【09】それだけは誓える【09】

 

 ◆ ◆ ◆


『前にも伝えただろ。あの子との契約終了が、次の冬の終わりだ。

それが過ぎた時に初めて、あの子の残りの命と、その体を私が貰う。それが契約だ』


 心臓が、鳴り止まない。

 狼先生が、魔王。それに……次の冬が過ぎたら……レッタちゃんの体を貰う。


 貰うって何。乗っ取るとか言ってたよな。どう、え。

 どういう、ことだ。

 とりあえず、この場を離れ──あ、ちょ、手が滑っ


 ぽとっ。


 落とした。なんてありがちなミスを。

 オレは手に握っていた煙草の箱を落としてしまった。

 やばい。

 気付かれたか。いや、煙草の箱くらいじゃ大丈夫か。


 ガサっと茂みが揺れる。


 間違いなく、来てる。

 どうしよう。いや……そうだ。


 オレは、堂々と庭園に向かって歩き出す。

 きっと今、後ろ姿が見られているが……大丈夫。オレ、今、女の子の姿しているんだから。


 大丈夫……だよな。

 後ろから、刺されたりとかしないよな。

 木の間から、狼が顔を出すんじゃないよな。


 オレは、庭園に戻れた。


 ……若い貴族が、何か話しかけてきた。呆然とそれを受け流す。

 狼先生……魔王だったのか。

 ちょっと前、狼先生って実は、殺人鬼とか魔王とか、凄い奴かと思ってた、などと冗談めかして言ったことがあった。


 当たってたのか。マジか。

 いや、それより。

 レッタちゃんが、危ないのか? でも契約って言っていた。

 レッタちゃんと狼先生の間に、何か契約があるのか。



 それから、どれくらい時間が経ったか。一時間、くらい経ったのか。


「ガーちゃん、探したよ。もう今日は終わりだってさー」

「大丈夫か、真っ青じゃん?」

 レッタちゃんと、ハッチが顔を覗かせた。

 ここまで、探しに来てくれたのか。


「ちょっと、体調が」

「大丈夫?」

 レッタちゃんがおでこに手を当ててくれた。ひんやりして気持ちいい。


「アタシ、荷物取って来るわ。二人ともここで休んでて」

「ああ。悪い」

 ハッチが屋敷に預けていた荷物を取りに行った。


 レッタちゃんは、オレの隣に座ってぼんやりと空を見ていた。

 ……訊くべきだろうか。狼先生とレッタちゃんの契約とやらを。


 それとも、訊いたら、おしまいなんだろうか。

 オレの頭の中が、鉛筆でノートを力いっぱい引っ掻いたようにぐちゃぐちゃになっていく。


 オレは、考えるのが得意じゃない。

 契約とか、命とか、次の冬終わりとか……頭のいい人なら理路整然と何か見えるのかもしれない。


 でも、わかんねぇ。オレは。どうするのが、正解なんだ。どうすれば。


「臆したら負けだ、死ぬしかない」


 レッタちゃんが口を開いた。

 その言葉は何回も聞いた。レッタちゃんが一番好きな言葉だ。

 狼先生が、教えてくれたって言っていた。


「自分の中にある唯一絶対なモノさえ守れれば、あとは捨ててもいい。

そう考えたら、私は怖いモノ、無くなったんだ」

 そっと、手がオレの手に重なった。


「ガーちゃんは、何が一番大切?」

「……オレは」

 決まってる。オレはレッタちゃんの手を、握った。


 今どうするべきかは、何も分からない。

 だけど、そう。そうだけど。


 この先で何があっても、オレはこの手を離さない。


「オレ、レッタちゃんを裏切らない。それだけは誓える」


「くすくす。ありがと、ガーちゃん」


 ただ、オレの心の中には、もやもやした気持ちが残っていた。

 狼先生。彼が何を考えているのか、今はまだ分からない。


 ◆ ◆ ◆


 ハルル。あいつが何を考えていたのか、今となっては分からない。

 ただ、俺の胸の中には、もやもやした気持ちが残っている。


 いや、そわそわか。


 あの離島から帰ってきて、一日過ぎた。

 ナズクルもルキもまだ作戦行動中とのこと。

 伝令役の勇者さんから伝えられた最後の指示は、交易都市で待機していていい、とのこと。


 という訳で、あのまま海路で直帰してきた訳だ。


 魔王の再臨。少女の謎。世界の均衡。確かに大切だ。

 魔王を野放しにすると多くの人間の命が奪われる。

 少女も同じだ。放置はできない。

 また争いが生まれれば、各国に攻め込まれる隙が生まれ、世界は戦渦に飲み込まれるだろう。


 だが、それを理解した上で……悪いが今の俺の議題はそれじゃない。


 まず目先。

 あの海での出来事。一日過ぎた今でも、左手が熱い。

 あの海で。星空の下で。


 俺、ハルルと手を繋いだ。


 もっと言うぞ。


 俺、女の子と手を繋いだ。

 いいか。柔らかく華奢なあの女の子と、手と繋いだ!


 がっつりと、指を絡ませるタイプの手を繋ぎました!!


 どうせ脳内の独り言だから、好きなだけ言うが、俺は恋愛経験および女性経験はない。

 童貞を越えた童貞──童帝二十六歳だ。手繋げたらそれで嬉しいんだよ!


 ……いかん、自分で言ってて恥ずかしくなった。


 部屋で俺は読書中。

 ハルルは部屋にいない。ギルドに顔を出すと言っていた。


 思い返す。ハルルの笑顔を。

 一心不乱な所。訓練中の真っ直ぐな目。負けじと食いつく顔。

 寝てる時のあどけない顔。美味しい物を食べてる時の小動物みたいな頬張り方。


 そして、最後には笑顔を浮かべる。

 ああ、どの笑顔も……。


 これが、人を好きになる、なのか。


 それに……何より……あれ、だよな。

 ハルルは、俺を好き、でいいんだよな。

 

 しかも、それは……師匠としてではなく。男として、で、いいんだよな。

 ……周囲を警戒する。

 ちょっと術技(スキル)も発動する。索敵──よし、誰も居ないな。


 立ち上がり、本棚の裏側。新聞に包まれたものを取り出す。

 エロ本ではない、情報誌だ。情報誌。散れ散れ!


 表紙と中身にエロい所はあるがそれ目的で買ってる訳じゃない! 

定期購読などしていない!!


 この雑誌の22p超えたあたり。『異性人ラビリンス』と『大人クラブ~下世話の章~』の間に確か、恋愛チェックリストがあったはずだ。

 ほらあった。よく読み込んでるからな。……いや、読んでないけど。


 いや、無駄な葛藤は止そう。ハルルが帰ってきたら全て終わりだ。

 それまでに必要な所を読む。なんなら絶景を使ってでも読み切る。



 ~~~


『ドキッ! おんなの本音 ~キミを好きな合図~』

 脈あり女子の行動と態度!

 身近な女子がキミをどう思ってるか! 男子の諸君は、知りたいヨネ!

 今日は占いの伝道師さくさくが女子の脈あり行動をズバッと掲載しちゃうゾ!


(1)アイコンタクト

 →目が合うって、つまりキミを見つめてる証拠! 

 やっぱり目が合う時間が長ければ長いほど……!?


(2)彼女いる? って質問される

 →女子は好きな相手に彼女の有無を確認するのよ!


(3)2人でクエスト行こう、って誘われる

 →ギルメンより二人だけで……! 脈あり相手だから安心してるの。

 頼りになる人と行きたいじゃん……。


(4)○○くんだけだよ! って言ってきたらガチ!

 →『○○くんにしか話せないよ』『○○くんだけだよ』これはガチ!


(5)手を繋ぐのを嫌がられない

 →これはもう脈ありっしょ!

 でも急に男子から手を伸ばされたら怖いからいきなりは駄目だゾ!?


 ~~~


 ──やはり、脈あり、でいいんだな。


 そして、本の続きを読む。


『ただ、ガツガツと来られたら、女の子は身構えちゃう!

男の人に求めるのは、カッコいい大人の余裕!

だからまずは徐々に脈ありかどうかを確かめながら、デートに誘ってみると◎!!』


 ふぅ。ここまで読んで冷静になった。

 そう、これは雑誌だ。内容何て信憑性の薄い眉唾モノばかり。

 ゴミ箱がちらりと目に映る。


 ……。

 新聞で綺麗に包み、本棚の後ろへ隠す。


 いや、本を捨てるっていうのは、なんかあれだしね。

 ハルルにバレルかもしれないし。

 内容に関しては、二割も信じないけどね。俺はな。



 ……ガツガツいかず。大人の余裕だな。よし。


 

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