3.とても幸せだと思えるようになったのです。
夜会当日──
アイリーンは目の前のゴリラ…ライリーに目を奪われていた。煌びやかな騎士服に身を包んだライリーは欲目無しに恰好良かった。
物語に出てくる王子様では無いが、屈強な体つきに精悍な顔立ちを更に高めるような騎士服姿はきっと会場中の視線を集めるに違い無い。
今日も縦ロールをピシッと決めたアイリーンは、ドキドキしながらライリーに差し出された大きな手に、自分の手を乗せた。
「そ、その、着飾った貴殿も…綺麗だ」
紳士の嗜みとしての誉め言葉でも、アイリーンは鼓動が高鳴るのを感じた。
「あ、ありがとうございます。…ライリー様も素敵ですわ」
そう返すので精一杯だったので、耳まで赤くなっているライリーに気付くことは無かった。
二人を乗せた馬車は王宮に辿り着き、煌びやかなパーティー会場へとエスコートされながら足を踏み入れた。
英雄であるライリーに会場の視線は一気に集められ、挨拶に来る者が後を絶たない。年頃の貴族令嬢達の視線も感じ、アイリーンは少し面白くない感情が湧き、自分でも戸惑ってしまう。
──わ、私どうしたのかしら…。今まで全く気にならなかったのに…。
ぎゅっとライリーの腕に絡めていた手に力を入れると、驚いたようにライリーに見つめ返された。それだけでドキンと胸が音を立てる。
何かを言おうとした瞬間──
「おやおや、ドライズ団長にアルバス嬢、今宵はお目にかかれて嬉しいよ。二人とも息災だったかい?」
目の前にセオドリクと、着飾ったルーナが現れたのだった。セオドリクの瞳の色で統一された豪華なドレスは、彼がルーナをどれだけ溺愛しているのかを見せつけるようものだった。
アイリーンの悔しがる顔が見たいのか、それとも苦手な男の婚約者になったアイリーンの不幸そうな顔を拝みたかったのか…その見下すような視線にアイリーンは唇を噛み締めた。
「王子殿下にご挨拶申し上げます。わざわざ気にかけて頂き光栄ですわ。とても良い縁談をありがとうございました」
負けじと優雅に微笑みながら礼をする。そうだ、俯いてなんてやるもんか。だって自分は今、とても幸せなのだから。
アイリーンはもうセオドリクへの想いには終止符が打たれていることに気が付いた。元々物語の王子に重ねて恋していたようなものだったのだ。
筋肉を得て…自分の想いは、変わった。今、心から想うのは──
「殿下のお陰で、私とても幸せですわ」
ニッコリと微笑んだアイリーンに、セオドリクもルーナも驚いた表情をして、悔し気に顔を歪めた。
隣でライリーが息を呑むような気配を感じたが、ライリーにもニッコリと笑みを送る。
「ライリー様はとてもお強くて、虫も平気ですのよ?」
揶揄うように言うと、セオドリクの顔は羞恥で真っ赤に染まった。
「そ、そうか!それは良かったな!!」
負け惜しみのように言ってルーナの肩を抱いて去っていくセオドリクにアイリーンは心が晴れた気がした。婚約破棄できて本当に感謝したいくらいだ。軟弱な王子と共にルーナもせいぜい幸せになればいい。
「さあ、ライリー様、夜会を楽しみましょう」
吹っ切れた様に可憐に微笑むアイリーンに会場の誰もが目を奪われる。傲慢で高飛車な公爵令嬢は騎士団長と婚約し変わったのだと、そう皆が思う程に──
「アルバス嬢──此方へ」
「ら、ライリー様!?」
耐えられずライリーはアイリーンの手を引いて会場から抜け出しテラスへと連れ出した。誰も居ないテラスで二人は見つめ合った。
「そ、その…急にすまない」
「いいえ。だ、大丈夫ですわ」
二人きりで嬉しいと思うのは、自分だけだろうか。きっと注目を集め過ぎた自分を助けてくれたのだろう。そんな分かりにくい優しさすら嬉しくて胸が高鳴ってしまう。
「貴殿を…誰にも見せたくなかったのだ…」
続けて言われた言葉にアイリーンは目を見開いた。まるで、恋愛小説のヒーローのような言葉に無意識に期待してしまう。
「先程の言葉も…対外的に、仕方なく言ったのは分かっている…けれども…」
「い、いいえ!本心ですわっ!!だって、私ライリー様の婚約者になれて、とても幸せだと思えるようになったのです。その…」
──最初はゴリラだと思ってましたが…。
なんて言える筈もないが、一緒に過ごすようになって、ライリーのことをひとつひとつ知って、惹かれたのは嘘ではない。
「ライリー様にも、そう思って頂けるように私頑張りますわ」
「っ……、私は──」
目の前がいきなり真っ暗になったと思ったら、アイリーンは大きなライリーの胸元に抱きしめられていた。
「アルバス嬢を…好ましく思っていました。この婚約が…政略的なものでも…幸せ者だと──」
耳元で囁かれ、アイリーンはもう心臓が口から飛び出しそうなほどドキドキと音を立てた。
──ライリー様も、私を好ましく思ってくださっていたの!?
嬉しい。そう素直に思えた。
「ライリー様、では、アイリーンと、そう名前で呼んでくださいませ!あと、もっと一緒に出掛けたり…お話ししたり…色々したい…それから…っ」
ライリーにお願いしたい事、伝えたいことが沢山あった。やっと距離が縮まったのだから、素直になりたい。そう思って矢継ぎ早に言う可愛い婚約者の言葉に、ライリーは目を細めた。
「アイリーン。貴殿の望むことは全て叶えよう。ずっと、私と人生を共にしてくれるか?」
「っ!!!はい、勿論ですわ」
満面の笑みで応えるアイリーンに、ライリーの顔が近付いた。唇が重なり合い、アイリーンはそこで初めて自分の気持ちにはっきりとした名前が付いた気がした。
「大好きです、ライリー様!」
◆◆◆
夜会会場から馬車が一台帰路についていた。その中で隣り合い、自身の肩に頭を乗せ幸せそうに寝息を立てる愛おしい婚約者の寝顔を見つめながらライリーは幸せそうに目を細めた。
王命でいきなり政略結婚を命じられた時には、指示に従う気持ちしか無かった。目の前に現れた王子に婚約破棄された令嬢は懐かない子猫のように毛を逆立てていたが、その可憐な顔立ちや意志の強い瞳に一瞬で心を奪われていた。
虫に怯える姿も、虫をはらっただけなのに凄いことを成し遂げた様にお礼を言ってくる幼い表情も、鍛錬を頑張る姿も…すべてが愛おしく感じていたのだ。
いつか、その心を自分に向けてくれたら……そう願っていた。
今日、奇跡的に想いが通じ合い天にも昇る気持ちだった。大切に、慈しみながら、生涯をかけて愛し抜こう。そう心に誓った──
「むにゃ…ゴリ…ラ、も…いいわ…ね」
そんな可愛い寝言を聞きながら──
END
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