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【09】勇者リリカちゃんへの依頼【03】

◆ ◆ ◆


 飲み切ったグラスを置き、よしっとハルルは立ち上がった。


 蛇竜との戦いから、四日も経った。

 昨日、A級勇者とやらが五名到着。意外と好青年たちだった。


 引継ぎも終え、この島の滞在も今日までとなった。

 次は一度、交易都市の自宅等で待機して欲しいとのこと。


 そこから詳しい連絡があるそうだ。

 結局、あの靄の少女たちの詳しい話も聞けていない。どういう状態なのだろうか。


 この後、夕方の便で島から出る。と伝えたら、村長さんが壺に入った古酒を持ってきた。

 酒の味に詳しい訳ではないのだが、あれは相当いい物だろう。


 別れの酒に、是非。とのことだ。

 だが、酒を飲むとハルルは駄目になる。

 春先の惨劇を思い出すと……まぁ、船の上でトンデモないことになったら、本当に最悪だ。

 丁重にお断りし、別れの麦茶に変更してもらった。


「……で、この別れの酒って、なんの儀式なんス?」


「昔の酒好きのロクでもない男たちが考えた、酒を飲む口実にすぎませんよ」

 ハルルの言葉に答えたのは、お婆さんだ。

 背の低い優しい顔を困ったようにして、村長へ向けている。

 村長は苦く笑って見せた。


「旅立ちや別れに対して息災であれと願う意味があるんじゃが」

「とのことだ」


「へぇ~そうなんスね!」

 まぁ、文化の始まりはお婆さんの言った通りなのかもしれない。

 こればかりは分からないな。


「何にしても、ハルル先生、ジンさん。二人とも、お元気でいてください」

「また村に来てくださいね」

 村長とそのお婆さんに言われた。ありがたいな。


「何から何まで、本当にお世話になりました」

「お世話になりました! ありがとうございますッス!」


 お世話になった村長の家から出て、俺たちは頭を下げた。


「それにしても……最後なのに、リリカはどこへ行ってしまったのかしら」

 お婆さんが溜息を吐く。ハルルも少し寂しそうに笑う。

 昨日から、リリカちゃんは俺たちを避けていた。というか、ハルルを避けていた。


「お別れが、寂しいんでしょう」

 俺が言うと、ハルルが少し目の光を落とす。

 ハルルも寂しいんだろうな。


「後で、船の出向の時には連れていきますね」

 お婆さんが気を利かせてそう言った。


 ん。おっと。言ってる傍からか。

 俺の真横にある木の影から暴漢(・・)が出てきそうだ。

 二、三歩前に避けさせてもらうぞ。



「ぼんばーてぃあー!」



「リリカちゃ──ぐふうー!!」


 ハルルの鳩尾に見事に木の棒がめり込んだ。

 そうだな。割と痛そうだ。受け身こそ取っているが、しっかり一撃貰ってるみたいだな。

 まぁ、誰だって、リリカちゃんのじゃれつきを避けるなんて無粋な真似はしないだろう。


 ちなみに、リリカちゃんは竜人(ドラゴニア)族だ。

 長命の為、八歳ではあるが、思考能力は五、六歳程度。

 逆に、八歳ではあるが、その腕力は中学生男子くらいある。


 まぁつまり。あれは痛いぞ。いくら受け身とっても、痛かったろうな、あの一突き。


「リリカ!?」「何してるんです!」

 村長たちが慌てた声を上げた。

 小さな二本ある竜の角が特徴的な少女は、ぴょこぴょこ動いている。


 竜人(ドラゴニア)の幼い少女、リリカちゃんは木の棒を持って微笑んでいた。


「すごいな。リリカちゃんは。もうお師匠様を倒したな」

「にひひ!」

 リリカちゃんは楽しそうに歯を見せて笑ってくれた。

 大分、心を開いてくれたようだ。


「いやぁ、強いッス。リリカちゃんは」

 ハルルは立ち上がる。それから、少しかがんで、目線を合わせながらリリカちゃんを撫でた。


「ししょぉ。リリカ、一撃入れた!」

「あはは……そッスね。リリカちゃん、強いッス」

「怪我した?」

「いえ、してないッス」


「ううん。怪我した。だから、家で、治るまでいる」

「え、ちょっと、リリカちゃん?」


「怪我、治るまで。ううん」

 リリカちゃんは、ハルルに抱き着いた。ぽふっと、優しい力で。

 それで、ぎゅっと力強く。


「行っちゃヤダ」


「……ごめんね。リリカちゃん。私」

「ヤダっ! まだ、ししょぉと。ししょぉに」

 ぽろぽろと、涙が落ちている。

 このくらいの歳の子にとっての、お別れってどれくらい重たいんだろう。


 リリカちゃんにとって、ハルルは本当に大切な友達だったんだろう。

 ハルルも抱き締め返す。


「えへへ。リリカちゃんが、こんなに私を好きになってくれて、嬉しいッスよ」

「ししょぉ」


「リリカちゃん。いいえ、勇者リリカちゃん。

こほん。其方に王からの依頼(クエスト)を与える! 険しき任だが、心して聞くのだー!」


 まるで、物語の王様みたいな口調で、ハルルは言葉を並べた。


「これより、其方はこの島の勇者! 

これから先、村長さんやお婆さんのいうことをよく聞いて、よく手伝い、

村の人と仲良く過ごすこと!」


「リリカ、いつもみんなと仲良い!」

「偉いッス! じゃあ、それに追加するッス。

リリカちゃん。師匠の私がまた島に来る時まで、この島を守って貰えるかな?」


「師匠が来るまで?」

「そう。島の平和は勇者リリカちゃん託したいッス! 

私がまた来るその日まで。お願い出来るかな」


 お前、少し泣きそうじゃん。

 背中しか見えてないけど、肩、揺れてるぞ。


「……うん。うんっ」

「また来るッスから。その日まで。ずっとずっと、笑顔でいてくださいね」

 ハルルはリリカを強く強く抱き締めていた。


 ◆ ◆ ◆


「島、残ってもいいんだぞ」

「はえ!?」


 定期便の上──定期便と言っても、乗客二十名が限界くらいの帆船だ。

 その甲板で、ハルルは潮風に吹かれながら目にいっぱい涙を貯めていた訳だ。


「今生の別れでもねえのに、ずっと涙目だから。

そんなに離れたくなきゃいりゃいいんじゃねぇの、って思っただけ」

 俺が言うと、ハルルは目を擦った。


「ここに残ったら、ジンさんの面倒を見る人がいなくなっちゃうんで」

「ほう。言うじゃねぇか」

「えへへ。日々成長してるんス」

 少し元気が無さそうに見える。


「それに。あの子を止めないと」

 ハルルの言葉に、俺は何とも言えない不思議な感覚になった。


「あの子?」

「? ナズクルさんの依頼ッスよ?」

 いや、そうなんだけど。

 何か、引っかかったんだが。

 出航の合図のベルが鳴る。

 船が風を受け動き出した。


「ハルル先生ー! ありがとう!」「また来てくれー!」

 気付くと港には村人たちがいた。ハルルは手を振られている。

 手を振り返す。


「ししょぉー!」


 その中で、木の棒を高く掲げたリリカちゃんがいた。


「また、必ず! 島に来てね、っす(・・)よー!! その日まで、島はリリが、守るっす(・・)よー!」


 あーあ。

「リリカちゃんに伝染(うつ)しちゃったな。お前の語尾」

「えへへ。そッスね! じゃあ、どんどん伝染(うつ)す方針で!」


 伝染(うつ)さんでいい、と呟くと、ハルルは笑う。


「十年後、どっかの誰かみたいに、師匠(おまえ)のことを探して見つけるかもな」

「えへへ。そうかもしれないッスね! でも、それより先に、会いに行くッスよ!」

「そうか」

「はい!」


 真夏の太陽に負けないくらいの元気と笑顔で、ハルルは島に向かって手を振った。

 

 

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