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【02】『その時、勇者が動いた』【03】


「じゃあじゃあ! レセギス大海賊団を討伐した時のことを教えてくださいッス!!」

「いや……あれは、話すような内容じゃ……」

「でも、ほら、『その時、勇者が動いた』だと、ライヴェルグとサシャラさんの二人で全二十隻の艦隊を沈めた! って書いてありますよ! ほらここ!」

「あー……いや、これは流石に驚きの超改変だな。俺とサシャラが先行して、船長を取りに行ったんだよ」

「そうなんスか! じゃぁ、一隻も沈めてないッスか?」

「いや、何隻かは落としたけど、精々、三隻くらいだな。船長がいる旗艦に最短ルートを作ったんだよ、その時は。で、海賊の船長、レセギスっつったっけ? その船長をサシャラが斬った」


 日が沈みかけた、夕方の交易都市。

俺とハルルは、中央から少し離れた、少し寂れた公園にいた。

 ベンチに腰掛け、『その時、勇者が動いた』という、魔王討伐勇者の略歴を書いた本を二人で読みながら、ハルルの質問に答えていた。

 あれ……なんで、俺、自分の魔王討伐の歴史をハルルにレクチャーなんてしてるんだ……。


「へー! かなり、事実と違うんスね!」

 ああ、そうだ。

 交易都市に戻ってきて、ハルルが、そういえば、とこの本を引っ張り出してきたのだ。

 表紙が獅子の兜姿の俺の横顔腕組アングル(黒歴史)の、『その時、勇者が動いた』という、クソダサいタイトルの本。


 この本に、勇者ライヴェルグは三日に一食しか食事を摂らない! って書いてあるんスけど、師匠、そうなんスか!?


 問われて、思わず突っ込みを入れた。

 そう、この本、内容が嘘てんこ盛り過ぎたのだ。

 所謂、尾ひれ。俗にいう『盛り』がヤバかった。


 王国騎士、千人斬り! してません。

 魔族の軍に対して、一人で奇襲! チームでやりました。

 素手で幹部を撃破! 途中で武器壊れて、止めだけね?

 爆裂魔法を受けても平然と立つ! 仲間が防御魔法使ってくれた時のあれか?

 敵城壁を爆破!! うちのチームの別の奴です。

 伝説の聖剣を真っ二つに折る! それは、折りました。

 彼女が百人! 最前線で、どうして彼女が出来ると思ったんだ。

 兜の下は絶世の美女! え、俺、女の子だったの?


 という具合。

 などとやってるうちに、ハルルの質疑応答にもナチュラルに答えてしまった。

「でも、こうやって訊くと、今更っスけど、私、今すごい人と喋ってるんスね……えへへ。感動ッス」

「本当に今更だな」

「……やっぱり、弟子にっ!」

「しないっての」

「ぬぬぬぅ」


 カーン、カーン。と、夕刻を告げる甲高い鐘の音が聞こえた。

「やば、ゆっくりしすぎたな」

「あっ、そうッスかね」

「ギルドのクリア処理は十九時までだぞ。ほら」

 俺は立ち上がって荷物を持った。

 夕刻、十八時に鐘はなる。ギルドまでは十五分も掛からない。まぁ、間に合うが、清算は早い方が──ん。


 服の裾が掴まれた。


 振り返ると、ハルルが見ている。その目が少しだけ潤んでいた。

「……」

 ハルルは、何も言葉を出さなかった。

 ──交易都市に戻って、こいつが報酬を受け取ったら、それで終わり。

 この後、ギルドに行って報酬が出たら、俺とハルルの、この時間は終わりだ。


 この時間? 


 ……正直に、認めると、悪くない、楽しい時間か。


 夕焼けの方を見る。眩しいくらいに絞られたオレンジ色が嫌になるくらい雲を塗っている。


「……茶とか、菓子とか。何もねぇから、遊びに来るときは、持ってこいよな」

 俺の口からそんな言葉が出た。

「!! はいッス!!」

 恐ろしいくらい元気な返事が来た。

 どこまでも楽しそうな声で、そんな明るい返事で。

「じゃ、行くか。ギルドに報告しに」

「はい! 行くッスー!」

「必要経費分は貰うからな」

「う、うッス!」

 夕焼けを背に受けて、俺たちは少し笑った。

 交易都市は、王国の中でも近代的な方で、こんな裏道からでも、ギルドまで行く道は舗装されている。

 日が完全に沈んだら、あのガス灯にも明かりが点くだろう。

「そうだ、さっきの続きなんスけどー。伝説の聖剣って、今はどうしてるんスか?」

「ああ……勇者の称号がなくなった日に渡したっきりだからな。どっかに保管されてるんじゃないか?」

「なるほど……実物、持ってみたかったッス……」

「まぁ俺の持ち物だったなら別に貸したがな。そもそも国宝だし、返すのが当然だろう」

 聖剣。まぁ、もう二度と使うことは無いだろう。

 嘘か本当か、神の力で鍛え上げられ、神話の時代から存在するという剣だ。

「その借りてた剣、折っちゃったんスもんね」

「ははは。言うな」

 折れても尚、『なんとかなった』。まぁ、神の力か、魔法的な何かが施されている。そんな聖剣だった。


 それはそうと。

「お前、ギルドとかでライヴェルグの話はするなよ?」

 『当たり前だが』、念のためにそう伝えた。

「え、なんでッスか?」

「いや……そりゃまぁ。……なんでも、だ」

「うーん。分かったッス」

 ハルルはしぶしぶといった顔で頷く。

「その本も、しっかり仕舞っとけ」

 本を取り上げ、でっかいリュックにぶち込む。


 そうこうしていると、勇者ギルドが見えてきた。

 交易都市の中央からやや西側に、その勇者ギルドの建物は建っている。

 元々、この地域で最も大きな宿屋を改装した建物であり、三階建てで宿泊用の部屋数は三十部屋を超えるという。

 駆け出しから熟練者まで、多くの職業勇者が使う勇者ギルドだ。

「何度見ても、凄い建物ッスよね……私の住んでた村の、村長の家の何倍もデカいッス」

「まぁ、南方区最大のギルドハウスだしな」

 開けっ放しのギルドハウスの扉。中からは楽しく酔っ払った笑い声が聞こえてくる。

「変わらないな」

 昔から、この光景は変わらない。ギルドと言えば、酒場が併設されて、誰かしらが倒れるまで飲んでいるものだ。

「でも若い世代からすると、入り辛くて嫌ッスけど」

 口を、への字にしながらハルルが言う。

 確かに、俺も最初入り辛かったな。

 俺とハルルは中に入った。



 勇者ギルドの中に入ると、まず酒場として開放されたスペースが広がっている。

 冒険者ギルドという名前だった時代から、何にも変わっていない。

 塗蝋(ワックス)が剥げた古い木のフローリング。至る所に貼ってある王都の地図、宝の地図、クエストロールに、仲間募集依頼書。

 ちゃんと掲示板に貼ればいいのに、と掲示板を見ると、もはや紙を貼りすぎて立体的に膨らんでしまっている。

 天井には、掃除されていないシャンデリア。ちょこっと蜘蛛の巣も張っている。

 壁際には無造作に積まれた人ひとり詰められそうな酒樽。麦酒が大量に詰まっていそうだ。


 広い空間の筈が、ぎゅうぎゅうに職業勇者たちで溢れており、手狭く感じる。

 雑然とした、それでいて、慣れてしまえば、どこか居心地もいい。そんな場所だ。

「報告は、受付か?」

「そうッスね!」

「よし、行ってこい」

 ハルルを前に押し出す。

 遠巻きに、受付嬢さんとハルルのやり取りを眺める。

 受付嬢さんは、にっこりと微笑み、手際よく色々していた。

 そこからの処理は、まぁ、昔と変わってないようだ。

 多分、素材の採取系だから真贋鑑定してからまた呼ぶので待っててくれ、という話だろう。

 何を話しているかまでは聞こえないが、時折、ハルルの横顔が笑っているように見える。受付嬢さんと上手くやってそうで何よりだ。

 一通り終わったのか、俺の方に走ってきた。

「真贋鑑定で一時間待ちッス! ちょっと前に別の素材クエストクリアがあったらしくて」

 一時間か。タイミングが悪かったな。真贋鑑定は十分も掛からないのだが……。

 ああ、そうか。ちょうどギルドの報告締め切り時間前だ。駆け込みで持ち込みが多かったのかもな。

「そうか、じゃぁ飯でも食うか」

「いいッスね! あ、奢るッスよー!」

「気が大きくなってるな? ま、でも、せっかくだ。奢ってもらおうかね」

 カウンター席に座り、注文をしている途中だった。

 ばんっ、と誰かがハルルのリュックにぶつかる。後ろの奴が立ち上がろうとしたのだろう。よくあることだ。

「ぐぇ」

「おおっと、悪いな嬢ちゃん──ん」

 男が何かを拾う。それから……おいおい、と声を上げた。



「おい、こんなクソったれなもんを持ち込んでんじゃねぇよ!!」



 怒声が上がる。俺も振り返り、引きつった。

その男の手には、『その時、勇者が動いた』があった。

「ライヴェルグのクソ野郎の本なんか持ち込みやがって!」

「返してくださいッス! 私のッス!」

 あ、ばかっ、お前!

「アア!? この本はテメェのか!?」

「そうッスよ! 私の憧れの勇者ッス!!」

「ハッ! 憧れ!? お前ら駆け出し世代は何にも知らねぇのか!?」



「そいつが『仲間殺しの勇者』だってことをよ!」




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