とりこびと
俺と楊はこのところずっと内勤だ。
髙は俺達が外に出ていないか、書類仕事をさぼっていないかを時々確認しに部署に戻って来て、そして、俺を揶揄う楊と一緒に俺を揶揄う時もある。
「あいつら、底意地が悪いものな。」
急に百目鬼の言葉を思い出した。
お前が言うかとその時は思ったが、俺も最近理解してきた。
百目鬼は実は人の事をよく見ている?
「ねえ、髙。俺も外に行きたい。車で流したい。」
楊がぼやくのもわかる。
どうして幽霊屋敷で行方不明になった人間を近隣住人に聞いて回っているのかは、その行方不明になった少年、足立晃平が金田と八重が通う高校の生徒でも無ければ、足立の存在自体があやふやだったからである。
先日に行われた、事件概要の説明会での一幕が思い出された。
「それで足立君が行方不明だと通報を受けましてね、けれど、足立晃平という少年の家族はおろか住所も友人達は知らないの一点張りで。気づいたら誰の友達でもなかった、と言い張るのですよ。」
「勝手に帰ったんじゃないの?」
所轄の刑事の言葉に、水野が言い返していた。
すると所轄の刑事は、数分前まで佐藤にのぼせた顔を刑事の顔に戻した。
俺自身が良く知っているやるせない刑事の顔だ。
「男性の生活反応のない右足首から下が、翌日の捜索で廃墟の台所付近にて発見されました。足が履いていた靴が少年達の証言で、行方不明となった足立のものだと確認されています。」
そうして、足立少年の死体と身元を探す捜査が、我が特対課にて始まったのだ。
「腐った木造家屋ではしゃいで階段を踏み外して捻挫するって、小学生ですか?」
楊は階段から落ちて右足を捻挫している。
普通に歩ける程度の少々捻った位でしかないが、転がり落ち方が大層派手だったそうで、肝を冷やした髙に有無を言わさず部署に閉じ込められてしまったのだ。
楊は先週の事件で敵に拉致られ死に掛けて、髙の神経を追い詰めた実績がある。
「いや、二階に上がろうとしたらオコジョが足に絡み付いてさ。思わずって。別にはしゃいでたわけじゃないから。」
俺は楊のその言い訳を初めて聞いた。
「それって、二階はやばいから上がるなってことでしょ。今までに誰が二階に上がりましたか?」
俺の質問に上司達は顔を見合わせ、同時に俺に向き直ると、現場帰りの髙が口を開いた。
「ここの三人と杏子ちゃん以外の沢山。」
同じ課で髙の妻の旧姓今泉の髙杏子は、悪阻が酷くて休職中だ。
三十六歳で新婚で来年パパになる予定の髙は、妻が産休明けにバリバリ働けるようにと産休前に手柄を取らせるほどの愛妻家でもある。
「妻に働かせて、自分は家で赤ん坊と遊びたいんだろ?」
百目鬼は俺が玄人に髙の事を褒める横でそう言ってのけた、と思い出す。
そうだ、百目鬼。
「百目鬼さんに家の中に入った全員のお祓いしてもらう必要があります。先週の事件みたいに呪いが貼り付けられていたら大変ですよ。」
先週の事件は警察官に呪いが貼り付けられ、警察官がパトロールすることで町中に呪いが広がって市民の暴動に発展しそうな事態に陥ったのだ。
俺は今回はそこまでとは思ってはいなかったが、大げさに言ってみた。
百目鬼に連れまわされている玄人の姿を一目でも見たいじゃないか。
上司達は先ほどと同じようにして、双子のように顔を合わせてから俺に向き直り、今度は楊が俺に宣言した。
「呼んでも良いけどお前はお留守番ね。絶対に来るなよ。」
「何でですか!かわさんまで俺をクロトから引き離すんですか!」
楊は大きく溜息をついて、俺こそ思いつくべきだった事実を口にした。
「お前、本気で百目鬼に殺されたいのか?何のためにお前を外に出さずに署内で匿っていると思っているんだ?」
俺は匿われていたらしい。