願いはひとつだけ
ひどい人生だ。
私は正直に生きてきた、どれもこれも親の教えで。
他人に対して優しく良い人であれ。
そして決して嘘はついてはいけない。
正直で、素直であれと。
昔からの友人の連帯保証書に判子も押した。
町で声をかけられたショートカットの美女から壺も買った。
効いてるのか分からないサプリメントもたくさんある。
使わなくなる健康器具の知識なら誰よりも持ってる。
おかげさまで、三十路を手前にして借金だらけで職も失った。
明日には出ていかなきゃいけないアパートに私一人だ。
家具も服も健康器具も何もかも売り払った。
同居してるのは買い取ってもらえなかった壺とサプリメントだけだ。
もうどうでも良かった。
壺をながめていたらショートカットの美女の顔が浮かんできた、すごく可愛くてスタイルも良く、とても好みだったのにお金を渡したら連絡も取れなくなって、こんなずんぐりむっくりした壺に生まれ変わった。
さすがにむしゃくしゃしてきて壺を投げ割ってやろうと壁に投げつけた。
全然割れなかった
めちゃくちゃに頑丈だった
すると床に転がる壺の蓋が開き、中から紫色の煙とともに怪しい何かが出てきた。
「私は壺魔人」
ずんぐりむっくりの壺から紫肌で耳のとんがってるアラビアン風の服を着た、ずんぐりむっくりのおじさんが出てきて言った。
ショートカットの美女がついに紫色のおじさんに化けてしまった。
「私は壺魔人だ」
驚くよりも先に、同じ情報を二回聞かされ、よけいむしゃくしゃした。
「それで壺魔人が私になんの用だ?」
私はもう、人生どうでも良くなっていたので、驚く素振りもせずにずんぐりむっくりに聞いた。
「私は壺魔人だ」
少し引っ叩いてやろうかと思ったけど、ぐっと堪えた。
「もう三回目だから、わかった」
「なんだずいぶん淡白だな、普通はもっとこう、驚くだろ」
「借金だらけで明日どうなるかわからないんだ、そこにあんたが出てきた、正直どうでもいい」
「ははは!君は幸運だな!なんたって私は壺魔人だ!」
「……四回目」
「そんな君に朗報だ!君の望みや、願いをなんでも一つ叶えてやるぞ!」
「普通魔人っていうのは願いを三つ叶えてくれるんじゃないのか?」
「それはランプの魔人だろ?私は壺魔人だ!あんな不粋な奴と一緒にするな」
「ランプの魔人の方が有能じゃん」
「君は思ったことを正直に言うな」
「その結果がこれなんで」
「まぁ、良い、それで何か願いごとはないか?なんでも良い、一つだけ叶えてやるぞ!私は壺魔人だからな!」
「ちょっと待ってもらっていいか?」
「いくらでもいいぞ、だいたい皆そうなるからな!」
自慢げに話すずんぐりむっくりを尻目に考えた。
『普通だったら借金を帳消しにできるほどの金、もしくは世界一の大金持ちになりたい。とかか?』
「考えはまとまったか?いいぞ、いくらでも待つぞ!」
無視し、引き続き考えた。
『でも私がお金を持ったらまた騙されるだろう、もう嘘をつかれるのはたくさんだ、なんでみんなそんなに嘘をつくんだ……そうだ!嘘をつかれないようにすればいいんだ!』
「考えはまとまったか?私はいくらでも……」
ずんぐりむっくりを遮るように
「嘘をつかれない世界にしてほしい」
「ほう、意外と早く答えが出たな、普通は何日か考えたりする者が多いが。それが君の願いか?」
「そうだ、正直者だけがいる嘘のない世界にしてほしい、もう嘘をつかれるのはたくさんだ!ただ、それだけだ」
「なるほど、面白いね、わかった!その願い聞き入れよう!」
ずんぐりむっくりは短い手を勢いよく振り【パチン!】と指を鳴らした。
「正直者だけの世界、君の願いは叶った!良き人生を!」
そう言うとずんぐりむっくりは満面の笑みで紫色の煙とともに壺の中に戻り、勝手に蓋が閉まった。
すると、壺は少ししてひとりでに砕けてしまった、不思議なことに中身はからっぽだった。
「なんだったんだ、今のは……夢か?幻か?」
少し考えていると突然、窓の向こうから男女の怒鳴り声が聴こえてきたので、外を見ると
「今なんて言った!」
「あんたのその短い脚が正直大嫌いだって言ったの!その短い脚に見合ったものを履けばいいのに、いつもスリムなチノパンなんかを履いてきて、よけいに短く見えて、横を歩いてて恥ずかしいったらありゃしない!」
「なんだって?お前こそなんだ、そのひらひらのミニスカートは!薄いのっぺりしたお顔には似合ってないんじゃないのか!」
「なによ!この顔が好みだって言ったじゃない!」
「そんなの建前にきまってるだろ!正直なところ、お前の好きなところは顔じゃなくて体だって言ってんだ!もっと顔に見合った服を着ろ!」
「あんたってサイテーね!」
「お前もな!」
あーあ、今までは正直に話せてなかったんだな、と思っていたらこんどは向かいの家から、険しい顔をした夫婦が怒鳴り声とともに、鍋を取り合いながら飛び出してきた。
「正直言う!いっつもいっつも味が薄いんだよ!」
「私の料理美味しいって、いつも言ってたじゃない!」
「美味しいって言わなきゃ作らないだろお前は!」
「私は塩分のことを考えてね!薄味にしてるのよ!」
「薄味どころじゃないんだよ!無味だよ!無味!こんなの味噌汁じゃない!お湯ワカメだ!捨てちまえ!」
「何よ!ひどいじゃない!家に転がってるだけのでぶっちょを気遣ってきた私の身にもなってよ!」
「なんだと!」
「何よ!」
あらら、あっちでも喧嘩が始まったよ、あんなことをずっと思ってたんだな。
そう思いながら窓から見ていたら、色々なところから喧嘩する怒鳴り声が聴こえだした。
下校途中の女子高生二人も、いつも集まって集会をしているおばちゃん三人組も、営業なのかスーツを着たサラリーマン風の男二人も、運送会社のお兄さんとマンションの住人もみんながみんな言い合いの喧嘩を始めている。
その波はやがて世界中をかけめぐり、
次の日には何十年、何百年もかけて世界平和に動いていた国々が言い争いをはじめ、ついには戦争が始まった。
そして一週間後、戦争はついに核戦争へと発展した。
〈了〉