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彼がいるといつも笑える

「わ、笑うなんて酷いです。僕は大真面目なのに!」


 俺は再び間違いを犯した。

 多分、人間としても恋人としても愛人としても、とにかく言ってはいけない事を言ってしまったのだ。

 今は反省しているが、これは伝えた方が良い事かもしれないとは今も思う。


「お前はだって、マグロじゃないか。山口はいい反応だったからな。」


 玄人は俺の言葉にがつんと音を立てて跪いた。


「マ、マグロって?」


「なすがままでお返しないのは駄目だろう。気持ちよければ相手にも同じように返さないとな。お前はぜんぜん反応がないから飽きちゃったよ。しばらくはあっちの方はしないから安心していいよ。お前も俺とするのは元々好きじゃなかっただろ。」


 ゆらりと立ち上がった玄人は居間に戻り、スマートフォンでどこかに電話したかと思うと荷物を纏め始めた。

 モルモットをキャリーケースに入れている。


「何をやっているの。」


「実家に帰ります。」


「お前の実家はここだろ。」


 玄人はハっとした顔つきになり、もう一度宣言し直した。


「とりあえず、橋場に行きます。」


「あぁ、善之助おじいちゃん喜ぶね。お母さんの実家の白波さんはいいのか?」


「止めてもくれないのですか!僕はもういらないのですか!」


 俺はちょっと面倒臭くなっていたのだと思う。

 愁嘆場は嫌いな性質だ。


「俺は来るものは拒まず、去るものは追わずだからね。」


 玄人は俺をキっと睨んだ。


「居座ってやる。」


 どうやら行動を方向転換したらしい。

 モルモットを籠に戻し、タクシー会社にキャンセルの電話を入れ、ついには荷物を押入れの自分の棚に片している。


 先程の作業の巻き戻しのような動きに、俺は笑いが込み上げるばかりだ。

 俺は俊明和尚にはこんな事をしなかった。

 まぁ、俊明和尚が俺が玄人にしたような行為を俺にはしなかったけどね。


 これは俊明和尚や、いまや相模原東署で署長をしている妖怪が話していた夫婦喧嘩に似ていると、俺は玄人の姿を見ながら愉快になって笑い転げた。


「笑うなんて酷いです。」


 ここでようやく俺は、玄人にとって正解の台詞を言えたようだ。


「お前がいると毎日笑わせられるから楽しいよ。」


 頬を膨らませた玄人は、そのままぷくっと頬を膨らませた状態で居間のちゃぶ台に偉そうに陣取って座り、それから俺にくいっと傲慢そうに顎を上げてみせてから、偉そうに叫んだのだ。


「僕はお腹が空きました!」


 俺はその姿にまた大笑いして、玄人の余り好きでないチャーハンを作り、旨いが嫌いだと変な顔で表現しながら食べる玄人に笑うだけ笑ったのだった。


 しかし、その後も、あれから数日経っても玄人は怒っている。


「どうしたらいいと思う?」

「俺に聞くなよ馬鹿野郎。」


 楊はコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる後姿のまま、俺に振り返りもせずに罵倒の返事だけ返した。

 山口は今日の午後から明日の午後までが非番だという事で、まずは玄人を預けて放流した。

 飴と鞭の飴の方を時々やらないと、子供は言う事を聞かないのだから仕方が無い。

 俺は二人が戻ってくるまで楊の部署に置かれた長ベンチに座り、先日の事件の関係者として書類を作らされているのだ。

 いや、俺が被害届を出しているのか?

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