おあずけ続行!
トルソーに着せる見本の為に伊都子に作られて飾られたそれは、細いトルソーにピッシリと上半身の身頃が張り付き、そしてウエストから美しいドレープを描いて流れている。
袖は小さく羽根のようにちょこんと優美についていて、胸元は両肩の骨にかかるほどの少し深めのボートネックだ。
それはシンプルだからこそシルクの布が輝くとても美しいものなのである。
「いいのですか?あれは素晴らしいものですよ。」
俺がデザイン画を書いたり型紙を作って遊ぶようになったのは、あのドレスを見て触発されたからなのである。
素材を知り、そこに人体の構造や重力その他の計算を入れることで、ただの平面な布地を立体的で美しいものに仕立て上げられるのである。
そう、服のデザインは、建物をデザインするようなものなのだ。
伊都子はそんな俺を知っているからか、満面の笑みで答えた。
「もちろんよ。」
そうして共犯者のような笑みになった俺達は、ポケっとしている生きたトルソーを引き摺って試着という名の拷問を始めた。
「恥ずかしいです。」
馬鹿は美しいドレスに心惹かれたようだったが、試着した途端に、嫌だとごね始めてしまった。
「ボディペインティングされているだけみたいで、恥ずかしいです。上半身が丸裸みたいです。」
事実パンツ一枚の丸裸で服を着せた。
そういうドレスだ。
「丈どころか、凄いわね、直す必要ないほど細いわ、この子。」
伊都子は頬を上気させてキュッとチャックを上げた。
濃い青のシルクを纏った美女は、恥ずかしそうに胸元を隠す。
「ちょと腕を降ろして。服の感じがわからないから。」
鬼に変わった伊都子に、玄人はヒイィとなりながら両腕を降ろした。
彼が恥ずかしがっているのは、胸のトップが突き出ているからだ。
下着の線は駄目なのに乳首が突き出るのは大丈夫な外国の感覚がわからないよなぁ、と、玄人の突き出た乳首を見て心の中で呟いた。
「世の中にはニップレスシールというものがあるから大丈夫だ。」
「なんで知っているの?」
「え!」
俺が玄人を安心させてやろうと声をかけただけなのに、伊都子に冷たい眼で射貫かれるという裏切りにあってしまったとは!
玄人は俺さえも叱ることのできる伊都子にさらに怯え、完全に彼女の言うとおりに動区人形と化してしまった。
回れ、腕を上げろ、屈め。
布地の引きつりや遊びを見ているだけだろうが、美女が人形の様に右に左にクルクル動く様は眼福でもある。
「うん。全然直す必要はないわね。だからこそ、本番まで太っちゃだめよ。」
厳しい伊都子の命令に、俺は、しまった、と舌打ちをするしかない。
「すいません。布をもうちょっと緩やかに出来ますか?玄人は最近食べてないので、元気になった今日からは食わせてやりたいと。」
玄人は俺の言葉を聞いて目を輝かせている。
今の彼の頭の中は食べ物で一杯だろう。
「式はいつ?」
「来週の二十七日です。」
「あら、すぐじゃないの。死にはしないから頑張って。痩せさせすぎても駄目だから、そこは気をつけるのよ。」
鬼の糞婆は人事のようにサラッと言い放った。
流石妖怪の女房。
玄人はお預けを喰らった犬の情けない顔付きとなり、恨めしそうに俺を見つめていた。