特別は必ず失うから
「面倒臭えな。俺達の事部外者って適当にしておけよ。」
「仕方ないだろ。九十九の部屋にも、魔女四人の部屋にも、お前との思い出とやらが残されているんだからさ。ちゃんと、関係ないよって書類を残しておかないとでしょ。」
「九十九までが遠野の意識を共有していたとは思わなかったよ。遠野は自称サバサバ系ではなかったっけ?」
遠野の意識を持った彼女達によって、ストーカーのように俺の写真が隠し撮りされ、その上、持ち物やらが盗まれ所有されていた事がその後の家宅捜査で判ったのだ。
「遠野の意識でお前と寝たって思い込んでいた彼女達の自主的な行動だよ。遠野はお前が不動産屋をやってるって聞いて、インテリア会社に転職したくらいだしな。」
俺が大きな舌打ちをすると、楊は嬉しそうに笑い声をあげた。
「九十九は生きている四人の意識も抱えていたから、彼女達に引っ張られたんだってさ。加瀬が言うにはね。それで今回の大騒ぎ。四人は呪縛が取れると次から次へとお互いに罪を擦り付けているけどね、日比野以外の三人が、お前と寝た事がある恋人って所は事実だって言い張っている。まだお前のことを愛しているってさ。」
俺は目を瞑って数を数えた。
楊がそんな俺の姿に友達がいも無く笑いをはじけさせ、俺はそんな友人の姿に畜生と罵倒しながら被害届作成の為に書類に戻った。
書類の隣には中型のダンボールが置いてあり、中には俺のものだという証拠物件が数々入っていた。
俺はそれをいちいち自分の物だと確認して、所有権の放棄はしたが彼女達に所有権の移譲をした覚えは無いという意思表示をしなければならないというのだ。
つまり、ゴミを漁られて盗まれたという被害届だ。
「こんな、スコップやボールペンなんか盗んだ意味がわからねぇよ。で、何これ。この使用済みティッシュ入りの瓶ってなんだよ。これは、うぇ、俺のパンツじゃねぇか。この枚数じゃ二年どころじゃないだろうが。一体いつ家のゴミを四人で漁っていたんだよ?この俺が気がつかなかったよ。」
楊はクスクスと笑いながら、俺の目の前にコーヒー入りの紙コップを差し出した。
「俺はさ、お前等の方が意味わかんないよ。二十歳過ぎた男が一番の子供とかなんとか。お前はちびに何を言ったのさ。」
婚約者も婚約者の祖母もストーカーでしかない男が、玄人と俺の話を再び持ち出した。
「いや、別にね。山口はいい反応だから良かったって言っただけだよ。クロは完全なるマグロだったからな。解凍もされていないカチンカチンな奴。」
バシッと楊に後頭部を叩かれた。
「何をするの。コーヒーが書類に零れるだろ。」
「お前こそ何してんの。チビにまで手を出すなんてさ、お前は節操無さすぎだろ。」
「だけどさ、するだろ。初めて感じた感覚って奴を体験したら。それはそいつだけなのか、他もそうなのか確認しないか?俺は初めて誰かを抱きしめたいと感じて、抱きしめてな、良い方のぞわって感覚を体に感じたんだ。」
楊は変な顔をして俺の座る長椅子の横に座り、俺の顔を見ずに尋ねた。
「お前は初めてそういうのを感じたんだ。」
「不思議だろう。俺も不思議なんだよ。それでね、特別なものにしときたいけど、失ったらどうなるんだろうかってね。これが心で感じるものじゃなくて、体が感じているだけのものにしときたいんだよ、俺はね。だからクロがマグロで助かったよ。マグロで楽しくないって言ってね、これ以上手を出さずに済むだろう。」
隣の楊が大きく溜息をついてボソッと呟いた。
「俺がいるよ。」
「お前を襲うのはちょっとな。」
楊は真っ赤になって、この馬鹿と俺を罵った。
しかし、ふうと息を吐きだしてからそっぽを向くと、彼は照れたような早口で俺に言い放った。
「お前がまた世界を失っても、俺がついているって事だよ。」
「三十年後の約束か。それとも、気兼ねなくもっとクロを襲えってか?」
「違うよ。馬鹿!どうしてお前はそうなんだよ!」
楊の怒った顔を、俺はハハハっと笑い飛ばしてやる。
玄人は五十までしか生きられない。
それも上手くいけばの話だ。
俺の特別は、最高でもあと三十年だけの存在なのだ。
(終わり)




