【09】1D100【07】
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交差点の町は巨大な町だ。
ここ十年で急成長をした町であり、町というより都市に近いほどだ。
ある程度の大きさになった町は、どこでも同じだが、東西南北の四区域に分かれている。
中央から南側は一般商店。東周辺は、ホーネス教会を筆頭に研究施設関係。
北周辺がギルド関係に宿場。南周辺には学問関係。
西は馬車の発着駅が多く、その裏通りに歓楽街と風俗街がある。
詰まる所、大交差点は王都から最も近いグレーゾーンの集積地だ。
それから、大交差点にいる若い貴族の間で、『サロン』という物が流行っている。
西方で言うサロンは、王都近郊で行われている『文学サロン』のような教養のあるまともな同好会ではない。
王都での流行りの猿真似の『自由サロン』。
やる内容は、文化貢献や文化交流などではなく、エロか酒か賭博か。
その夜は、ちょうどよく賭博サロンが開かれていた。
もちろん、公に賭博やります、などとは言えない。
隠語や暗号でこういうものはやり取りされる。
さらに言えば、サロンと銘を打っている故、貴族たちしか入れない。
取り締まられることもほぼ無い。
庭園で談笑していた貴族の若い男たちが急にざわついた。
「おい、あれ見ろよ。貴族の坊ちゃんと、その後ろの二人」
「やべぇ、可愛いな」「声掛けたら?」「お、おれ、突撃するか」
視線は全て、この時間に現れた客人たちに向けられている。
貴族のボンボンらしい男と、黒髪の少女……そして。
「凄い……美女だ」「ああ。ヤバい。演劇女優か?」「オペラ歌手かも」
黒褐色の肌に似合う豊満な体。上背があり、足もすらっと長い。
彼女はラインがくっきり出るゴールドのドレスを身にまとい、手に持つ赤い皮のハンドバッグを乱雑に肩に掛けた。
長いウェーブがかった赤い髪をかきあげる。
その少し荒れた育ちを感じさせる仕草。
だが、それがいい。貴族の坊たちにはそれが色っぽく感じられ、釘付けになっていた。
一人の貴族の坊と、黒褐色の女性の目が合う。
魔物のような黄色い目は冷たく蔑むような、人を寄せ付けない目だった。
だが魅力的。そういう冷たい目に若い貴族たちはゾクゾクしていた。
黒褐色の女性は──隣を歩く少女を見る。
「オレ、マジで女なの」
「くすくす。そーだよ。ガーちゃん。マジで女なの。超綺麗じゃん!」
「は、ははは。超綺麗なんだな、オレ……複雑だ」
「いやぁ、いいね。服も似合うし、逸材だった」
「術技で色々弄ったからだろ」
「女には変えたが、顔立ちは元の物だよ。
その辺を変更する術技は使ってなかったからね」
「……嬉しくはねぇなぁ」
そう、彼女は男である。今は、全てにおいて女である。
だが、実際は術技で女の姿になっているだけ。
「なんでオレが女になる必要があったんだよ……」
「仕方ないのさ。こういうサロンに男性二人組は入れないからね」
静寂の聖女と呼ばれていた女性──こちらも今は男性──ハッチがカラカラと笑いながらそう言った。
「なんだその貴族の謎ルール」
「ここは、表向きじゃ社交界といっても、出会いの場みたいなモンだからな。
馬鹿男たちは、女性を多くして少しでも確率アップ狙ってんだろ」
「なるほどな……。いや待て、それならハッチが女のままでよかったんじゃねぇの?」
「それは駄目だよ。アタシの顔、貴族社会じゃバレバレだから」
「ああ、そうか……聖女様でしたね」
「そーだよ。悪いね」
「でも、可愛いし綺麗だし、見れてよかったよ」
黒い少女、ヴィオレッタは目をキラキラ輝かせて笑った。
ガーちゃんは、ちょっとだけニヤケた笑顔を浮かべた。
「レッタちゃんが見たかったなら、いいか」
「アンタ、レッタちゃんに対しては異常に甘いよね」
「そりゃまぁ当然よ」
胸を張って言うガーちゃんに、ハッチは苦笑いした。
「さて。じゃぁ屋敷の中の賭博で遊ぼうか。
レッタちゃんは賭博は何が分かる? カードとか、ルーレットとかは?」
「んー。何も知らないかな」
「マジ?」
「大マジ」
「仕方ない。じゃあ、アタシが教えてあげよう! さぁ、行くよ!」
「おーおー。流石、賭博狂いな聖女様。
遊びになったら唐突にエンジン入ったな」
「そりゃそーさ。賭博こそ我が人生」
ギャンブルは適度に楽しむ遊びです。のめり込みに注意しましょう。
興味関心の対象が多少問題あれど、水を得た魚のような顔を浮かべるハッチ。
その姿にレッタも、ガーちゃんも少しだけ安心していた。
「じゃぁ、色々教えてね。ハッチ」
「オレも賭博はカードしか分からないから、頼むよ」
「任せておいて、レッタちゃん、ガーちゃん!」
楽しそうにハッチは笑った。
◆ ◆ ◆
「ポーカー・テキサディ・ホールデム。ルールは覚えちゃえば面白いっしょ?」
一枚ずつ明らかになっていく場の五枚のカードと、二枚の手札を合わせて役を作るカード賭博。
オレは面白いが、レッタちゃんが目を細くした。
「役、覚えられないや」
「オッケー。次行こう!」
ハッチ的にはオッケーなんだ? まぁいいけどさ。
ルーレットを覗いたが、賑わっていて出来そうにない。
そのまま隣の卓に流れ着いた。
ダイスゲームか。
「1D100?」
聞いたことのないゲームにオレは首を傾げた。
「最近流行りのダイスゲームだよ。
シンプルで面白いから、やりながら説明するよ」
ハッチはそう言って卓に入った。
「その10面ダイスを2つ使うんだ。黒いダイスが10の位。白いダイスが1の位」
「ほうほう。なるほど、出た目を競う感じか」
「そうだね。胴元より低い目を出す、っていうゲームだね」
「へぇ、低い数字を作るのが目標なんだ」
1D100は、胴元対参加者の構造のゲームだ。
最初にディーラーが10の位のダイスを1度振る。
それを見て、降りるか降りないかをプレイヤーが選ぶ。
降りるならチップ2枚を胴元へ支払う。
その後、プレイヤーが10の位を振り、その出目次第で再度降りるも出来る。
その場合はチップ3枚支払いだそうだ。
最後は、ディーラーとプレイヤーが1の位を振り、その出目で勝敗を決する。
ディーラーは数字の5が出た。10の位だから、50~59か。
5なら行けると、参加表明。チップ5枚掛けだ。
ハッチは2が出る。おお。ってことは20~29!
「勝ち?」
「いや、まだ。特殊役のゾロ目がある。234以外で同じ数字が揃えば、成功。
そのゲームは勝ちになる。
1のゾロ目は決定的成功。掛け金の倍勝ちだね。
あ、ゾロ目同士だと引き分けね」
「234のゾロ目は意味ないんだ?」
「ううん。234のゾロ目は失敗で、倍払い。
それと、もう一個特殊なのがあって100を出すと致命的失敗になる。
致命的失敗は相手に掛金の十倍払いになるね」
「マジかよ。十倍ってヤバいな。あれ、でも100って出なくないか?」
ダイスを見る。0から9までの10面ダイスだ。
下が、0で、上が99じゃ。
「出るよ。00が、100になるんでしょ」
レッタちゃんが言うと、ハッチは頷いた。
「正解! だから1の位で0が出ても、安心できないのがこのゲームの面白い所」
ダイスを振るう。
ハッチのダイスは転がって、9を出した。29か。
そして、ディーラーのダイスが……一の位を5。あ。
言ってる傍から、相手が奇数ゾロ目だ。なるほど。
「こ、こういうゲームさ」
うむ。運の要素の強いゲームね。
しかし、手軽に出来るから流行ってるのかもしれないな。
暇な貴族たちの良い遊びだ。
「難しくなさそうだし、私もやってみよっかな」
レッタちゃんはハッチの隣に座る。
カランカランとサイコロが転がり、ゲームが始まった。




