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外伝 水汲みの少女

「いいじゃん登録してよーケチー!」


 冒険者ギルドに少女の声が大きくこだまする。受付の提案に問題があったようで少女の様子はかれこれ一時間以上も、この調子である。



「騒々しいですね。落ち着いてお祈りができないではないですか」


 そう少年が壁際の席に座り神への祈りの邪魔をされて、鬱陶しそうにつぶやく。


「前例がないからだめなんて馬鹿な話があるかい、誰が迷惑被るの? 言ってみなよー!」


 少年が見る少女は小柄な体格で年のころ6、7歳というところだろうか。

 家の手伝いが似合う様な年齢で、ギルドに来る様な年ではない。とは言え


「私には関係ない話ですパーティーが組めずにはぐれものとなり、かべぎわで神に祈るだけの毎日ですからね。

 それにしてもひどいです、あの少女の格好はなんですか」



 少女の装備といえばカーテンや大量の布を体にまとい、さびた剣を腰に下げている。

 あれで冒険者になるとするなら、自殺志願者としか言えないだろう。


「お嬢ちゃん、何度も言ってるだろう。女の勇者は無理なんだって。あんたがいくら粘っても規則は変わらんよ、魔族様が支配する今の世と同じ事さ」

 

 受付の男の言い分に


〈もっともだ〉


 少年が心の中で同意する。



 腕に覚えのある者なら相手の力量をはかれるのだが、彼女はずぶの素人だとわかる。

 それは誰の目から見ても明らかである。

 しかし、なぜかギルドにいる誰もが少女から目をそらす事が出来ない。


 少女の声がうるさいので氣になっただけだ。


 壁際の席で祈りを捧げる少年。ヴォルデウス・アツォルフ・モートンはそう思うようにする。


 〈そうだ、それだけの事です〉



「お嬢ちゃんいいか? 冒険者になるなとは言わん。女の冒険者は履いて捨てる程いるからな。ただ勇者メインはやめときな。

 勇者はパーティーの心臓だぜ。

 パーティーの行き先を決めて、仲間に戦闘の指示を出す。わかるかいお嬢ちゃんには知識と経験の両方が足りていない。メイン/リーダーでなくサブでいいだろ?」


「なんでよー。行き先はあたしが決めたい〈勇者がいい〉って言っているでしょうー!」

「「ハハハハハお嬢ちゃん本気で言っているのか。ガキが勇者になるのは千年たとうが無理ってもんだろぉー。ギャハハ」」



 この動向を見ていたギルド中から笑い声が上がる。しかし少女は意思が強すぎるのか、絶対に譲らない。


 普通なら場の空氣に飲まれて萎縮しそうなものだが。しかし少女は『この状況は絶望でもなんでもない』という感じだ。

 決心したみたいに口を開く少女。


「じゃあ……あたしが……。女じゃなかったら良いんだね?」


 言うが早いか彼女は手早く髪をまとめるとギルドに響く大きい声で宣言する。なんて声量だ、全くよく通る声です。



「誰にも迷惑はかけないぜ、死んだなら俺はその程度の存在だったと思うだけさ。決っして誰かのせいに、したりはしない。俺を勇者で冒険者登録してくれ!!」

「……お嬢ちゃんには負けたよ。男の勇者登録をしよう。

 そういえばあんたの名前は? まだ聞いていないよな」

「俺の名前は〜〜」



 受付を納得させて自分の意志を通し抜く手腕は見事です。


 笑っていた者達も、少女の堂々とした姿に声が出なくなっています。

 とは言えあの少女とはパーティーを組まないようにしなければいけません。 


 彼女は猪突猛進〈※向こう見ずに突き進む事〉して早死にするタイプと見ました。



 ヴォルデウスがそう思う矢先に人を吸い寄せる様な笑みをたたえた少女と目が合う。



 魔王を倒す『はじまりの勇者』と呼ばれるアベルと最初の仲間であるヴォルデウスの出会いがこの一幕である。


 アベルは勇者登録の成果に、小さくガッツポーズをとると心の中で〈やったよエラリオ〉、と思う





 まだ暗い朝に起きてアベルは川まで水を汲みに行く。村に多数備えられた大ガメに水を入れるのが、この村での少女の仕事だ。



 少女は孤児であり自分を産んだ親の顔は知らない、物心つく頃には村で雑用をしていた。

 水汲みだけでなくお世話になる家の家事と雑事を全部こなす事で

 この身寄りのない少女は、ようやく村においてもらえるのだ。

 


「うんしょうんしょ、はぁ重いなあ」


 水場まで重い桶を何回も持って往復する。

 少女は一日かけても仕事が終わらずに泣く事もあったが、今は泣かなくなる。

 何故なら少女は泣いても誰も自分を助けてくれないと、わかってしまったからだ。



「ふぅー」

 

 水ガメにやっと半分の水が貯まる。

 少女が最近はつらい事よりも楽しい事を探す癖がつく。


 夏は星がきれいだし冬は空気が澄んで、太陽が別の光をはなつように感じられる。

 少女が短い人生のなかで一度しか見た事がない景色は少女の宝と呼べる特別になる


「お宝がまた見れないかなぁ、もう一度見たいよぅ」



 少女の生まれた村は閉鎖した場所だ。

 人も心も地理も、村に存在するルールでさえも。冷え切った氷のように静止している。


 村で決まる役割は死ぬまで変わらない。つまり少女の生涯は村の中で水を汲んで終える、そうなるはずだったのだ。



 成長し、勇者と呼ばれる未来の彼女なら


「何で俺の一度きりの人生を他人が決めるんだい!」


 などと怒るだろう





 少女が雑用をする夕暮にその人は来た。


 短い緑髪とオレンジの目をした女の旅人で、必死に周りを見渡している。


〈まるで何かを探すような素振りだなぁ〉と思う少女と旅人の目があう。



「君……が、私が探しているものだよね? ねえ! 君がそうなんでしょう? わた、私と魔族が決めた枠ではない、本当の冒険をしないかい? 無理にとは……言わないけどさ……」

「いいよ。あたしは冒険がしたい外の世界を見てみたい」


 少女の回答を聞いて固まる旅人は、号泣しながら胸につかえる思いを吐き出す



「やっと見つけられた! 魔王が支配する世界で冒険者になって外に出ていこうとする人間種なんてもういないと思っていたんだ! ()でさえ諦めていたのに、君が見つかって本当によかった」


 少女は抱きつき泣きじゃくる旅人の頭を『大丈夫さ』というように撫でてあげる。しばらくすると旅人は落ち着いたようだ。



 この出会いが停滞する世界の【最初の起動点】になる。


 魔神の策により作られた魔神の分身。世界を永遠に支配する魔王を討伐する勇者の誕生。神々が待ち続けた出会いとなるのである。



「恥ずかしいところを見せちゃったね。ごほん、私はエラリオ・ジンジャーアップル。お嬢さん、君の名前は? 」


 少女はこの質問に、その小さな体に似合わぬ大きな声で答える。


「あたしはアベルだよ!!」

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